読書感想 『マイホーム山谷』 「人間の凄さと弱さと豊かさ」
「山谷」という土地の特殊性だけは何となく知っていて、だから、どこかで恐れもあるから、あまり近づこうとも、それ以上詳しく知ろうとも思っていなかった。
さまざまな書籍で、「山谷」について触れたことはあったけれど、もっと勝手に身近に感じられたのが、弓指寛治、というアーティストの作品によってだった。
それは、ホームレスをテーマに作品を作ってもらえませんか?というある意味では無茶な要求に対しての、とても誠実で、しかも要求を上回る作品にも思えたのだけど、その中で、山谷という場所だけではなく、そこに暮らす人たちがとてもリアルに、同時に自然に描かれていて、だからトークショーがあると知った時も、そこに出かけた。
その中で話題に出ていたのが、『マイホーム山谷』という書籍だった。というよりも、山谷にホスピスをつくった人ということで、失礼ながら名前は覚えていないけれど、その出来事は、記憶に残っている。そして、その人物について書かれた本だというのも初めて知った。
登壇者の1人である東浩紀が、この作品に関して、信じられないような展開をするらしい、ということを伝えてくれて、その反応の大きさも含めて気になって、だから読もうと思った。
『マイホーム山谷』 末並俊司
著者が、この書籍の主人公ともいえる山本雅基氏を初めて訪ねたのは、2018年のことだった。
山本氏が、山谷に「きぼうのいえ」というホスピスをつくったのが2002年のことだった。
その試みは、だんだんと評価が高まり、社会に知られるようになり、『男はつらいよ』で知られる山田洋次監督が『おとうと』という映画を公開したのが、2010年だった。その設定の中でも「きぼうのいえ」をモデルとした施設や、山本さん夫妻を俳優が演じていて、重要な存在として描かれていたはずだ。さらには、同じ年にはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも山本さん夫妻は出演していた、という。
著者が耳にしたのは、その世間での評価が絶頂と思える2010年に、妻である山本美恵さんが家を出ていった、という意外な内容だったが、それについての詳細は、再度尋ねても、著者にとっては納得のいく答えはかえってこなかったようだったし、山本さんは、こうした言葉を発していた。
ただ、その困惑と戸惑いがある最初の取材から、著者は、山本さん本人だけではなく、さまざまな関係者に話を聞き、山本雅基という、かなり個性の強い、そして時として信じられないような展開を見せる半生をたどっていくことになった。
それは読者としては、時に振り落とされそうになるほどの激動の年月を、筆者が、よく、粘り強く付き合ったと、感嘆するようなことでもあった。
挫折と挑戦の繰り返し
山谷に「きぼうのいえ」というホスピスを設立した山本雅基さんは、1963年に生まれた。それからの成長過程のことを、山本さん自身が話している。
そうした頃、山本さんが強い影響を受ける大きな事故があった。
1985年の夏。日航機が墜落し、大勢の尊い命が失われた。このことに、哲学は無力だと思い、宗教に救いを求め、教会に通った時間の後に、大学の神学部に入学する。
その後、ボランティアからNPOでの仕事につき、そこで事務局長まで務めたものの、人間関係に苦しみ、そこも辞めてしまうことになる。
目標と、出会いと実現
ここまででも、かなり波瀾万丈の人生でもある。
まだ30代でもあるし、ここから穏やかな安定した生活を望んでもおかしくないのだけど、山本さんは、「困っている人に、何かをしたい」から、そのために動き始める。ほとんど引きこもりに近い生活を送ったあと、2000年の末には、次の目標を見つけている。
それでも、山谷でのボランティアを始める。
その学ぶための場所で、のちに結婚する美恵さんと出会うことになる。
美恵さんも、それまでにも、いろいろなことがあった。
若い時から、既婚者との恋をし、ある意味では実らない年月が20年ほど続いたあと、その相手が突然事故で、亡くなってしまう、それが1999年のことで、それから2年が経っていた。
その後、2人は結婚し、この山本さんの「夢」を実現することになる。
それからも、いろいろとあるのだけど、その展開は予想を超える。
人間の凄さと、弱さと、危うさと、複雑さと、そして豊かさのようなものは、平凡な人間にとっては想定の外にあり、しかもただ心地よく読んでいられるようなものではないことを、改めて分からされた気持ちになる。
「山谷システム」
とても細々と、私自身も支援の仕事をしてきた。それもあるためか、この書籍に描かれた「山谷システム」はすごいと本当に思う。
ただ、読んだだけで、どこまで分かっているのかは自信がないが、これだけ細やかに、人を支援し続けられることが可能なのが、やや信じられないような思いにはなる。
例えば、介護に関して、「地域包括」という言葉が言われ出して、それなりの時間が経つが、介護者の支援に関わっている感覚では、それは単に介護をしている家族の負担が増えるだけではないか、という印象になっている。
つまり、本当の意味で、地域で支える、というのは難しいことだと、私のようにわずかな体験でも分かってくる。
そして、それは他の場所で再現するには、かなり難しいことのようだ。
これは取材に関わった著者の実感であるし、その難しさは想像以上かもしれないが、それでも、この「山谷システム」からきちんと学ばないと、日本の社会の未来は暗いことは間違いないように思う。
そして、その「山谷システム」は、資本主義におさまっていない、ということを、現在は、その山谷で支えられながら暮らす山本さんと、著者が話をする場面が終盤にある。
そうしたことを、これだけ山あり谷ありの半生を過ごしたあとで言える人は、やはり、人間の豊かさのようなものも、体現しているのだと思えた。
先がわからないドキュメンタリーを読みたい人。
何かに強く情熱を燃やし、目的に進みたいと、どこかで思い続けている人。
そして、支援の仕事に関わっている人にも、ぜひ、読んでもらいたい一冊でした。
思った以上に、読後感は重めですが、読んで良かったと思える作品だと思います。
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