言葉を考える⑨「前だけを見て、進みます」の危うさ
最初に、「ただ、前だけを見て、進みます」といった表現が強く印象に残ったのは、国民的アイドルが、テレビで公開謝罪といった状況で、発せられた時だと思う。
その時は、そのグループは解散するのではないか、などとも言われていて、それは後に現実になってしまうのだけど、その公開謝罪みたいな時には、これまでいろいろとあったのだけど、それはそれとして、何があっても、これから頑張ります、といった言い方に聞こえた。
そして、その「前だけ見て」といった言葉を発している人間と、その他のメンバーのテンションや明暗は、かなり差があったと、視聴者には思えたのだけど、それは、熱心なファンではない人間の邪推かもしれなかった。
よく聞くようになった「前だけ見て、進みます」
それ以来、この「前だけ見て、進みます」は、比較的多く使われるようになった印象がある。
最初の「前だけ見て」には、覚悟もあったかもしれないし、本当にそういう気持ちが強かったのかもしれないけれど、その後に何度か聞いた「前だけ見て」は、危うさを感じることほうが多くなった。
それは、いろいろなトラブルなどがあったり、困ったことがあったりなどの、「そのあと」に使われる場合が目立った。そして、これは邪推になるのかもしれないけれど、そのトラブルの原因とか、困ったことの理由とか、そんなことをもう一度考えて、反省したり、どうしてそうなったのかを分かったりしてから、「前だけ見て」と改めて決意と覚悟を述べるというよりは、まだいろいろとモヤモヤが残っているのだけど、「それはそれとして、早く次へ行きたい」というような思いの方が優先されているように感じることが多かった。
さらには、経済効率の事情のほうが強そうな場合にも、謝罪のあとに「これからは前だけ見て、進みます」という姿は、それまでを「なかったこと」にするような、そんなマイナスなイメージさえ、感じることもあった。
過去のことをきちんと考えないと、未来も危うくなるのに、と勝手に思っていた。
それに、これは屁理屈かもしれないけれど、「前だけ見て」いるから、横で一緒に歩もうとしている人の姿も、もしかしたら見えなくなる可能性もある。もし、失敗や、トラブルを作ってしまったとしたら、そのことは振り返って、後ろも向いて考えて、その上で、前も向いて、必要だったら、横も向かないと、ただ、自分だけが進むということをしてしまって、気がついたら、一人だけで歩いていて、それがどこに向かっているのかも分からなくても、「ただ前へ進む」感じになってしまう可能性はないだろうか。
そんな危うさも、「前だけ見て、進む」に感じるようになったのだけど、考え過ぎだろうか。
「未来志向」という言葉
いろいろなことがありました。反省すべきことや、検討することは、まだあります。全部が解決するわけでもなく、すぐになんとかなるわけでもないのですが、その具体的なことを忘れないように検討を続けながら、それでも、前を見て、進んで行こうと思います。
くどいと思うのだけど、こんなことを前提とした「前だけを見て」ならば、納得感があるのだけど、多用されるようになった「前だけを見て」は、こうした「面倒臭い」ことは抜きで、これからの話をしようよ、といった乱暴さを感じる場面も出てきた。
特に「前だけを見て」といったニュアンスの悪用として、政治的な場面における「未来志向」という言葉まで聞くようになった。
過去にいろいろとあって、その課題は話し合ったり、反省したりを繰り返して、なんとかしていかないといけないし、時間もかかることだし、解決することは多くて、それはすぐに解決はできないとしても、検討は続ける必要がある。だけど、そうした行程を忘れたら、また同じ過ちを繰り返す可能性が高いのに、そういう手間を惜しむように、面倒臭いことを避けるように、政治的な場面で「未来志向」という言葉が使われれるようになった。
いつまでも、昔のことばかり言っていてはいけない。 過去にこだわるのでは、いつまでたっても前へ進めない。
そんな言葉をいうのは、今、現在、有利な立場にいる人間がいうことが多い。これが、過去に、誰かに理不尽さを背負わせての現在であり「未来」であるのならば、その言葉は、ただ暴力的な表現に近くなる。
これは冒頭の「前だけ見て、進みます」とは、多少、違っているかもしれないのだけど、それでも、「前だけ見て、進みます」の多用は、そうした、過去をないがしろにすることにもつながりやすく、だから、危うさを感じてしまうのかもしれない。
年をとるごとに、解決されていない過去は、何十年たっても、けっこうそのまま残っている、ということを感じる機会も多いので、「前だけ見て」焦って進むよりも、過去をきちんと見返しながら進んだ方が、実は早いのではないか、といった実用的な思いもある。
そうしたこともあって、「前だけ見て」には、焦りも危うさも感じたりもするのだけど、それは、本当に個人的な感覚で、もしかしたら、誰も気にしていないのかもしれないとも、思う。
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