人は、辛いときのことほど、細かく語る。
それは、本筋ではないのでは、といったことまで、具体的に話す場合、そして、その具体性が高いほど、より辛いのではないか。
年齢を重ねるほど、そんなことを思うようになった。
『ケチる貴方』 石田夏穂
表題作『ケチる貴方』は、主人公が極端な冷え性で、それに対応するための日常が描かれる。
そして、その冷え性、ということは、フィクションの設定だとしても、読者の自分に少しでも寒がりの傾向があると、その寒さが怖くなるような感覚が体の中に蘇ってくるのは、その具体性の積み重ねのためだと思う。
さらに、ある出来事をきっかけに、平熱を経験することで、その比較によって、これまでが、寒いだけではなく、どれだけひどく冷えていたかを感じられるようになっている。
だから、夜は、また冷えた体になってしまった。
仕事と職場
私だけではないだろうけれど、たとえば、違う会社の職場のこと。もしくは、他人の仕事の内容のこと。そうした具体性について、驚くほど無知であることを、読み進むうちに、改めて知る。
職場の細かいことも描かれる。
主人公は、その職場で、7年間、働いてきた女性だった。
理不尽な目にもあっているし、これからも遭い続けることが前提のようになっていて、その自衛のためにも、職場でも最低限の人との関わりしか持たないようにしているようだ。
それにも関わらず、今年の新入社員2人の「教育係」を、離職率が高い中、不本意ながら担当することになり、そこからのことも、読者にとっても共通点があるのかもしれない、と思わせるのも、その具体性のせいだと思う。
そして、いわゆる外回りにも、2人の新人と行動を共にするしかない。
現地見学
主人公は、体温が突然あがったことに戸惑いながらも、考えて、そして、自分だけの結論に至る。
そして、体温を得たい思いもあり、それからも、それまでの主人公とは違って、より人に寛容な行動をしようとする。その一環で、実現までに調整の手間ひまがかかる「現地見学」を、2人の新人に経験させようとする。
それは、その場所を知らない人間が十分にイメージできないのは、読者としての力の問題もあると思うけれど、そこから、さらに具体的な描写が続き、そこが、独特の美しさを持つ現場であるのは、少し想像ができてくる。
切実さと具体性
主人公は内面の感情を細かく語ることはあまりしないけれど、出来事や行為はとても具体的に述べられていて、その細かさに、切実さが宿っているように感じてくる。
それは、この書籍に収められている2つめの短編『その周囲、五十八センチ』でも、十分以上に書き連ねられている。
太ももの周囲が58センチの女性。その太さは、今は、サバを読んでいることが有名になったものの、一時期は、芸能人女性のウエストサイズの平均値のようにも言われていたし、男性の一流サッカープレーヤの太さの目安でもあったから、かなり目立つ太ももであったのは間違いない。
最初はダイエットで細くしようとした。
身長158センチで、体重を40キロまで絞ったにも関わらず、太ももは、「五十六センチ」にしかならなかった。
その後、失恋を契機に脂肪吸引を始めるが、それから23回の施術を経験することになり、その経過を、医師との打ち合わせ、部位による違い、ダウンタイムと言われる痛みの時間も含めて、かなり具体的に書かれることによって、その必然性や切実さが、読んでいると、思った以上に読者にも沁みてくるようだった。
とても冷静に、具体的に、細やかな事実を積み重ねて、それは一見無機質なことのようでいて、少しずつ読者の方にも移し替えられるように積もってきて、それで、いつの間にか感情の重さが伝わってくる。
いわゆる「文学的」と言われる作品を敬遠しがちな人にこそ、読んでもらいたい作品でした。
(こちら↓は、電子書籍版です)。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
#推薦図書 #読書感想文 #ケチる貴方 #石田夏穂
#小説 #会社 #職場 #冷え性
#寛容 #脂肪吸引 #毎日投稿