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読書感想 『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』 石井 暁 ----「終わらない戦前」

 もう過去のことになってしまい忘れられているかもしれないけれど、テレビドラマ「VIVANT」が放送され話題になっていたのは2023年の夏の頃だった。

 知っている俳優が、これでもかと出ていたし、役所広司と二宮和紀が揃うことも珍しいと思ったので毎週見ていた。だけど時々、組織に忠誠を誓いすぎる半沢直樹のようにも見えてしまったし、もう少しさりげなく行動してくれたらプロの怖さと凄みが出るのに、などと勝手なことを思いながら見ていたせいで、熱狂には遠く、ということは本当に楽しめなかったと思う。

 ただ、この「VIVANT」は「別班」のことらしいのだけど、その組織が実在するとは知らなかった。その存在について少し分かったのは、こうして取材してくれたジャーナリストがいたおかげだった。

 読後感は、ここにもまだ「戦前」があったというような重い気持ちだった。


『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』  石井 暁

 テレビドラマ「VIVANT」の「別班」を演じる堺雅人の姿は、まるでスパイ映画の主人公「007」のようだった。拳銃を含めて超人的な武闘技術と情報収集力。それは、いわゆる「二重人格」と言われるような厳しい状態でないと可能にならないことも示唆されてはいたが、そこに踏み込むことよりも、「日本のために」国際的に活躍する姿が中心に描かれていたようだった。

 だが、この著書で書かれている「別班」は、そのドラマで描かれた「二重人格」にもならないと、その任務を全うできないと思われるような部分が強く感じられたのだが、著者が「別班」という名称を知ったのは2008年の頃だったという。

「陸上自衛隊の中には、『ベッパン』とか『チョウベツ』とかいう、総理も防衛大臣も知らない秘密組織があり、勝手に海外に拠点を作って、情報収集活動をしているらしい。これまで一度も聞いた事がなかった」

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 著者は、共同通信の記者として防衛庁を担当していて、そうした話を自衛隊の幹部から聞いたようだ。こうした誰にも言えないようなことを相手から聞けるほど著者は取材者としての経験も力も豊かであると推測できるものの、そうした自衛隊の組織内でも明らかにされていないような存在を取材して書くことになれば、かなり困難なことも容易に想像ができる。

 最初に新聞に掲載されたのが、2013年11月28日。まさか、5年半以上も「別班」取材に費やすことになるとは、当然のことながらその時はまったく考えなかった。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 やっと記事にできるまで、これだけの年月を費やしたのは、すでに20年以上の記者歴を持っていた著者にとっても、文字通り〝誰もしゃべりたがらなかった〟のが「別班」に関することだったからだ。

 そうした困難さの中でキーパーソンと言える人との取材も含めて繰り返すことによって、少しずつ「別班」のことが明らかになっていったようだ。

 ただ、この取材に協力的であるキーパーソンでも、普通に会食している時は積極的に話をしていても、いざ「別班」のことになると、こうした反応しかしない(できない)のは、それこそドラマの中の光景のようだが、ただ、こうしたコミュニケーションは、今もどこかで行われているかもしれないとも思う。

 取材に関する話題に及ぶと、男がまとう雰囲気は一変する。こちらの質問に対し、かすかにほほ笑むか、首を傾げたり、困ったような表情を浮かべる。その変化を読み取るしかない。いずれにしろ言葉は一切なしだ。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 こういう緊張感の積み重ね自体、しんどい作業だったのではないかとも思えるし、さらには身に危険まで及ぶ可能性もあったのだから、失礼な言い方になり申し訳ないのだけど、組織で働くジャーナリストが、こうしたスクープを形にすること自体が現代では稀になっているだけに、読み進めると、この著書自体が「偉業」ではないかと思えてくる。

「別班」の存在

 自衛隊員にとっても、表立ってではないけれど、一部の間では公然の秘密のような存在だったようだ。

 情報部門の関係者の中で、突然、連絡が取れなくなる者がいるーーそれが別班員だというのだ。  

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 組織の中で姿を消すほうが、かなり難しいと思われるのだけど、それだけに、「別班員」の行動はかなり徹底しているという。

 表の部分からすべて身を引く事が強制されるわけだ。さらには「年賀状は出すな」「防衛大学校の同期会に行くな」「自宅に表札を出すな」「通勤ルートは毎日変えろ」などと細かく指示される。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 スパイ映画や、ゴルゴ13のようなフィクションで、それに近い話は聞いたことがあるけれど、現代の日本で、公務員のはずなのに、そうした行動をしている人がいることの驚きというか、その苦痛を想像するしかないのだけど、その一方でこうした側面もあったようだ。

 ただし、活動資金は豊富だ。(中略)情報提供料名目で1回300万円までは自由に使え、資金が不足した場合は、情報本部から提供してもらう。「カネが余ったら、自分たちで飲み食いもした。天国だった」という。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 これが事実だとすれば、その活動資金は、ほぼ間違いなく「税金」のはずだ。

「別班」と戦前

 その「別班」の構成員である「別班員」の養成に、表立ってではないものの貢献しているのが小平学校という機関のようだ。

 小平学校は2001年に調査学校(情報要員養成)と業務学校(会計、警務などの業務要員養成)が統合してできた陸自の教育機関で、情報、語学、警務、法務、会計、人事、システム・戦術の7部からなっている。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 さらに、2001年の時点で、すでに戦後65年を超えていたにも関わらず、この小平学校の一部では、戦前の流れを汲んでいる、と言われているらしい。その「戦前」とは「陸軍中野学校」という名前の組織だった。

 その「陸軍中野学校」の名称は様々なフィクションで扱われていて、戦前の軍のエリートを集めて非公然の情報活動を行っていた、といった噂程度は、そうした歴史モノに関してそれほどの関心もなく、情報にも強くない私でも知っていた。

 ただ、それは、それこそ敗戦と同時になくなったと思っていた。だから、漫画などでも公然と扱われる素材になっていたはずだった。

 そのような小平学校において、直接的に中野学校の流れをくむと言われているのが、情報教育部第2教育課の心理戦防護課程だ。 

 中野学校と小平学校の心理戦防護課程の教育内容は、恐ろしいほど似通っている。心理戦防護過程はまさに、歴史上、敗戦で完全消滅したことになっている〝中野学校の亡霊〟とも言える存在なのだ。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 その「心理防護過程」の入校試験の光景は、ドラマ「VIVANT」でも似たような印象の場面を見た記憶がある。

 ある日突然、当時所属していた部隊の上官の指示を受け、Aは陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程の入校試験を受けることになった。面接試験では、教官が「先ほどの休憩時間にトイレに行ったな。そのトイレのタイルの色を言え」と意表を突く出題をしてきた。
(中略)
 また別の教官は、大陸の形だけが描かれた地域別の世界地図を数枚示して、「X国がある部分を示せ」と質問した。X国は小国で、難問だった。Aが「このあたりです」と答えると、「X国はこの地図には含まれていない。別の地域だ」などという無茶苦茶な出題もあった。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

  こうした試験は、戦前の中野学校にもあったようだ。

 現代の小平学校と戦時中の中野学校の入校試験の類似性に気付いた瞬間、驚いた私は思わず声を上げてしまった。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 まだ「戦前」が残っていることが、やはり怖い。

「非公然組織」の危険性

 「非公然組織」に属し、様々な日常的な制約の中で生活を続けることは、その「別班員」に、おそらくは人格変容に近い変化をもたらす危険性があるのは想像できる。

 元別班員と会ってまず気になるのが、彼らの〝普通ではない〟眼だ。相手の心の中を透視でもするかのような眼――元別班員たちは例外なく、私たちとは明らかに異なる〝冷徹な〟眼をしていた。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 その上で、元別班員たちは、その経験について、こうした表現をしている。

▪️心理戦防護課程は、完全な洗脳教育だった
▪️心理戦防護課程以降、妻子に対しても、心の中で壁をつくってしまう
▪️喜怒哀楽など、自分の感情を完全にコントロールできるようになってしまった
▪️絶対に素の自分は表に出せない。それがストレスで、休日は家族に嘘を言って漫画喫茶に行って、ひとりでぼんやりしている 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 そして、もちろん「非公然」の武力組織そのものの危険性も想像できそうだが、元々、「別班」誕生自衛隊と同じように「アメリカ」の関与が語られているようだ。

 1954年ごろ、在日米軍の大規模な撤退後の情報収集活動に危機感を抱いた米軍極東司令官のジョン・ハル大将が、自衛隊による秘密情報工作員養成の必要性を訴える書簡を、当時の吉田茂首相に送ったのが、別班設立の発端だという。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 その存在自体が、シビリアンコントロールの原則に外れていると自衛隊内部でも批判的な見方があるらしいが、その一方で、肯定的な見方もあったので、21世紀に存続できているのも事実のようだ。

「欧米でも共産国でもアジア諸国でも、どこの国にも秘密部隊はあり、情報活動をしている。日本もやって当然。歴代大臣にはそれとなく伝えており、大臣はこれを認めてきた。日本もやって当然。何の問題もない」と証言。 

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 そんな元将官の声もある一方、やはり、元別班員の言葉はさらに耳を傾けるべき重さを感じる。

▪️国は別班の存在を認めて、海外でも活動できるような体制をつくるべきだ。今、別班がやっている活動は茶番だ
▪️別班の存在を国が認めなければ、ろくでもない情報しか取れない
▪️何かあればトカゲのしっぽ切りだろう。私たちは何で別班の仕事をしてきたか分からない
▪️自分に何かあったとき、家族はどうなるのか常に心配だった
▪️別班という組織の全貌を明るみに出して、潰してほしい。そして、国が正式に認めた正しい組織をつくってほしい

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 そして、著者の切実な訴えとも思えるこうした言葉は、戦後日本に住んでいる一人の人間としても、納得できることだった。

 首相や防衛相が関知しないまま活動する不健全さは、インテリジェンス(情報活動)の隠密性とは全く異質で、「国家のためには国民も欺く」という考えがあるとすれば、本末転倒も甚だしい。張作霖爆殺事件や柳条湖事件を独断で実行した旧関東軍の謀略を挙げるまでもなく、政治のコントロールを受けず、組織の指揮命令系統から外れた部隊の独走は、国家の外交や安全保障を損なう恐れがあり、極めて危うい。まさに民主主義国家の根幹を脅かすものだ。  

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 それは、2013年に5年以上の取材の時間をかけ、身の危険を感じながらも記事として発表したあと、元外交官で作家の佐藤優が、著者の記事を称賛と共に断言した言葉ともつながっている。

 別班の情報が政策決定に用いられたことは、文字通り一度もないと断言できる。関係者の自己満足のためだけに収集された情報は意味がない。税金の無駄遣いだ。

(『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』より)

 
 
 ドラマ「VIVANT」を見ていた人たちの中には、ストーリーの展開を読んだり、登場人物の狙いを考えたりする方も少なくなかったという印象がある。そういえば、ドラマの中で「政治家」が、この「別班」の危険性を語っている場面もあったはずだ。

 ドラマ放映から約1年が経ってもいるので、ドラマだけではなく、実際の「別班」の存在について、もう少し知ってもいい時期なのではないかと思っています。
 ドラマを見た人だけではなく、歴史に興味がある方には、特におすすめできる著書だと思いますが、民主主義社会に生きている人であれば、やはり読んでおくべき一冊だとも感じました。




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしければ、読んでもらえたら、うれしいです)。




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おちまこと
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