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むきだしボールペン。

 システム手帳をいただいたので、それを使って10年以上になるが、その筆記用具は、いつも決まっている。

 書き込む時に、何色か使いたいので4色であること。それに、手帳のペンホルダーに入る太さであること。その条件に合っているのが、このビッグのもので、それも手帳の時だけ使っている。

 全体の色もきれいで、時々、書きにくくなったりもするのだけど、買い替えたり、替え芯を買ったりしながら、10年以上、ほぼ同じタイプを使い続けている。


キャップ

 手帳をバッグの横のポケットのようなものに入れ、そこから出し入れしている。時々、ボールペン自体が落ちて、そのポケットの中に残されたり、外へ落下することもあり、何しろ、なんだかバタバタすることが少なくない。

 特に焦ったり、不安だったりすると、そういう小さいトラブルが多発する。

 先日も、あまり行ったことがない駅で降りて、以前行ったことがあるはずだけど、すでに、その場所を忘れてしまったところに向かおうとして、自分がプリントアウトした地図と、駅前に立っている地図を見比べるために、手帳を出した。そのポケットに地図を入れてあったからだ。

 それを出して、地図を見て、何度も確認して、それでも自信が持てず、道を歩いて、進んで、また歩道に立つ地図を見て、自分が持ってきたものと比べて、それで、途中でちょっと迷って、やっと目的地に着いた。

 そこで安心したのか、少し余裕が出て、そこに滞在してから、思い出したことをメモしようと思って、手帳をバッグのポケットから出したら、姿が変わっていた。

 キャップがなくなっていた

むきだしボールペン

 ボールペンの先の方の、青いキャップがなくなっていた。

 何か、表面を覆うものを失って、内臓を見せてしまっているような、むきだしの姿に見えた。

 どこでキャップを落としたのか全く記憶がなく、そのままだと書けない。

 特に大したことではないし、いろいろなものを落としたり、なくしたりしてきたのに、その姿が、ちょっとショックだったのと、この姿になってから、実はけっこう時間が経っているはずなのに、全く気がつかないことにも、微妙に気持ちがやられていた。

 4本の書けるはずのインクが入った細い芯がなんとなくバラバラで、だけど、この状態だと文字も書けないし、あちこちに、意図しない線を書いてしまうから、微妙に危険性まである。

 ペンケースを開けて、このむきだしボールペンをしまい、いつも使っている黒のボールペンを出して、手帳のペンホルダーにさした。

 普段、家などでは、このシグノを使うことが多いので、なじみがあるはずなのに、手帳に書くときは、ずっとビッグだったから、手帳にシグノがあるだけで、微妙に違和感があるのは、普段と違うというだけではなく、少し細めのボディなので、ホルダーに少しすき間が出来てしまったからかもしれない。

奇跡

 その場所から、駅に戻るまで徒歩約10分。

 ずっと下を向きながら、歩く。
 そして、行きと同じ道をたどることに集中した。もしかしたら、落とした青いキャップが落ちているかもしれない。

 そんなことを思い、ちょっとそれに近いものがあったら、お、などと思いながら、歩き、行きと同じ祭りの屋台を通り過ぎ、そして、見つけたら奇跡みたいで、同時に、あの軽い青い物体がそのまま落ちているわけもなく、もしも、あったとしても誰かに踏まれて割れているはずで、などと思いながら歩いて、駅に着いた。

 まだ、駅の構内にあるかもしれない。

 駅員さんに、落とし物届いてませんか?みたいなことも聞こうとしたけれど、他の人がもっと大事そうな話をしていたので、あきらめて、ホームに向かい、帰りのホームは行きとは違うから、いったん、さっき降りたホームに行った。

 そうしたら、やっぱりキャップはなく、そうしたら、自分が乗るはずの向かいのホームに電車が来るというアナウンスが流れたので、階段を急いで降りて、また、向こうの階段を走って上がった。だけど、その間も、下を見て、もしかしたら落ちているかも、という気持ちが捨てられなかった。

 奇跡は起こらなかった。

悲しさ

 なんだか悲しかったのが、その青いキャップを落としてしまったことに加えて、それに気がつかなかったせいだった。

 さらには、このむきだしのままでは使えないので、どこかでキャップを見つけて、つけ直すしかない。

 すぐ思いついたのは、このビッグのボールペンは、意外とどこでも売っていないので、Amazonで替え芯と一緒に購入して、次に備えて引き出しに入れていたのだけど、なかなかインクも減らず、今使っているボールペンにも支障がなかったので、そのまま保管していた。

 だから、そのキャップを外して、入れ替えるのか。それとも、今回のむきだしになってしまったものを、どこかに保管して、そのインクだけはまだあるので、替え芯として使えるかもしれない。

 そんなことも、いろいろ考えたものの、キャップが一つなくなっただけで、一つのボールペンが使えなくなって、それは当たり前なのだけど、こんなことは初めてだったので、なんだか、自分にもがっかりした。

 帰ったら、とりあえず、家にあるはずの4色ボールペンを探して、明日から手帳が使えるようにしよう。

替えのキャップ

 微妙に気持ちがうなだれていて、家に帰ってから今日のことを妻に話した。

 あ、そうなの。キャップならいっぱいあると思う。

 そう言って、テレビのある部屋から姿を消し、妻は自分の作業部屋でもあるところへ行ったようで、しばらく経って、戻ってきたら、その手にはでも、電話のそばの鉛筆立てにあるオレンジでもなく、明るい緑のキャップを持ってきてくれた。

 どこから、ということを聞くまでもなく、大丈夫、これは、といった答えが返ってきたので、何か無理しているのではないと信じて、使わせてもらうことにする。

 ただ、むきだしになっているボールペンは、外で使うのに、黒のインクがかなり減っているけれど、何本か同じ種類のボールペンを並べて、キャップを外したりしていると、空になっているのがあるのも発見し、それはとりあえず抜いて捨てることにした。

 だから、保管してある新しい黒い替え芯をやっと使えるようになり、それを、オレンジか、青か、明るい緑のどれに使うかで変に迷い、その3本の中でインクを交換し、なんだか勝手にバタバタして、そして、今までむきだしだったボールペンに、明るい緑のキャップをつけて、それを手帳にさした。

 久しぶりに色が変わって、たぶん、それが毎日の気持ちに少し影響を与えると思う。

 それにしても、キャップを落として、悲しくなっていたのだけど、そんなことはモノともせず、新しいキャップを持ってきてくれた妻は、やはり、道具との距離感も近いので、感覚も違うのだと思った。

 ありがたいことに、こんなにすぐに、この問題が解決するとは思わなかった。




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