毎回、似たような話をしていて恥ずかしいのだけど、この著者のことも、ラジオで話をしているのを聞くまでは、全く知らなかった。その不思議なエネルギーのある声で興味を持てたのだけど、その時に、その番組を聞かなかったから、知らないままだったのかもしれない。
何より、映画監督だったことを知る。
その話し言葉の伝わり方も強かったし、映画に出かけるのは自分にとって、まだコロナ感染に対しての恐れもあってハードルも高く、だから、本を読もうと思った。
『カメラを止めて書きます』 ヤン ヨンヒ
著者は、両親が北朝鮮籍で、大阪生まれ。そして、著者には兄が3人いるのだが、6歳の時に別れ別れになる。
その時から、成長するに従って、両親に違和感を持ち、それに伴うように行動が変化するまでを、短いながらも的確に表現している。
しかし、著者の属するコミュニティの中でも、そうした態度は、おそらくは歓迎はされなかった。
北朝鮮以外で生まれ育った北朝鮮にルーツを持つ人たちが、北朝鮮に「帰国」するという事業が積極的に行われていたことさえ、恥ずかしながら、全く知らなかった(ただ、この理解そのものが不正確な可能性が高いが)。
そして、そうなれば、日本に住む著者と両親と、北朝鮮に「帰国」した兄たちと自由に行き来をするのが難しいし、さらに、通常よりも随分と時間のかかる郵便という手段でコミュニケーションをとるしかないようだった。
それが、今の時代に、どれだけ不便で、もどかしくて、しかも兄たちの手紙は、祖国を讃えるという内容しか基本的に許されないとなれば、さらに、さまざまな思いが生じてくる。
そんな年月のことが、この書籍には記録されている。それは読者として、少しは知っているつもりでいたのに、本当にこんなに知らなかったと、思うことばかりだった。
3階建ての実家
北朝鮮籍の両親。それも活動家として祖国を圧倒的に信頼している生き方をしてきた親を持ち、大阪で生まれ、育って、朝鮮大学にまで進み、コミュニティの中ではエリートとして育ち、教師となり、結婚したところまでは、おそらくは両親には順調に見えていたのだろうけど、著者本人が表現する「3階建ての実家」は、本人が置かれている複雑な環境を象徴しているように思えた。
映画
著者は、映像を仕事にするようになって、家族にカメラを向けるようになった。そして、兄たちに会いに、ピョンヤンに行き、そこでも撮影を続けることで、作品につながっていく。
そして、北朝鮮に入国したとしても、そこには厳しい規制がある。
北朝鮮籍の両親、北朝鮮に住む兄に会いにいく、という目的であっても、撮影そのものの制限は、ゆるむはずもないようだった。
そして、両親は、とても複雑な気持ちを持たざるを得ないのは間違いなのだけど、その葛藤すら表に出せないような状況でもあったようだ。
そうした映像も含めて、父親を追った「10年」が映画になった。
そして、母親が中心となった最も新しい作品が、「スープとイデオロギー」だった。
家族のことが、これだけ国家と歴史にむき出しに関わることがあるのを、恥ずかしながら、知らなかった。単に、これまで見えていなかっただけなのだとも思った。
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