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【短編】ドリンクバーと幸せを

誰でもない誰かの話

誰にも気を使いたくないから飯は1人だ。

とりあえず、残業も終わって、
運転して
開いているチェーン店に来る。

個人店だと、なんか悪いなって思うから。
弁当屋が開いていれば、個人店も良いけど。
開いてないし、うちにゴミを増やしたくない。

今日はガストに寄って
「いらっしゃいませ、何名さまですか。」
俺は人差し指だけ立てて
「おひとり様ですね、空いているお席にどうぞ」
席に誘導された。

食べるのは、ハンバーグ。
子ども舌だから、そのくらいが丁度いい。
ライスとドリンクバーをつけてもらって完璧だ。

あったかくて、甘くない飲み物なら何でも良い。
どうせ1人だし、ゆっくり食べよう。

家に帰ろうと1人だ。

18で結婚した俺には子どももいたけど、
20の離婚で子どももいなくなった。
なんか、
現実が見えた
って言葉を残してさよならされたんだ。

両親にも合わせる顔がないから
実家にはあまり行かないことにしてる。

何が
現実が見えた
だよ?
金がないのは当たり前だったのに。
それから3年経ったって今でも金がない。

「井浦くん?」
見上げると知らない女がいた。
黒い髪が長くて、顔が白いし、
目が切長で、鼻が高くて
ノエビアのカレンダーの
絵の女みたいに顎が細い。

一人でハンバーグを食べているだけで
声をかけられるのも現実なのか。

「井浦くんだよね?」
誰?思い出せない。
たしかに俺は井浦って苗字だけど誰?
「ちがいます。」
知らない女に
親しくされても困るから嘘をついた。
「井浦くんだよ。どう見ても。」
知ってる側からしたら、どう見ても俺だろう。
「…なんですか?何か用ですか?」

そもそも一人にして欲しい。
気軽に声かけてなんて意思表示していない。

「一人で何やってるの?」
見ればわかるはずだ。
ハンバーグを食べている。
「夕飯、食べてますけど。」
「一人で?」
「はい。」
どこの誰なんだろう。
会社の人じゃないし、
高校の同級生でも先生でもない。

「私もそれにしようかな」
目の前の椅子を引いて、そこに座る。
俺は一人がいいんだけど。
「あの、俺、今…」
女がテーブルのブザーを押すと店員さんが来る。
「ハンバーグ、ライス、ドリンクバーで。」
店員さんは注文を繰り返して、行ってしまった。
「井浦くん、変わらないね。」
変わらないってことは、
昔の俺を知ってるってことか?
「あの…。」
「わからなくて当たり前。体、全部違うから。」
全身整形ってことか?
なんでわざわざ、声かけてきたんだろう。
「中学でも、
一人でご飯食べてたよね?
体育館の裏の入り口の外でさ。
ついでにタバコも吸ってたね。」
中学?
たしかに、教室を抜け出して
一人でお弁当を食べていた。
ちゃんと教室で食べろと
大人に何度か言われても従えなかった。
「ごめん、誰ですか?」
「良いね、誰にも関わらない人は。」
俺は中学で友達を一人も作らなかった。
部活も在籍していようが一度も行かなかったし、
体育は、適当にサボっていたし、
他の授業もまともに出た記憶がない。
学校で何をしていたか…、
ずっと体育館の裏の入り口の外に
いたような気がする。
そういえば、ずっと、タバコ吸ってたな。
隠れて盗んだ親父のタバコとライターは
常に持ってた。
セブンスターは、頭がクラクラして
なんかよかったんだ。

高校は定時制に行っていて、
結婚した相手は、
同じ学年の一つ年上だった。

「井浦くんはさ、何がしたかったの?」
今はすっかり、タバコは吸わなくなった。
「なんで、俺のこと知ってるんですか?」
「体育館の倉庫覚えてないの?」
ああ、汚くて臭い倉庫だ。
マットにボールに剣道の防具。
一度だけ入ったことがある。
声がして見に行った。
男と男がなんかしてた。
体育の先生と小さな一年生だった。
体育の先生は俺のタバコを知ってるけど、
何も言わなかったから
俺も何も言わなかったんだ。
「一年生?…あの時の。」
「そうだよ。」
助けてくれなかったことを
恨んでるとでも
言いたいんだろうか。
「ありがとう。
って、いつか会えたら
言いたかったの。叶って良かった。」
「俺に?」
意外だった。
ハンバーグが運ばれてきて、女が食べ始める。
「先生とのあの時間は、幸せだったから」
「ふーん。」
俺はもうとっくに食べ終わっているけど
女の話を聞くことにした。
「なんか、飲まないの?ドリンクバー…。」
「持ってきてくれるの?」
「まあ、うん。」

せっかくの、ひとりを邪魔されたのに。
俺、どうして話を聞いてみようと思うんだろう。
あったかいお茶を二杯、席に運んで話をした。
「で?先生とは?」
「先生は結婚してるよ。」
「ダメだったんじゃん。」
「続いてるよ。」
お茶が熱くて、体がビクッとした。
「火傷しないでね。」
女に笑われた。
「続いてるよって意味は?」
「わかるじゃん。」
「わからない」
「不倫だよ」
「…幸せ?」
「うん。」
幸せって言い切れるんだ。

俺は、幸せか?
毎日、チェーン店を探して、
一人で飯を食べて。
赤の他人の会話を聞いては、
SNSでディスってる。 
誰とも話さないから
そんなことばっかりやってる。
もったいない時間だ。

「井浦くん、時々来るよね?
外から見えるとこによく座ってる。」
外から見えるというか、
外の見える場所に座ってるんだけど。

外を眺めているうちに
今の自分が嘘だって思えて
違う自分になれたら良いから。

「私もよく一人で食べに来るんだ。
ずっと声かけなかったんだけど。」
「今日は、どうして?」
「タイミングかな。」
ハンバーグ、半分以上食べ終わっていて
タイミングは相当悪かったけど。
「そろそろ、髪、切りに行く?」
俺は、前髪が目にかかってきたら髪を切る。
今、ちょうど、その状態になりつつある。

女が食べ終わって、ドリンクを取りに行く。
持って帰ってきたのはブラックコーヒーだった。
俺には美味いのかどうかわからない味。
「前髪、目にかかって来たと思ったら
短くなるでしょう。」
この女は、俺をずっと見ていたのか?
「いつもおんなじハンバーグだね。」
やっぱりずっと見ていたんだ。

背中に汗が流れる。

一人で飯を食べているつもりが
ずっと見られていた。

「井浦くん、一人になんかなれないんだよ。」
体育の先生にも、そんなことを言われた。

あの日、偶然体育倉庫で
二人を見て
でも行き場もないし、
ずっと体育館の裏の外にいた。
タバコの煙が空に上がっていくのを見ていたら
視界に体育の先生が入ってきて
「お前も結局、一人にはなれないんだよ」
って言って、俺から奪ったタバコを吸っていた。

人のものが好きな人はいるし
誰とも関わりたくなくたって
誰かとは関わる。

俺は、ガストに来たって、
デニーズに行ったって、
必ず店員さんに食事を運んでもらうし。

「最近、私に今日以外でも会ってるのに。」
「最近?」
「唐揚げ弁当買ったよね。2日連続。
いや、何度も買ってるよね。」
「なんだ…、そういうことか。」
「そうだよ」

ここにいたらわからないけど
外にいたら、この人の匂いがわかるだろう。
サラダ油で揚げる唐揚げの匂いがするだろう。

「いつも、一人分。
いつも、唐揚げ弁当。」

弁当屋だけは個人店に行っている。
そこで食べるわけじゃないから、
店の人に迷惑かけるわけじゃないし。

顔なんかわざわざ見ないけど、
手だけは見ていた。

俺の一人分の飯をビニール袋に入れて
渡してくれる手を。

「井浦くんは、幸せなの?」
「うん、まあ。」
「良かったね」
幸せかどうかなんか
結局は自分が決めるしかないけど
現時点で俺は別に幸せじゃない。
だけど、面倒だから
幸せだって思い込んでみた。

「どんな時が幸せ?」
女の問いに少し考えた。
ドリンクバーに時間制限がなくて
帰るきっかけがないから。
「セックスしたいと思った時。」
それは、好きな女がいるという幸せ。
最近、全然思わない。
しなくていい。
したいとさえ思えれば。
「私は幸せだ。」
「良いね。」
「他には?」
他…飯を食べて帰って、
風呂入って寝るだけっていう
1日の終わりが一番現実離れしてる。
「うーん。熱いお湯が冷めていく時間。」
そう、時間を無駄に使っていて
休んでるって感じがして
その時間が一人なら尚更。
誰のことも何のことも気にしなくて良い。
幸せだ。
「時間の無駄遣いが何より楽しい。」
「一人でいるのはそのため?」
「多分。そっちは、いつが幸せ?」
何杯目かの緑茶も無くなりそうだ。

「先生を家族から奪ってる時と今」
不倫してるのが幸せと言えるのは、
歪んでるけど、今の意味は?
「今?」
「やっとこんなに話せたから。
私の恩人と。」
「あ、そう。」
「私は、今、見た目と中身は女だけど
本当には女になってない。」
「ふーん。」
「先生は、男の私の方が好き。
私は女の私の方が好き。難しいでしょう?」
「先生と会う時は?」
「男だよ。」
「ふーん。」
こんなことを聞かれたら
俺も答えられないだろうって、
言葉が頭に浮かぶ。

どっちの自分が本当の自分?

俺ならはぐらかして、
答えは言わないだろう。

「次生まれるならどっちが良い?」
女が俺に聞く。
飲み物がなくなった空の器を傾けて。

「セックスできればどっちでも良い。」
「セックスはできるよ。どっちでも。」

変な会話。
おもわず笑った。
「私とする?」
「別にしたいわけじゃないから」
冗談めいていて
目は本気だったことに気づかないふりをした。

たぶん、先生との不倫を終わらせたいけど
終わらせるきっかけがなくて
ずっと続いているんだろう。

ずっと恋をしていない俺は
ずっと恋をしているこの女よりも
幸せな気がする。

残り一口の緑茶が飲めない。

ガラス一枚向こうの世界は、
動いているのに、
カップの中の緑茶だけは時が止まっている。



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