見出し画像

【短編】大人免許 #2000字のドラマ応募作品 


俺は高校生活はもっと派手だと思っていた。
部活をやらなければ、バイトをやって
彼女を作って、友達が何人もいて
怖い先輩に絡まれたり。
でも、現実の16歳の春は、毎日、
同じ友達と学校で会って、
同じ友達が家に来て、
落語ばっかり聞いて、時々勉強するくらい。
「松田、ここ教えて」
数学が苦手なコイツは、いまいち、
サインコサインがわかっていない。
「小野カツ、昨日も教えたよ。」
「そうだっけ。」
なんで覚えてないんだろ、なぞだ。

ファッション誌を買ってきて、
勉強の合間に見ている。
服が好きなんだろうな。
俺はバイクの雑誌を見ていた。
「松田、バイク買うの?」
「原チャだけどな。」
「乗れるの?」
「免許取ればな。」
「免許?」
世の中の仕組みも常識もわかっていないヤツだ。
同じ高2なのに。
ファッション誌を見せられた。
「俺、乗るならこれ。」
ベスパだった。探偵物語かよ。
「松田は?」
「え?スーパーカブ」
「何それ。」
「これ。」
カブの特集ページを見せる。
「郵便局のバイク?」
「まあ…でも、かっこいいよな。
新品は買えないけど、中古なら
手が届きそうなんだ」
原付の教本を見せた。
「一緒に取りにいかない?免許。」
いつも同じじゃ青春がすぐ終わりそうだから
何かやってみたい。
原付が手に入るかどうかは別で、
大人がやるようなことをコイツと一緒に
やってみたいと思う。
「サインコサインできなくても免許取れる?」
「それは、小野カツ次第っていうか。
勉強すればできるんじゃないの。」
教本をめくるコイツは果たして乗り気なのか。
男なのに女にモテようという気も全くないし、
俺がなんとかしないと、コイツの青春もすぐに
終わってしまう。
「モテたくないか?」
ちなみに小野カツは、
顔がいいし、性格も優しい。
足りないのは積極性と自己肯定感。
「…松田はモテたいの?」
「高校のうちに彼女が欲しい。」
「それと、バイクと免許は関係あるの?」
「あるよ。」
ないかもしれない。原付は2人乗りできない。
「いつ取るの?免許」
「夏休み。8千円くらいで取れるから。
バイト何回かしたら稼げるだろ。」
「アルバイトするの?どこで?」
「いちいとか、ダイユー8とか。」
アルバイト募集のチラシを見せる。
時給は650円。
平成8年の高校生の時給はこんなもん。
「履歴書って何?」
「これ。」
すでに俺は何度か単発バイトを
やったことがある。
「学歴って、どこからが学歴?」
本当に何もしならない。
「高校だけでいいの。
ここに、
平成7年 学法福島高等学校 入学って書くの。」
「へえ。」
めくって裏側を見る。
「志望動機って何?」
「バイトしたい理由…」
「…ない。」
「あるだろ。免許取るためにお金が欲しい。
って書けばいいの。」
本当にバカなのか?
履歴書を一枚あげて、書かせる。
字は綺麗だ。
「免許取るために
バイトしなきゃいけないんだね。
初めて知ったよ。」
「親の金で取っても意味ねーよな。」
「なんで?」
「自分のためにやることだから。
バイトも免許も。
俺は将来医者になるから福島医大に行く。
小野カツは?」
「寄席に行きたいから東京に行く。」
どうしよう、何にも考えてないわコイツ。
「服好き?」
「嫌いじゃない。」
どっちなんだよ。
「雑誌は?」
「嫌いじゃない。この雑誌は余白が好き」
「じゃあ、編集の仕事すれば?
お前の雑誌、俺の病院に置いてやるよ」
「え?」
ピンと来てない。
「バイトは、週2回くらいやろうぜ。
原チャの免許取っても
バイク買いたいし、
高3になったら車の免許も欲しいだろ。」
「全部、モテるため?」
「だな。」
そういうことにしておこう。

2人でバイトの面接を受ける。
倉庫の片付けだから、そんなに難しくない。
バイト先にはかわいい女の子はいないのに
怖い先輩がいる。
目をつけられないように、黙って働いた。
倉庫は暑いし服も汚れるし、楽しくはない。
放課後、夏休み前まで週2で3時間ずつ働いた。
免許は取れるけど原付は買えない。

夏休み、免許センターに試験を受けに来た。
基礎的な交通ルール。落ちるはずはない。
小野カツも合格した。
実施講習で原付が結構速く走れるって実感した。
大学生もたくさんいて、
小野カツは、
髪の長い女の子にいきなり告られていた。
顔がいいヤツは得だ。
「小野カツ、あの子と付き合うの?」
「うん、一応。」
「付き合うって、わかってんの?」
「…わかんない」
「バカやろう」
羨ましすぎて、泣きそうだ。
俺も彼女が欲しい。
「松田、原チャ買うの?」
「買うよ。バイト続けてな。小野カツは?」
「中学の同級生、
原チャで田んぼに突っ込んだから買うなって。」
「何それ?」
「このオチ、すごくない?
勉強して免許取っても原チャ乗れないの。」
「志の輔に、話して欲しいな。」
「うん。志の輔に手紙書こうと思う。」
「そうしな。」
免許センターからの
帰り道自転車を立ち漕ぎする。
「でもさ、免許取ったら彼女できたわ」
「あ?」
「バイトで社会知ったわ。」
「え?」
小野カツが言ってることはほとんど聞こえない。

でもこれだけは聞こえた。
「免許って大人だな」

#オリジナル小説 #短編 #青春 #高校生
#免許 #大人 #初めてのバイト
#モテたい #あれ3人いなくない
#2人だったわ


いいなと思ったら応援しよう!