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【短編】友達未満のウイスキー

誰でもない誰かの話

「まあ、ちょっとはね、後悔したよ」

そんな風に薄い笑みを浮かべる。

結婚指輪を捨てて、
1人を選んだこの人は、
この先何年1人でいる気だろう。

「良いね、君は。」
なぜか、自由だと決めつけられている。

カッコつけているのか、
酔わないアピールなのか、
ウイスキーなんて樽臭い酒の原液に
丸い氷を入れて飲んでいる。

「君は、生ハムが好きだね。
さっきからずっと、
生ハムばかり食べている。」
たしかに生ハムは好き。
ここにある中で、
生ハムしか好きなものがない。
硬くてしょっぱい鮭とばに、
崩れたコンビーフ。
スーパーの惣菜売り場に並んでそうな
きゅうりの入ったポテトサラダ。

呆れるように冷やかすように
次から次に
誰かが書き記したような
セリフを並べていく。

絵の具のパレットに、
一生混ざらない色を並べるような作業。

チョコレートの包みを開けては、
口に放り込む。
横目で見ていて、なんだか滑稽だ。

「ウイスキーボンボンてあるでしょ?」
急になんだ?
「よく合うってことなんだよね」

ああ、なるほど。

皿の端に申し訳程度に固まったクリームチーズを
遠慮なしに口に入れた。
僕にとってのウイスキーボンボンは
生ハムとクリームチーズだ。

「さっきから黙っているけど、機嫌が悪いの?」
まあ、そう思われても仕方がない。
ただ、黙って話を聞いているだけだ。

離婚するって聞いた時、
なんで僕に言うんだろうって
心底腹がたった。

昔、女とは恋人同士だったけど
いなくなったのは女だった。
だから、僕に言うなよって思ったんだ。

「相変わらず、お酒は飲まないのね。」
「…お酒で見境がなくなる女を知ってる」
「あ、やっとしゃべった」

ふっと笑う
その顔を
ぶん殴ってやろうかと思った。
バカにしているように見えたから。
その顔は綺麗に整っていて、
赤い口紅がよく似合う。

「…後悔って?」
聞いても仕方がないことが、滑り落ちる。

「バカみたいね。」
ため息混じりで髪をかきあげる。
ウイスキーを口に含んだ。

結末はいつもあっさりしている。
こじれにこじれて
絡まって糸口が見つけ出せないほど
何も見えなくなっても
終着点は決まっている。

「僕はあなたによく似合う男なんて探せないよ。
ウイスキーボンボンみたいに
絶妙なバランスなんて難しいんだよ」

新しい恋人が欲しいなら
他を当たれば良いのに
結局何度も僕のそばに現れるのは女の方。

一体いつまで続けるんだろう。
結婚までして、自慢してきたのに。

「これからバカなことを言うけど」
下を向いたまま言い放つ
「過去もこの先も、
今より全然魅力的じゃないの」
え?なんて?
「どういうこと?」
氷をカランカランと指先で動かして、
言いづらい事を言うために準備している。

「ねえ、信じられないけれど、何度も思うの。」
僕の顔を見る女が口の端を上げる。
「失って、大事だったって気づくのよ。」

あなたがいなくなったあの日、
僕は何度もLINEを書いては消した。
あの時IDを消さなかったのは、
季節をいくつも通り越して
いつかあなたにさよならと送ることができたら
その時は、僕が幸せになってることだって。
結局、ずっと送れない。
さよならなんて
したくなかったのかもしれない。

いつまであなたは1人でいるの?
僕は1人であなたを待っていたのかもしれないよ。

「ねえ、やっぱり後悔してるの。」
「そっか。」
あなたの目が僕の目を見つめるから
たまらなくなって目を逸らした。

「離婚、するんじゃなかったな…」

本当にぶん殴ってやろうかって
本気で思いながら

「別れた旦那のこと、やっぱ好きなんだもん」

心のざわつきを抑える僕は
なんて紳士なんだろう。

「好きだったよー、ううう」
「…」
「大好きだったよー、うわー」
「…」
「慰めてよ、慰めてよ、バカ!」
背中をバンバン叩かれてから
右頬をビンタされた。
とんだとばっちりだ。

絶対に友達にならない元カノと
別れの話のたびに会う僕は
どうしようもないお人好し。

もう、死ねよ。

って思いながら、
確実に酔っているこの女を
連れて帰るのも僕なんだ。 

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