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【短編】ラジオ相談ポスト
誰でもない誰かの話
”ラジオネーム 泣かない兎さんからの相談です。
ヨージさんこんばんは。
はい、こんばんは。
先日、1キロのお米を親戚からもらいました。
ああ、いいなあ。まあ、1キロは…僕なら
まあ、1ヶ月もちます。あんまり米食べなくてね。
そもそも…外食かな。パスタ、ラーメン、そば
まあ、麺が好きでね………”
おいおい、メール読む気あんのかよ。
いつも通り自分の話を途中で挟んでるよ。
先にメール読んでから自分の話だろうが。
深夜2時のカーラジオ。
仕方なく聞いている。
女を送った帰り道。
高速道路。超絶眠い。
サービスエリアに寄ろう。
ウィンカーを左に出して
国見サービスエリアの駐車場に車を止めた。
なんで、こんな仕事してんのかな俺。
久しぶりに来たなここ。
新しくなっちゃってさ…。
俺なんか、ずっと変わんないのに。
タイミングが良いのかわからないけど
スマホが鳴ってる。
電話なんかしてくんなよ、めんどくせえ。
どうせタカヒロだ。
どっかの女ピックアップしろって話か。
もうあがらせてくれよ。
スマホをジャケットのポケットから出す。
あ、違う。
カナミだ。
それもそれで、めんどくせえのに変わりはない。
「はい。」
『起きてましたね。』
「起きてたっつーか、帰り道ですけど。」
『…お疲れ様です。あの、…。私…。』
あ、これは、やめるパターンだ。
夜中に長々話して、結局やめるってやつ。
めんどくせえんだよな。
「はい。」
『辞めたくて』
はい、予想通り。
じゃあ、なんで始めたんだよ。
辛いってわかってなかったわけ?
アホじゃんマジ。
「困りますよ、
うちの売れっ子さんじゃないですか。」
カナミは、年は25で顔がアイドル級だから
確かに指名が多かった。
うちはキャバとか、
そんな優しい店じゃないから
入ってきては辞めていく感じで、
女の子の話の聞き役は、運ぶ俺の役目だった。
愚痴とか、相談とか、すげえぶっ込んで来て
マジめんどくさいけど、聞くしかなかった。
話聞いて結局辞めて
タカヒロにボコられて。
全部俺が悪いのかって思って。
辞めるってわかりきってんのに
一旦は止めるのも鉄則。
『借金返そうと思って始めたけど
やっぱり辛くて。』
人に言えない借金を返すために入店して
誰かの欲を満たすために知らない街と
知らない人を行ったり来たり。
まあ、嫌になって当たり前だ。
「借金、あとどのくらいすか?」
『元金は変わらず200万…
利子を返すので精一杯。』
「…アディーレに相談すね…」
『おもしろい…ですね。』
別に面白いことは言ってない。
だから、そんな気を使わなくて良い。
俺は、カナミより年下だ。
『今、どこにいるの?』
「国見」
『…もうすぐ帰れますね』
「はい。」
なんだよ、もう話すことないなら
電話なんか終わらせたいんだけど。
『困りましたよね、コロナ』
「まあ、はい。」
『なのに、お客さんはいる…
政治って欲には勝てないんですね』
カナミは、今夜何人相手したんだっけ。
何度も運んで、何度も迎えに行った。
『結局、コロナ対策なんて政治の一部で
私たちみたいに借金あって、
世の中の底辺生きてる人間には
関係ないっていうか。』
「まあ、…はい。」
俺も、店の女の子もワクチンはしたから、
政治に乗っかってる部分はあるけど。
『今日、お客さんに…言われたんですけど』
コロナ対策のことか?
『やっぱ、マスクしてると』
「口、今厳禁ですよ。」
『断れなくて…』
なるほど、だからやめたいのか。
電話の向こうで鼻を啜る音がする。
泣いてるな。…知らねーし。
「まあ、…しちゃったもんは、
しょうがないですよ。」
辞めたいなら辞めればいい。
でもこの人には他に仕事はないだろう。
ギャンブル中毒だし、メンヘラだ。
『辞めたいの。もうこんなこと。』
知らねーし、勝手にしろよ。
タカヒロにボコられて、
頭ガンガン痛い俺を想像する。
「借金はどうするんです?」
泣いてるから聞いてみた。
余計泣いてる。めんどくせえ。
そういう俺も、金がない。
借金はしてないけど、金がない。
泥水啜って生きてるみたいな毎日だ。
120円の自販機のコーヒーだって見てるだけだ。
車はワンボックス。
女を運ぶための仕事の車。
サービスエリアのラーメンも食べたことがない。
「おう、遅かったな。」
タカヒロは、灰皿の中のタバコを片付けない。
こたつの上に灰皿とビール缶。
俺は吸わないから、その匂いだって臭い。
俺が運転している間に、
ビール何本飲んだんだよ。
「カナミよう、LINEで、辞めたいってよ」
早すぎる。俺の頭がガンガンいい出す。
「止めた?アイツいなきゃさ、売上…。」
耳を掴まれて、気づいた時には床が目の前。
女がいなくなるのは俺のせいじゃない。
渡してる金が少ないからだし
そもそも、女の頭に脳みそがあるからだ。
「お前は顔が良いから女繋ぎ止めるために
置いといてやってんのによ。
女惚れさせて、辞めねーように掴んどけよ。」
タバコの煙を顔にかけられる。
「聞いてんのか?」
「…はい。」
そんなことより、腹が減った。
ご飯が食べたいし、少しで良いから寝たい。
「何か、食べて良い?」
「国見で食わなかったのか?
ずいぶん長いこといたみたいじゃん。」
GPSが、車についている。
「あれは、…カナミと喋ってて。」
「カナミさん、な?
食わしてもらってんだから、な?」
カナミが底辺だったら、
俺は地下にいるんじゃないか。
最悪だ。
なぜ、タカヒロは俺を拾ったんだろう。
「お前、勘違いしてねーか?
自分は人間だってよ。」
「人間だよ」
「ははっ。」
渡されたのは、チリトマトヌードルだった。
これひとつが、今日一日の俺のご飯。
頭を掴まれて首を噛まれる。
「腹減ったな。」
タカヒロは、女を愛さなかった。
俺は
タカヒロの欲を満たす道具でもあって断れない。
少しでも眠りたいのに、
太陽が出てきて眩しい。
俺は人に対して感情がなくて
何をされても心が死んでいる。
空腹と金がないことが、
ここにいる理由になるなら
そうなんだろう。
昼は寝て過ごすのが当たり前で、
俺と同じ歳の人が昼は何をしているのか
そんなことを考えるのもめんどくせえから
このままじゃいけないとか、
そんな事は思ったこともない。
夕方、目を覚まして
支度をする。
朝もらったカップヌードルを食べて
歯を磨いた。
沈む太陽が眩しくて車を運転するのが
めんどくせえ。
俺がこの世にいるって証拠は
免許証くらいしかない。
だから、もし、死んだ時、
これがそばにあった方がいい。
カナミを後ろに乗せた。
「今日、これから二本松ね。」
「イズミくんて、ラーメン好き?」
この何々好き?は、
カナミがそう言う気分の時に言われる。
「好きです。カップヌードル食べてきました。」
「美味しいの、食べたくない?」
「食べたいです。でも、食べたら、
カップヌードルが世界一っていう今が
終わる気がして。」
顔がすぐ近くに来た。
「私は好き?」
これは、寝ようってこと。
「仕事前ですけど。」
「いいじゃない、お客さんのことは
イズミくんだと思うことにするから。」
まともなホテルには入る時間もないし
金もないから、人目につかないところに
車を停める。
こんなことをしても、
俺もカナミも満たされないけど、
カタチだけでもそれらしいことをした。
「タカヒロさんの匂い」
「ああ、今朝した。」
「…言わなくて良いのに」
「まあ一応。」
「それじゃ、イズミくんとしたことで
タカヒロさんとしたことにしても良いかな。」
何言ってんだ?
タカヒロとやりたいならやれば良いのに。
感情が動くことなんかない。
俺が欲しいのは、愛でも恋でもなくて
ただ自由に生きる権利。
抱かれる俺と抱く俺が、
どっちが本当の俺かなんてどうでもいい。
二人の間で動き回っていることに疲れている。
いや、カナミだけがキャストではない。
だけど今、俺はタカヒロとカナミに
挟まれていて疲れている。
気がついたら女の首を絞めていた。
泡を吹いて、
脱力するのを目の前で見ていた。
この女もどうせ、
社会の底辺でギャンブル中毒でメンヘラで
生きることに疲れていた。
車に入っていた毛布で包み
ロープでぐるぐる巻いた。
近くにあった土嚢袋をくっつけて川に落とした。
思ったより重くて大変なんだな。
タカヒロの着信
『お前よ、カナミ、どこやったんだ?
客から電話止まんねーんだよ。』
「家から出てこなかったから
今日は連れて行けなかった。」
タカヒロに嘘を言ったのはこれが初めて。
借金からもデリヘルからも
逃がしてあげたんだ。
この世から消えれば苦しいことから
解放されるだろ。
良いな、おめでとうカナミ。
川は汚いけど、
疲れるだけの灰色の世界にいるより
ずっとマシだろ。
うるさい仕事のスマホも川に捨てた。
俺が持ってるのは俺のスマホと免許証だけだ。
”えー、
ラジオネーム 太陽戦士さんからの相談です。
ヨージさん初めてメールします。
初めましてー太陽戦士さん。
たった今、人を初めて殺しま……した
警察は行ったことがないのですが、
どうやって話したら…捕まえてもらえますか。
え…ちょ、これ、読んじゃダメだったやつ?
太陽戦士さん、冗談だよね?
え?…”
なんでも相談しろって言ってたよな。
何も答えらんねーじゃねーかよ。
人の愚痴も暴力も欲も全部受け入れてきた。
そんな俺の相談は、電波に乗って、
俺の耳から俺に帰ってきただけだった。
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