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【短編】ひとひらひとかけら

誰でもない誰かの話


僕は自分が嘘つきだと思う。

ヘラヘラ笑いながらみんなに溶け込んで同じ気持ちなんだよってそんなふりをして。心のどっかではいつも誰かを馬鹿にしてるのに、

「すごいな、学くんは。僕にはできないもん。」
適当に褒めたりする。

自分で言うのもなんだけど幇間(太鼓持ち)気質もいいところ。
学くんは、工作が得意で、夏休みに音の鳴る貯金箱を作ってきた。牛乳パックとテグスで作られていて、お金を落とすと、ピンと張られたテグスに引っかかって音が出る。
それを見て普段うだつの上がらない学くんを褒めてあげようと思った。
本当の気持ちは、6年生にもなってこんなもの作って恥ずかしくないのかな。だった。
僕の工作は、木をボンドでくっつけて完成させるだけの、家の形の貯金箱。ホームセンターの夏休み工作コーナーで見つけて、急拵えで形を整えたものだった。

担任の辰井先生から金賞をもらったのは学くん。
金賞には作品の横に置いた名前の紙に金の紙が貼られた。僕は金の紙を貰わず”提出した”それだけの事実を手にした。

アイディア、試行錯誤、工夫。

そんな言葉を並べる偽善の言い訳。賞の受賞の理由をたくさん述べている辰井先生が僕は嫌いだった。

僕はこの世の中の誰よりもきっと性格が悪い。

そう思って、誰からもそう思われないように、表側にはニコニコと雰囲気の良い僕を見せて生きてきた。

やけに人当たりが良くて、優しい。

そんな自分を作り上げるのはとても簡単だった。

「新谷くん、ねー、新谷くん、ちょっと来て。」
バイト先の茜さんは、何かあると決まって僕を呼ぶ。大した用事もないのに僕を気に入っていて、人から好かれるように努めてきた僕は、多少面倒でも、優しいフリをしてちゃんと応えてあげることにしている。
「どうしたんですか?」
連れて行かれたのはバッグヤード。茜さんは、僕に上目遣いで
「なんであんなところにあるのかな?
届かなくて困ってる。私、小さいから。」
背の小さいかわいい女子を演じて僕に甘える。
そばには脚立があるから、それを使えばいい。って思いながらも
「ひとつ取ればいいですか?」
親切なフリをして、商品を取れば、満面の笑みを返してくる。本当にめんどくさい。世界一嫌いなタイプだ。
「ありがとう、新谷くん。」
茜さんは、僕から商品を受け取ると、にっこり笑ってバッグヤードから素早く出て行った。

本当、うざい以外の何者でもない。


20歳。
今年、成人式を終えた僕は、大学とバイトの繰り返し。ずっと、一日中作り笑いをしている。
帰りに寄るファミレスで少しだけ、分厚い仮面を取るようにへばりついた作り笑いをやめる。
途端にため息。
テーブルに置いたスマホが震えるから手に取る。

成人式の日、学くんに偶然会って、LINEを交換した。今度、同級会があるから連絡するって。中学まで縁があってずっと同じクラスだった。
学くんの事は好きでもなく嫌いでもなく普通。友達でもなくただ知っているという、僕にとって最高な位置関係だった。

”2月11日 午後7時から
セレクトンホテル ”
”辰井先生も来ます”

学くんから、同級会のお知らせが本当に来た。
よりによって、小学校の同級会。

僕は、外面が良かったからクラスで人気があった。だから、こういうことに巻き込まれないようにずっと誰とも連絡を取っていなかった。

爽やかな笑顔。にこやかな態度。仮面を何枚も被らなきゃいけない。

行くとも行かないとも書けないまま、LINEを眺めながら、ミートスパゲティを口に運ぶ。

なぜ僕は嘘つきになってしまったんだろう。
良い人として生きる道を選ぶ理由なんてなかったはずだ。

誰も僕の嘘を見破れないなんて、なんてバカなんだろう。

”会費は、1万円です。”

時間差で送られて来た文章に僕は少し笑ってしまう。

「はは。高っ…。」

フォークをクルクル回しながら、スパゲティを巻き付けて、成人式で会った学くんを思い出す。

中学から剣道を始めた学くんは、大学でも続けていて警察官を目指しているという。大学では世界大会に出場したらしい。
小学生の頃、特に人気があったわけでもないし、真面目で工作が得意というだけだったが、中学で剣道に出会って才能を見せ始めた。
中体連は個人戦も団体戦も全国3位まで登り詰めた。主将でもあったし、全校生徒から一目置かれる存在になっていた。
本当の人気者のお手本みたいだった。
大人になった学くんは、新成人代表で成人の誓いを述べた。きちんとした黒紋付きで、落ち着いた侍のようだった。
与えられた役割をきちんとこなす。代表に相応しい姿だった。

学くんと僕の差がはっきりわかる。

僕には何もない。
捻くれていて人を認めない嫌な性格。それを隠すための作り笑顔。それが僕に備わったもの。


学くんのことは、好きでもなく嫌いでもなく普通。

本当にそうかな…。

LINEが、また送られてくるんだろうか。
”……”が動いている。

スパゲティを咀嚼して飲み込む。おかわり自由の大して美味しくもないスープを口に含む。

僕は今まで何をしていたんだろう。

学くんからのLINEを目にするだけで僕の生き方を否定する僕が僕を責めてくる。

”新谷くんが来てくれたら俺は嬉しいよ”
最後に送られて来たLINE。
僕ならこの言葉に何の意味も持たせず送信するが、何度もこの言葉を書くために文字を書き直した学くんが送ってきた言葉には嘘は無いのかもしれない。


2月、雪の降る中セレクトンホテルに到着した。
小学校の同級会なんてきっと人数も少ないし、いつものようにニコニコしていれば時間はあっという間に過ぎていくんだろう。

出した答えは出席だった。

事実、僕は誰の顔も覚えていないから、20歳になった何人かの同級生を見てもちっともわからなかった。今のところ誰も僕に話しかけてこない。
「新谷くん、来てくれてありがとう」
学くんが僕を見つけるなりそう言ってくるから笑顔を浮かべた。
「成人式の時とは、また違う雰囲気だね。」
「学くんこそ。」
「今日は楽しんで。」
そうか、学くんが主催者なんだ。
立食パーティーのスタイル。本当に誰も話しかけて来なくて、僕は実は別の同級会に紛れ込んでしまったのではないかと思うほどだった。

「新谷くん。」
僕は子供ながらに辰井先生にはどこかひとつボーダーラインを超えているようなそんな雰囲気を感じていた。
「久しぶりね。」
「お久しぶりです。」
特に会いたいとも思っていなかった元担任。むしろ好きではなかった。それでも僕はあえて嬉しいと言わんばかりの表情を作って大袈裟に喜んで見せる。
「何年ぶりでしょうね。でも、お変わりなくお元気そうで。お会いできて嬉しいです。」

先生がふふっと笑って、口に手を添える。メガネの位置を直しながら僕を覗きこむ。

「相変わらず、嘘つきね。」
「…え。」
「私、あなたの先生だったのよ。」
「…なんの、話ですか?」
「そのお面みたいな顔やめなさい。」
にこやかな顔をして、諭すように言われる。
全てお見通しのような口調。
「…5年生で担任になった時から思っていたわ。」
目の端に学くんが映る。こちらに近寄ってくる。なんてタイミングが悪いんだろう。
「悔しかったかしらね?学くんに金賞をあげたこと。」
「…え。」
「夏休みの貯金箱よ。覚えてないかしら。」

はっきりと覚えている。
牛乳パックの貯金箱。僕は褒めた。大して良いと思っていないのに、休み時間に十円玉を放り込んで、少し、本当に少しだけ大袈裟に褒めた。
「新谷くん、あんなに褒めるから、すぐにお芝居だってわかったのよ。嘘が下手よね。ま、人を褒めようとしたことは評価するけど。」
バレていたんだ。僕の嘘。誰も絶対に気づいていないって小学生の頃からついてきた僕が僕を守るための嘘。
「あんまり自分に嘘ついちゃだめよ。」
僕の心臓の近くを辰井先生がつついてくる。辰井先生は、ある意味自分に正直だ。全く嘘をつかない。
「ね、学くん。」
学くんは、お盆に三杯分の飲み物を乗せて来ていた。レモンサワーと、ジンライム、赤ワイン。
「新谷くんはレモンサワー好きそうかなって。」
「私は赤ワインね。」
「だと思って。」
悔しいけど、成人してから初めて飲んだアルコールも飲み続けているアルコールもレモンサワーだった。
「…ありがとう。」
レモンサワーを素直に受け取る。にっこり笑うのも嘘くさそうだし、うまく表情が作れない。
「良かった。」
学くんが僕に照れ笑いを見せる。嘘がない、本当の笑顔だ。僕もつられて少し笑う。
「実は新谷くんに謝らなきゃいけないんだ。」
「なんのこと?」
「今日いるみんなの顔、誰が誰かわかる?」
見渡してみても、全く見覚えがない。
いくら小学校の同級会とは言え、中学まではほとんどが一緒の学校に行ったんだから全員を知らないことはないのだ。
「まさか、小学校の同級会じゃなくて、高校の同級会に僕と先生を呼んだ…とか?」
「…それは違うんだけど、でも、一人だけは知ってるはず。バーカウンターの近くにいるあの女性。」
よく見てみれば、背の小さい女性が一人。
「俺の姉なんだけど。」
「学くんのお姉さん?知るはずないだろ。なんの接点もない。」
小学生のころ、誰かと遊んだことなんか一度もなかった。感情を隠すのに疲れて、学校から家に帰ってくるとずっと寝ていて一歩も外に出なかったから。
「新谷くん、ホームセンターでバイトしてるだろ。俺の姉もホームセンターでバイトしてる。」
狭い世界の狭いつながり。
「今日、ここにいるのは、姉の友達と、俺の剣道の仲間。つまり」
「…なるほど、そういう嘘か。」
「うん、ごめん。」
だけど、なんでこんな嘘をついたんだ。
「新谷くんが嘘つきだからだよ。」
茜さんが僕の前に立つ。
バイト先のただ知っているだけの人。僕は別にこの人に対して嫌なことをした覚えがない。
作り笑いを浮かべる時間がない。
今日、この時間。僕は少しだけ作り笑いをしたけれど、後はずっと困惑の顔を浮かべている。
「嘘つかれるってどんな気分かしら?寂しいと思わない?」
辰井先生に詰め寄られて行き場がなくなる。
寂しいとか悲しいとかそんな思いの前に、この3人が何を考えて僕にこんな手の込んだ嘘を見せているのか、全くわからない。
「誰が考えたの?すごいね。」
脂汗が額や背中を湿らせるのがわかる。
ひきつりながら得意の作り笑いを浮かべた。
「すごい?騙されて困惑してるの間違いじゃないの?」
「いや、ほんとすごいよ。僕にはできない。」
こんな狂った奴らに僕の本心を話したら負けだ。
本心は怖いというか、なんの仕打ちなんだろうと思っている。
ずっと、性格の悪い僕を隠していい人を演じて来た。それだけのことなのに。なぜ今、訳の分からない嘘をつかれて、それをバラされて、まるで僕が全て悪いような状況になっているのか。
「いつか、君は君自身で君を殺してしまう気がして。」
「…え。」
「苦しいと思う。自分の逆の気持ちを表に出して生きるのは。」
「こんなよく分からない騙し方、何か特があるの?え?何がしたいの?意味がわからないから帰るよ。」
「待って。騙してる訳じゃないんだ。」
置かれている状況も言われている内容も全くよくわからない。
学くんのこと辰井先生のこと心の中で馬鹿にしたり嫌ったりしていたけど、だからといって、この人たちに嫌がらせをしたことはない。
バイト先の茜さんにも、うざいって思っても親切にして来た。
それのどこがこんな訳の分からないことをされる理由になるんだろう。
嘘の同級会、嘘で集められた人たち。
なんのために、この3人に協力してるんだろう。意味がわからない。
僕のため?僕の嘘をバラすため?他人じゃないか。そんなの意味もないじゃないか。
「新谷くんが、私を嫌いなことも学くんを馬鹿にしていることも全部お見通しだったのよ。笑ってそれを隠そうとするたび、あなたは周りに壁を作って行ったの。あなたにお友達はいたかしら?」
うるさい。今更なんなんだ!だったらその時に言えよ!!先生って言う立場なら、気づいた時に説教すれば良かったじゃないか!
「作られた親切って、正直重いんだよね。何言っても笑って答えてくるから、最初はいい人かなって思ったけど、一瞬、無表情なの見逃してないから。」
僕は精一杯親切にした。それをこんな失礼な言葉で返される覚えはない。
「俺が剣道で目立ち始めて、正直嫌だったんだろ?言えよ、そのくらい。」
お前の物差しで決めるな!自慢げに話してくるあたり僕より性格悪いよ、学くん。

楽しそうな立食パーティーの宴はいつの間にか静まり返っている。この人たちに、僕の本心なんか関係ないはずだ。
「もう、かわいそうじゃん」
一人が言う。見えた口の端は上がっていて嫌な笑みを浮かべている。次第に笑い声が広がる。

自分の性格の悪さを隠したいだけだったのに。
何も言えない僕はただただ、3人に囲まれて何年分もの罪に罰を与えられているようだ。

惨めだ。

「俺は、新谷くんより性格が悪いよ」
「私もよ。小賢しいことされると怒っちゃうの」
「あたしだってそう。脚立とか使うのめんどくさくて。」
3人が僕を覗き込む。
「ここにいる全員、君を騙したんだ。君を誰かもよくわからないのに。性格が悪いよ、みんな。」
お互いがお互いを見て笑い合う。

「わけがわからない。僕は必死だったのに。ずっと、ずっと、誰かを嫌ったり馬鹿にしたりしてる自分をずっと見せないようにしてきたのに。」
震える手。食いしばる歯。心が揺らぐ。もう僕は僕でいられない。いや、僕は僕を演じることができなくなってくる。

「ずるいよ。本音を出さないなんて。」
学くんが、僕を見つめる。
「君が俺を褒めたことを嬉しいと思ったことが恥ずかしい。褒めるなら本音で褒めて欲しいんだから。」
「あの工作、本当は私が作ったの。」
僕が信じられないと言う目を向けると二人が頷く。
「小学校の工作なんて夏休みじゃないと参加できないでしょ?」
「俺も工作が好きだけど姉も好きだったから、良いよって言って作ってもらったんだ。あんなものだったから、俺は少し恥ずかしくて、先生が金賞をくれたことも恥ずかしかった。」
「後から知って、私はそんなことも見破れなかったことが悔しかったわ。」
3人で納得したように笑い出す。僕には信じられない光景で、もう、8年も前のこと今更白状されても何も心が動かない。
「僕が、褒めたことが、恥ずかしいの?意味がわからないよ。何、今更。もう時効だろ、そんなどうでもいいこと。くだらない。くだらなすぎて笑えるよ。」
おかしいな、上手く笑えない。
代わりにできるのは泣くということ。悲しくも悔しくもなくて腹立たしくて涙が溢れる。
「僕は、精一杯、お世辞を言ったり作り笑いをしたりして、みんなが傷つかないようにして来たのに。結局、周りの方が嘘つきじゃないか。」
溢れ出る涙と、隠しきれない本音が口をついて出てくる。
「嫌いだ…大嫌いだ!お前ら全員!大嫌いだ!!」
震える声で叫んだ僕は本当に惨めだった。僕を泣かせるための芝居と嘘。

どうしようもなく性格の悪い僕と、僕以上に意地悪な人たち。

僕はもう、自分に嘘をついてまでいい人に思われるための努力なんかやめてやると、嘘つきたちを睨みながら思った。


大学とバイトを繰り返す日常は変わらない。
台車を押してバッグヤードから売り場に荷物を運ぶ。荷物を下ろしてから、台車を押してバッグヤードに戻って別な荷物を運ぶ。
「新谷くん、ねえ、新谷くん、ちょっと来て。」
バストイレタリー用品の売り場から手招きをされる。茜さんだ。
僕はもう無理に笑わない。
「なんですか?」
「お風呂の椅子、下ろしたいの。棚の上。でも私、背が小さくて届かないの。」
「…あれ、使ったらどうですか?」
売り場の端っこに置かれた足場の広い脚立を指さした。
「みんな、あれ使ってます。高いとこ。」
「えー、椅子重いし、危ないし。」
「知りませんよ。自分でやってみてください。」
「ちょっとー。」
茜さんとは前よりも少し距離が縮まった気がする。
「危ないって思ったら助けます。僕、他の仕事しながら見てます。がんばって。」
意地悪を言っているけど、この方が茜さんは嬉しそうだった。
僕も前より少し心が軽くなった。

自分を隠すための嘘が良かったのか悪かったのか
そんなことは決めたくない。

僕はまだまだ作り笑いもするし、お世辞も言う。
でも、きちんと本音も話すから許して欲しい。

そう思う。


20220208【短編】ひとひらひとかけら・結

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車の中で書いた絵

ホームセンターのユニフォームってエプロンだよね?私がバイトしていた所はそうでした。
パートになったらスタッフジャンパーになりましたが。


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