【短編】いったことないけど
誰でもない誰かの話
なんか、ふんわりして終わったんだよな。
結局そういうことだったんだ。
それからもう何日もLINEは来なかった。
たまたま、何かの間違いで
名前も知らない人からショートメールが来て
なんなら、LINEの方がお金がかかんないし
LINEしようよなんて軽い気持ちで
送ったらIDが来て、やり取りするようになった。
相手は18の女の子で俺の一個上。
そうじゃないかなって思って勝手に設定してる。
男かもしれないし、もっと年上かもしれないし。
やりとりは、簡単なこと。
実りのないやりとりを繰り返してる感じだった。
スタンプを送りあって
おはよう
とか
こんばんは
とか
挨拶だけの日もあった。
なんの内容もないのに
いつのまにかそんなやりとりが楽しくて
LINEが来るのを待っている自分に気がついた。
他にも何か送りあってみたい。
俺の中にそんな気持ちが芽生えたけど
勇気がなかった。
いつも通りの着信音
”8時、駅で待ってる”
相手からLINEが送られて来た。
俺を待ってるわけはない。
でも試しに返信してみた。
”りょ”
”ちなみに何駅?”
返信がなかった。
きっと、間違いに気がついたんだろう。
”……”
が、ずっと表示されている。
返信なんかいらないよって
思って、スマホをポケットにしまう。
スマホが震えた。
”藤田”
東北本線の駅で行ったことがない。
”何があるの?”
全く見当がつかなかったから送ってみた。
また
”……”
だ。
書いては消して書いては消してるんだろう。
しばらくして返信がくる
”特に何も”
今度は俺が返信に困った。
今、19時30分で
俺がいるのは
福島駅で、今から東北本線の仙台行きに乗れば、
藤田には余裕で8時前に着く。
行こうか。
会ったこともない相手に会いに
何もない藤田駅に。
行ったことないけど。
”本当にいるの?”
”8時なら”
”本当に何もないの?”
”ないよ”
初めて会話のようなLINEをしている。
聞いてみたい。
君はどんな人?
大人から見たら、
こんなやりとりは危険だろう。
俺がいざ、この人に会って
犯罪に巻き込まれたりしたら
両親にも悪い。
でも、会ってみたい。
新海誠とか細田守とかの映画なら
きっと二人は出会うだろう。
でも、きっと
現実は出会えなくて
出会えたとしてもイメージが違くて
全てなかったことになるんだろう。
だけど、俺は切符を買って、
気がつけば
うちとは全く逆の電車に乗って
藤田駅を目指している。
遠くに思う君が
意外と近くにいたことも
もしかしたら
会えるかもしれないことも
会いに行かない理由が一つも見つからなくて
”行ってみる”
そう書いてLINEを送った。
顔も名前も知らないなら
行ったことのない駅で出会って
そこから君を知るのも良いだろう。
もしも、俺が君なら
俺のことをどう思うんだろう。
こんな無鉄砲な行動は勘弁してほしいだろうか。
内容がないやりとりが
初めて意味を持って
少しの期待が俺の中に広がった。
知らなかった感情を知る
今、この瞬間がそうだった。
”わかってると思うけど”
君からのLINEに
終わりの言葉を想像した。
”……”
の表示が長い。
”会えないよ”
言葉に息をのんだ。
わかってるよ。
君と俺はそんな
ロマンティックな関係じゃないことは。
”ごめん”
君が今どこにいても、藤田駅には行こう。
車窓から見る田舎道の夜景。
真っ暗だけど、街の明かりは優しかった。
東福島→伊達→桑折
次が藤田だ。
20時の藤田駅。
下り列車は仙台へ向けて走り出す。
ホーム。
幾人が、駅舎に向かって歩く。
みんな手にはスマホを持っている。
きっといるはずの君が全くわからなかった。
あるいは、本当はいないんじゃないかって。
ホームを出て駅舎を出て
知らない街に足を踏み入れた。
LINEの着信音。
”藤田、何もないでしょ”
”そうだね”
”寂しい駅だよね”
だけど、目の前には
整備の行き届いた公園と、
笑い声の漏れる料理店があった。
マルティーノって書いてある。
”マルティーノがある”
”何それ?”
”料理店”
また、しばらく
”……”
だ。
それを見ながら、料理店の中を見る。
品の良さそうなコックと
可愛らしい女子がいて、
お客と楽しそうに話している。
あの子が、LINEの相手ならよかったのに。
着信音
”よく着いたね”
高校生なら電車くらい乗れる。
”ここに来たことある?”
”うん”
”来ようと思った?”
”うん”
なんの発展もないやりとりだと思った。
会いたかったはずなのに
興味がなくなる瞬間は
思ったより早くやって来た。
”もういいよ”
そう送ると返信はしばらく来なくて
”会いたいなんて
言ったことないけど”
目にするんじゃなかったって思う文章が
送られて来て、
それからしばらく何も送られてこなかった。
俺は、なんて書いたらいいか
わからない返事を
書いては消していた。
笑い声が時折聞こえる
灯りが漏れるその場所で。
それから着信もない。
俺が相手に最後に見せたのは
”……”で、
何も言わずにこの関係が、
ふんわり終わったことは
数日経って認識した。
来るはずのないLINE。
何も始まらなかったのに
ただただ終わった
そんな結末だった。
#短編小説 #小説 #偶然 #出会わない
#会いたかった #恋が始まるはずだった
マルティーノさんについては、
シチリア料理のお店です。
どんなお料理も美味しいけれど
一番好きなマグロのタルタルは
ある時とない時があって、
ないときのショックは隠すのが大変でした。
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