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【短編】青い月が見えたなら

誰でもない誰かの話

学校で飼っている
パンダ柄のウサギが子どもを産んだ。

大事に大事にみんなで育てましょうって
全校集会で校長先生が言ったんだそうだ。
6年生の飼育委員長が教えてくれて
ダンボール箱の中を見せてくれた。

ふーんって感じだ。

俺は、ビルメンテナンス会社から
派遣されている用務員で、
派遣先が小学校と聞いた時は驚いたけど
毎日、コイツらといたら慣れてきた。

大学を卒業しても就職先がなくて、
仕方はなくとりあえず入った会社だった。

この小学校は私立の大学の附属小学校で、
金回りが良いみたいだ。

子どものウサギは小さくて
ウサギ小屋には置けないからって、
親ウサギと一緒にダンボール箱に詰められて
用務員室に持ち込まれた。

ダンボール箱には
お母さんウサギと赤ちゃんウサギのおうち
とか
エサは飼育委員会があげます!
とか
そーっとかんさつしてね
なんて書いてあって

飼育委員が責任持って育てますって
意気込みが感じられて微笑ましいなって思えた。

ウサギに対しては、
そんなに興味はないんだけど。

子どものウサギと
親ウサギの世話は6年生が
やることになった。

「かわいいー!」
箱を開けるたびに女子が言った。
子どものウサギは4羽。
名前つけようとか盛り上がっていて
用務員室が賑やかになった。

でも、一週間ももたなかった。
やることはいつもの飼育小屋と
あまり変わらないから。

まず、狭すぎて、
親ウサギの気が立っている。
餌をあげようと箱を開けると飛び出して
用務員室に糞を撒き散らかした。
もちろん、箱の中も糞だらけ。

悲鳴というか、
嫌がってるのがすごいわかる。

子どものウサギも糞にまみれて見るも無惨。
触りたくないって声が聞こえる。

「絶対に家じゃ飼わないよな」
男子が言った。
「うちも絶対いや」
女子も言った。

蓋を一瞬開けて、
キャベツを放り込んで帰っていった。

掃除してやんないのかよ。

6年生の仕事だから、手を出すな
って言われてる。

けどさ、
パン吉一家がかわいそうだよな。
パン吉ってのは親ウサギを
俺が勝手に心の中でそう呼んでいる。


箱の中ごそごそごそごそ音がしている。

ウサギが死のうが、俺には損はない。
死んだら死んだで焼却処分センターの
回収車に預けるだけ…。

あーあ、今ウサギ生きているのに。

パン吉自身は悔しいだろうな。
苦労して産んだのにこんな仕打ちだ。

ちやほやされたのは最初だけ。
生きてるから排泄するのは当たり前なのに
こんな箱に押し込まれて汚いもの扱いだ。

俺、掃除屋なんだけどな。

箱の中で、何かを訴えているパン吉。

俺がドリトル先生だったら
パン吉の話聞いてやれるけど。

ごそごそが激しすぎて気になる。

箱の蓋を開けると、ひどく汚いウサギが5羽。
息を止めるほど臭い。
こんな箱でよく生きてられる。

ポットにはお湯がある。
バケツに水を張って、お湯を混ぜる。

箱に手を入れると、
気の立ってるパン吉に手を噛まれた。
ウサギも噛むのか。

痛くて腹が立つ。
コイツを抱えるのは無理だ。

新聞紙と雑巾を敷き詰めて、
箱ごとひっくり返してやった。
親ウサギ、子どもウサギ、
キャベツ、糞
全部一緒に。

パン吉は、自由すぎて跳ね回ろうとするけど、
弱っているようだった。
あまり動かない。
子どものウサギ4羽、死んだように動かない。

死んだことにしてしまおうか。

臭いダンボール箱をとりあえず、
解体してゴミ袋に詰めた。
キャベツと糞は新聞紙にくるんで
ゴミ袋に。
臭い物に蓋をするっていうけど、
ゴミ袋を縛ると匂いが少しはマシになる。
たぶん、そういう意味じゃない。

空気清浄機のランプが真っ赤で、
いつもの何倍も稼働してるのがわかる。
窓を開けた。

子どものウサギを
バケツのお湯につけて、
汚れをとってタオルで拭いた。
乾くまで、日の当たる窓のそばに置いておこう。
動かないから安心だ。

問題はパン吉だ。

バケツのお湯を変えて
ゴム手袋をしてパン吉と対峙する。
バケツは2個用意した。
多分、二度洗いしなきゃいけない。

暴れて俺の服が水浸しになることを想像する。
仕方がないからカッパを着た。これで完璧だ。

そもそも、ウサギは洗って良いのか。
子どものウサギを洗う前にこの疑問点に
気づくべきだった。
カピバラだって温泉に入るから
バケツに入れてしまえ。

捕まえて、バケツに入れると案の定暴れた。
人間の腕力をなめんな。
俺は完全防備だ。
パン吉の顔が水につかないように、
後頭部を掴んで無理やり身体中擦った。
お湯はどんどん汚れて行く。
別のバケツに入れてもう一度擦った。
糞尿だけじゃなく垢も削ぎ落とす勢いだ。

タオルで拭くのも一苦労。
死ぬのを覚悟で押さえつけて拭いた。

死ぬことはなかった。

子どものウサギもパン吉も疲れ切っている。
用務員室の一角にタオルを敷いてかためて置く。

窓を閉めて、用務員室に鍵をかけた。

ゴミを捨てに行く。
「木島さん、それなんですか。」
3年2組の名札をつけた女の子に声をかけられた。
「ウサギが死んだから捨てに行くんだ。」
女の子は悲鳴を上げた。

こんなことを言ったのは、
飼育委員をビビらせてやれって思ったわけでも
学校に事件を起こしたかったからでもない。

死んだことにしてしまえば、
6年生のウサギへの悪態が終わるだろうと
思ったから。

ゴミを捨てて手を洗って
ホームセンターに車を走らせた。

ウサギ用のケージを買って、
用務員室に戻ると、
飼育委員の6年生が出入り口に群がっている。

鍵を開けて中に入ろうとすると
子どもたちのすすり泣きが聞こえてきた。

何、泣いてんだよ、キモ。

「本当に死んだんですか?」
自分たちのしたことを後悔してるのか、
俺の嘘がバレているのか
どっちでも良いやと思って何も答えなかった。
「本当に捨てたんですか!?」
俺が罪人みたいな言い方だ。
お前たちが何をやったか、もっと考えろ。

中に入って鍵をかける。

ケージを黙々と組み立てた。
パン吉と子どものウサギが
こっちを見ているように思った。

ケージの中にペットシーツを敷き詰めた。
エサと水の置き場もある。
子どものウサギのスペースも作る。
お菓子の缶にガーゼを敷いて、
子どものウサギを並べた。

弱りすぎていて、本当に死ぬかもしれない。

小学校6年の頃、
俺はクラス全員からいじめられていた。
人間不信というか、小6っていう、
少し力を持った年代の人間が大嫌いになった。
大人じゃないけど、
学校の代表みたいな立場になって
子どものくせにプライドが高い。
変にストレスをためていて
捌け口を探している。
だから、いじめる対象を見つけて
悪に仕立て上げる。
自分たちは正義だと勘違いをして
集団の力で悪に仕立てた人間を
徹底的に痛めつける。

飼育委員の6年生にとって
パン吉一家はその対象になりつつあった。

きっと、ドアの向こう、
俺を悪人に仕立て上げている。
対象が俺に移れば、
ウサギはこの先安泰だろう。
俺は悪人になったら
この学校から追放されるだけ。
仕事を失うが、大したことはない。

「マサヤ、なにこの、かわいい子たち。」
俺は、ウサギが死んだことにして
うちのアパートに連れて帰ってきた。
「かわいくないよ、臭くて最悪。」
「え?」
彼女が、匂いを嗅いで
「臭くないけど。」
そりゃ、今は。
「飼うの?」
「死んだことになってるから、
学校に置けないんだ。」

帰ってくる時、たまたま月が見えた。
青空が広がる中にうっすら青く見えていた。
ウサギを連れて帰ることに
特別な意味があるように感じた。


明日はきっと全校集会だろう。
校長先生が
涙ながらに命の尊さを語るのが想像できる。

「盗んだの?」
「は?」
「……ウサギ泥棒?」
「……保護したの。」

そうか、窃盗かもしれないな。
明日、校長先生には本当のことを言おう。
それで俺は、辞めることになるだろう。
ウサギは返すに返せなくて、
子どもたちを混乱させた罪は重そうだ。

「それより、
母親だと思っていたウサギが
父親だったんだよ。」
「え?」
「2週間、なんにも出てこない
乳首吸い続けてたんだよ、コイツら。」
「マジか。」
「だから、注射器でミルクあげてよ。
俺もやってみたけど、すげえ飲むよ。」
「やりたい!」
彼女は動物が好きだから、任せることにした。

きっとまた、子どものウサギが生まれる。
本当の母親ウサギは、
今、雄のウサギと同じ飼育小屋にいるからだ。

パン吉がキャベツを齧る。
カリカリカリカリ小さい音を立てて。

死んだはずのパン吉は俺の部屋で生きて行く。

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