20年前の官能メタフィクションはSNS社会風味:酒見賢一「語り手の事情」
僕の世代の本読みのご多分に漏れず、最初に酒見賢一を読んだのは「後宮小説」だった。もう30年くらい前なので、内容は全然覚えてないけど。
この「語り手の事情」は中国ものが多い彼には珍しく、ヴィクトリア朝イギリスが舞台の官能メタフィクション。1998年の出版で2001年に文庫化。表紙のミュシャのイラストが印象的。僕が最初に読んだのは2004年頃。
ヴィクトリア朝イギリスの(たぶん郊外の)御屋敷に隠遁する主人の元に訪れる来客は、皆、個性の強い性癖の持ち主で、それを相手するのはメイドの姿をした“語り手”で… と書くと、ああなんとクラシカルな官能ロマンといった感じだが、内容はかなりメタフィクション。主人公が“語り手”というのがミソ。
再読
内容の言及はそこかしこにありそうなので、ググッてもらった方がいいけど、出版が1998年なのに読めば読むほど今のSNS空間のメタファーなんじゃないかと思うくらい、昨今のSNS上の性癖や性関係を思わせる話ばかり。
ネタバレにならない程度に書くと
一話目はイキリ童貞の話。この童貞の言動がマジでTwitterによくいるイキリ裏アカ男子っぽくて笑える。雰囲気自撮りを載せて寄ってきた女子に「お前、俺の女だろ」みたいなことDM送ってそう(笑)
二話目は女装癖のおっさんの話。平たく言うとバ美肉してしまう。ちょうどVRで存在しない性器が感じるようになるみたいな話があったが、まさにそんな話。
三話目は合法ロリとSMの話。ここに出てくる田舎物のSMオタクが、これまたネットによくいる感じの妄想こじらせたオタクっぽくていい感じ。ただし、彼は前半でほぼ退場状態で、後半は目くるめく百合SMの世界に入っていく。全体的にお約束展開なのでエロ同人誌みたいな絵柄で脳内補完できる。
四話目とラストは最初のイキリ童貞が再登場したら、妄想をこじらせて「ボクちんと○○ちゃんは、10年も愛し合ってるのに、皆が認めてくれないんだ!」とのたまうアイドルオタのやばい奴みたいになってたという話。ただし、それは全てタイトルにあるとおりサキュバスのせいではあるんだが。とはいえ、この章は爽やかな読後感の恋愛小説です。
しかし、15年前よりも全体的に内容がありありとイメージできているのが面白い。この小説のモチーフの一つは妄想と想像なのだが、SNS社会になった結果、個々人が妄想を自由に発露できるようになり、その妄想をネタやコミュニケーションの材料にして人々とつながるようになったゆえに、小説の内容がわかりやすくなったのではないかなと思う。ゆえにこの本は現代を予見している小説である(なんちゃって)
ちなみに第3話に出てくる英国紳士が最後に自分の名前を名乗るのだが、これを読んでなるほどーとなる人と、え、なんで?となる人がけっこう分かれると感想をググっていて気付いた。