仕事を抱え込むリーダーの「任せられない」病 克服のカギは〇〇のアップデート
コーチングを通して次世代リーダー育成を支援する、35 CoCreation(サンゴ コ・クリエーション)CEOの桜庭です。
組織において、優秀な実績を持つプレイヤーが昇進し、チームを率いる立場に就くことはよくあることです。しかし、そのリーダーがそれまでのスタイルを変えず、「自分でやる」ことに固執してしまうと、組織の成長を阻害し、部下の疲弊を招くという落とし穴が待ち受けています。
リーダーが仕事を手放せない理由は様々です。 これまで多くのエグゼクティブコーチングを担当してきた私は、「自分が動かさないと何も進まない」「部下に任せるのが不安」「自分でやった方が早い」といった考えを根底に持つリーダーを多く見てきました。しかし、こうした「仕事の抱え込み」は、組織全体のパフォーマンス低下を招き、悪循環を生み出します。
本記事では、とあるリーダーがコーチングで自分自身の課題と向き合い、部下に仕事を任せられるようになるまでのストーリーについてお話します。
期待と現実のギャップ、優秀なリーダーが陥った落とし穴
会社の指示でコーチングを受けに来た佐藤さん(仮名)は、プレイヤー時代の実績から、社内で高い評価を得ていました。
初めてお会いしたときの印象は、身なりが整いきっちりとした口調で話す「隙のない女性」。言葉遣いや立ち居振る舞いからも、優秀で頼りがいのある存在であることが伝わってきました。
会社からの期待を背負って、30代後半で初めて10人の部下を持つことになった佐藤さん。しかし、期待に満ちた新生活は、思わぬ方向へと転がり始めます。
部下にプロジェクトを任せたところ、「重労働を押し付けられた」という不満の声が続々と彼女のもとに届いたのです。
その後も「長時間労働を強いられる」「パワハラまがいな言動を受ける」といった相談が相次いで人事部に寄せられ、中には退職者まで出てしまう事態にまで発展しました。
一見すると、部下に過剰な仕事を与えたかのようにも思える今回のケース。実は、リーダーとして仕事を部下に任せられなかったことが、トラブルの根本的な原因だったのです。
なぜこのような状況に陥ってしまったのでしょうか?
上司の教え、部下へのプレッシャーに潜む深い影
話は佐藤さんの若手時代にさかのぼります。
当時の佐藤さんの上司は、マイルールを徹底する人でした。細かい指示や手ほどきを受け、最初は戸惑ったという佐藤さんでしたが、上司の教えを忠実に守り、膨大な時間外労働もいとわず、着実に実績を残してきました。その経験は、「成果こそが信頼の証」という確固たる信念として彼女の心に刻み込まれ、その後の仕事人生に大きな影響を与えていきます。
昇進し、チームリーダーとなった佐藤さんは、かつての上司と同じように部下の仕事の進め方に対して、厳しく目を光らせるようになりました。自身の仕事のやり方を強要し、マネジメント業務を抱えながらも、部下の言動の細部に至るまで細かく指示を出します。
しかし、こうしたマネジメントスタイルは、部下たちに大きなプレッシャーを与え、残業の増加やモチベーション低下を招いてしまいました。
「佐藤さんのようには働けない」「自分の仕事のやり方を押し付けてくる」「信頼して任せてもらえない」
部下たちは不満の声を上げ始めました。
しかし、佐藤さんにとって「信頼」とは、実績を積み重ねて勝ち取るものでした。過去の実績や会社からの評価を自負していた彼女は、部下に厳しくするのは当然のことだと考えていました。むしろ、「自分と同じように困難を乗り越え、成長を促したい」という親心が、部下たちへの厳しい指導につながっていたのです。
しかし、部下たちの反応は、彼女の期待とは大きく異なっていました。
自分の時間も犠牲にしながら、部下のために背中を見せてきたのにー。
「思いやり」が踏みにじられたと感じた佐藤さんは、それ以上歩み寄ることもせず、一度は任せかけたプロジェクトを自ら抱え込んで、部下とのコミュニケーションを諦めてしまったのでした。
仕事の才能だけではリーダーは務まらない
佐藤さんが部下とのコミュニケーションを極端に断絶してしまった背景には、上司譲りの仕事観に加え、幼少期の母との関係が大きく影響していました。
「母は約束を守らない人だった」と語る彼女は、事あるごとに裏切られてきた経験を、コーチングセッションの中で打ち明けてくれました。「買ってくれる」と言われたものを買ってもらえなかったり、「見に行くね」と言われたのに見に来なかったり。そうした経験を繰り返す中で、佐藤さんは「人は信用できない」という考えを持つようになってしまったのです。
他人に期待することで裏切られ、傷つくことを恐れるようになった佐藤さんは、何事にも「予防線」を張り、相手の反応に振り回されないように準備を怠らなくなりました。常にプランBやプランCを用意しておき、相手の出方次第で対応を変えることで、傷つくことを回避しようとしたのです。
このような慎重な姿勢は、仕事の面では佐藤さんの強みとなりました。周到な準備と綿密なプランニングが評価され、昇進をつかみ取ることができたのです。こうした仕事での成功体験から、自信を深めていった彼女。いつしか「他人を頼ることなく、自分で解決すればいい」という考えを持つようになっていきました。
しかし、いくらプレイヤーとして優秀であっても、リーダーになった以上は、チームで成果を上げるために部下を信頼し、エンパワーメントすることが不可欠です。 しかし、佐藤さんは自分の才能に頼るばかりでチームメンバーとの連携を軽視してしまい、その結果、組織としての成果は上がらず、信頼関係が築けずチームが崩壊する危機を招いてしまいました。
何度かのセッションを通して「人は信用できない」という自分の中の信念が、部下とのコミュニケーションを阻害していることに思い至った佐藤さん。過去のトラウマを克服し、部下との信頼関係を築くためには、この信条を書き換える必要があることを理解したのです。
信条は捨てられる!過去にとらわれず柔軟にアップデートを
他人との信頼関係を結ぶためには、成果をあげることが真っ先に必要だと思っていた佐藤さん。
その後、信条のアップデートを目指して部下と向き合い始め、まずは一人ひとりとの面談の中で、コミュニケーションにおける未熟さを素直に詫びることから、対話を始めることにしました。少しずつ歩み寄り、丁寧に互いの理解を深めていった彼女は、そこでようやく、信頼関係において成果は必ずしもすべてではないと体感することができたのです。
こうしてセッションの中で自身の感情と向き合い、過去の信条を手放すことに成功した佐藤さん。改めて「人を信頼できる要素」とは何かを問い直し、新たな信条を構築する余裕が生まれました。
その後「タイムラインが常に共有されること」、「期日を守れない場合は事前に連絡すること」など、進行管理上のチェックポイントを明確化し、部下と共有した佐藤さん。 その結果、ついに安心して部下に仕事を任せられるようになったのです。
長年培ってきた信条を変えるのは容易ではありません。しかし、リーダーはプレイヤーとは役割もフェーズも異なる存在です。過去の信条にしがみつくことが、時にリーダーとしての成長を妨げ、組織への悪影響を及ぼす場合もあるのです。
時代や周囲の環境、立場は常に変化していくものです。だからこそ、新しい信条への定期的なアップデートが重要だといえるでしょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。仕事を抱え込みがちなリーダーがアップデートすべき自身の信条についての考え方が少しでも皆さんのチームビルディングのお役に立つことができれば、とても嬉しいです。
今後も私のコーチングセッションの体験談やコーチングのテクニックをお伝えすることで、みなさんが組織のリーダーとして活躍するための参考になればと思っています。不定期にはなりますが、次回の投稿もぜひお楽しみに。