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超短編小説:チョコとバナナとチーズケーキ

「バナナとチョコの組み合わせを最初に考えた人って、もっと評価されても良いと思うんだよね」
 新しくできたカフェのチョコバナナパフェを前に、細長い先割れスプーンを振りながらサクちゃんは熱弁している。
「こんなに素晴らしい組み合わせってある?考えた人はノーベル賞あげなくちゃ」
 サクちゃんの口の端にはクリームがついている。そんな様子を可愛いと思ってしまった自分がいる。安直だ。
「そんなに好きだったっけ?バナナ」 
「ん、ずっと好きだよ。遠足のおやつにも持って行ってたもん」
「あー、バナナはおやつに入るかどうか論争?」
「バナナはね、デザート」
「ふうん」
「バナナは、人類を幸せにするんだよ!」
 そう言って、ぱくっ、とサクちゃんはバナナをひと切れ頬張った。
 こういうの、あざといって言うんだろうか。
 わからないけれど、やっぱり可愛い。

 サクちゃんは可愛い。
 もう何ヶ月かしたらアラサーに足を突っ込む、ということが信じられない。というか、そもそも同い年なのが信じられない。
 こんなに若くて…、はっきり言うと幼くて、でも許せるのって、サクちゃんくらいだろう。もっとも、許せると思っているのは自分だけかもしれないが。

「ねえ、それだけで良いの?」
 サクちゃんは先割れスプーンでこちらをさした。人に向けるもんじゃないぞ。
「何が?」
「ブラックコーヒーとチーズケーキだけで良いの?」
 だけ、って。
 立派にケーキセットだぞ、こっちは。じゅうぶんでしょ。
 特大のチョコバナナパフェと、Lサイズのカフェオレホイップクリームトッピングをぺろっと食べているサクちゃんがおかしい。
 10代の頃は平気だったかもしれないが、アラサーにカウントされ始める年齢を目前とした今、絶対に無理だ。あの量のクリームは気持ち悪くなるに決まっている。

「これでじゅうぶん」
「へえー、大人だねえ」
 あなたが子どもなんです。
「あ、そうそう、今度、美術館に行くんだよね」
 小さなスプーンいっぱいにクリームをのっけて、サクちゃんが言った。
 サクちゃんが美術館?そんなの興味あったっけ。
「なんかー、伝統的な日本画?とかの企画展があるらしくって」
「サクちゃんそういうの好きだった?」
「んー?あのね、私じゃなくって…」
 照れたようにサクちゃんはどでかいパフェに隠れた。…ああ、そういうこと。
「例の、好きな人?」
「まあ、ね」
 うふふ、とサクちゃんは笑った。
 サクちゃんは少し前から職場の男性に片想いをしているらしい。
「何着ていこうかな?」
 うっとりしたようにサクちゃんは尋ねた。まさに、夢見るお姫様、である。
「そんなこと聞かれても困る」
「えー、なんで?」
「だって…、そういうの、よくわかんないし」
「えー」
 サクちゃんは不満げに頬を膨らませる。しかし、あ、とつぶやいてにやりと笑った。
「じゃあ、どんな服が好き?」
「…え?」
「君の好み、教えてよ」
 サクちゃんはまん丸の目でじっとこちらを見つめる。あわててそらしてしまう。
「…嫌だよ」
「えー、けちー」
 そう言いつつも、笑っている。そして、
「隙あり!」
 と先割れスプーンを伸ばし、チーズケーキを抉っていった。
「あ、ちょっと」
「こっちも気になってたんだよねー。おいしー!結構さっぱりしてるのね」
 ニコニコ笑うサクちゃんを見ると、許してしまう。そして…、ドキドキしてしまう。
「これ、チョコバナナの合間にちょうど良い!」
 チーズケーキを気に入ったようだ。サクちゃんはこちらの了承も得ずに、チョコバナナパフェの味変としてチーズケーキに手を伸ばす。
 まあ、いっか。

「あー、楽しみだなー、美術館!」
「…楽しんでね」
「うん!」
 きっとその男は、君の甘いもの好きには付き合わないと思うけどね。
 そもそもその男、君とそんなに相性が良いのかな。チョコとバナナみたいに。
 自分たちの方がずっと一緒にいるのに。
 そいつは合間のチーズケーキくらいで良いんじゃない?

 そんなことを考えても、絶対に口には出せないので。
 特大パフェと激甘カフェオレをすっかり平らげたサクちゃんがいつも通り「お色直し!」と席を外した隙に、伝票を手にしてかっこつけることくらいしか、できることはないんだ。






※フィクションです。
 パフェの下の方の、ちょっとしんなりしたコーンフレークが好きなんですが。わかる人いますか?






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