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超短編小説:まだまだ透明
綺麗な教室。何もない、まっさらな教室。
春子は教卓から、いつもより広く見えるその場所を見渡した。
三学期の修了式よりも、離任式の方が寂しい気がする。
修了式では、まだ「離任式にまた集まるから」という心の余裕があるけれど、離任式が終わってしまえばこの学級のみんなが集まることはもうないことに気付いてしまうのだ。
それに、児童だけではない。お世話になった先生たちもいなくなる。
「春子先生」
声がして、そちらを向くと、隣のクラスの重岡先生が大荷物を抱えて廊下に立っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。重岡先生、本当にお世話になりました」
春子が深々と頭を下げると、重岡先生も荷物を抱えながら軽く頭を下げた。
「こちらこそ」
重岡先生の抱えるダンボールには、彼手作りの教材が山積みになっている。重岡先生は、その荷物と一緒に何駅も離れた学校に行ってしまう。
「もっと早く片付けとけばよかったんですけどね、ほんとにもう、大変です」
そう言って重岡先生は苦笑いした。
「手伝いましょうか?」
「いえいえ、これで終わりですから」
「児童からのお手紙も、きちんと持ってます?」
重岡先生は照れたように笑う。
「もちろんです」
「重岡先生が異動するって聞いて泣いてる子もいましたもんね」
児童からも教員からも人気のある重岡先生の異動は、やはりたくさんの人にショックを与えた。女子児童に取り囲まれて、手紙やらプレゼントやらをもらう重岡先生の姿を春子は見ていた。
「寂しくなりますね」
あまりにもストレートな言葉に、春子は自分で自分に驚いた。重岡先生はふふっと笑う。
「そうですか?」
「そうですよ。重岡先生のおかげで一年間なんとかなったんだし、いつも頼りっぱなしで…」
「僕の方こそ」
「いやいや」
重岡先生に頼られた記憶なんてない。
「私、大丈夫でしょうか」
思わず春子はつぶやいた。自分でも情けない声だな、と思った。
「先生、来年度は一年生の担任でしたっけ」
「はい」
初めての一年生。まっさらな、ピカピカの児童に教えていかなければならない。
「大丈夫。先生なら、大丈夫です」
重岡先生は、しっかりと春子の目を見て言った。
「本当ですか」
「はい。先生はまだ、何にも染まっていないですから。きっと子どもたちと同じ、まっさらです。透明です」
「それで大丈夫なんでしょうか」
「それだから、大丈夫なんです」
正直、重岡先生の言っていることは抽象的で、全然理論的ではない。
でも、なぜだか、本当に大丈夫な気がしてきた。
「春子先生なら、きっと素敵なクラスにできます」
そして、重岡先生はもう一度
「大丈夫です」
と言った。
「はい」
春子は大きくうなずく。そして、付け足した。
「重岡先生も、大丈夫ですよ」
ハハッと重岡先生は大きな声で笑った。
「それはよかった」
そして、ゆっくり、少し寂しげな笑みを浮かべる。
「お互い、頑張りましょう」
「頑張りましょう!」
春子も、大きな声で答える。
まだまだ透明。私も、子どもたちも。
だからきっと、大丈夫。
春子はさっきよりも明るい気持ちで、教室を見渡した。
※フィクションです。
離任式とかいう、懐かしい響き。