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淋しさは幸せのエッセンス

ふと、淋しくなる。一人で仕事をしていると。

Slackやメッセンジャー、メール、Facebook…、誰かから何かしらのメッセージが飛んでくる。

それでも、一人を感じる。

自分のやりたいことをやると決めてから、尚更に。
不確実性、予測不可能、見えない未来。

書いているときはそのことだけに集中しているので気にもならない。
夜、仕事を終えて布団に入ったときに「あれ、これでいいのかなぁ」と脳裏をよぎる。

それを打ち消すかのように目を閉じて今日の自分を3つ褒める。自分を認めてそっとハグをして眠る。

朝起きると自分を誉めた3つのことはすっかり忘れているが、それでよし。眠り薬のようなものだ。

そして、起き上がり毎朝のルーティン、朝のジョギングへ出かける。
「私、生きている。私は大丈夫」と自己肯定感を上げるためのルーティン。

いつもの森の中で木々に目を向ける。アイビーの新芽が小さな若葉を開き、木々に絡まり伸びているのを見つけた。

木もアイビーが絡まることを支えるように寄り添っている。
ただ、そこにいるだけで。互いにもたれ合い、共生している姿がとても美しく見えた。

そうだ、一人ではない。
生きることは互いに繋がっていることなのだ。

見えない誰かと支え合い寄り添い合い。
私たちは地球という大地に繋がり生きているのだ。

そんなことを感じたら、心が温かくなるのを感じた。
森と繋がっている、大地と繋がっている、地球と繋がっている。

そして私はたくさんの人と繋がり、もたれ合い、支え合い生きている。

あぁ、幸せ。

淋しさはふとした時にやってくる。それは幸せのエッセンス。

「淋しさの」エッセンスを味わって。

今日も私は幸せ。

今日のフォト短歌

もたれ合い支えあって生きている あなたがいる。わたしがいる。


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