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飛行機の童話

ある焼き場に、海の砂のように多い残骸が散らばっていた。
彼らは焼かれるのを待つだけであった。

それは生まれたばかりのときは、立派な飛行機であったが、今では飛ぶことを忘れていた。
その有様をご覧になった王様は、全ての残骸を買い取り、自分の国まで連れて帰ることに決めた。
残骸の汚れ方は甚だしいものであったが、王様にとってそれは息子のように愛おしいものであったからである。

王様は、海に入れれば溢れかえるほどの財産を持っていたが、彼らを買い取る代価には足りなかった。
そこで彼は、ご自身が何よりも大切にしていた、ひとり息子を売り払い、全ての残骸を買い取ることに決めた。
ただの残骸のために、並ぶものがない代価が支払われたことは、王様の愛を証した。

売り払った息子の代価は、数多の残骸を買い取り、飛行機にするのに十分な額であった。
彼はそのお金で、全ての残骸を買い取り、彼らを救えるようになったことが嬉しくてたまらなかった。

王様は買い取った残骸の戸を叩き、戸を開けてくれるようにと声をかけた。
大半の残骸はそれに応じなかったが、どれだけかかっても彼は忍耐し、戸を叩き続けた。

「わたしは、あなたの代わりに全てを失おうとも、あなたのことを救いたい。どうしてあなたを捨てられようか。」
「わたしは限りなき愛を持って、あなたのことを愛している。」
「わたしは自分の国に君の家を建てた、きれいな山も川も湖も、全てあなたのために用意した。」
「そこでわたしと共に食事をしよう。」

ある者は自分自身が王様に運転されることを拒み、戸を閉ざしたままにした。
そして、かの者は驕り高ぶり思い上がり、戸を開けようとしなかった。
王様が中に入るために戸を開いたのは僅かばかりのもので、辺り一面を見渡しても戸を開いた者が見えることは希であった。


そして、王様が汚れた飛行機に入ると、その汚れは彼の煌びやかな衣に付かなければならなかった。
彼がどのような姿となったのかは、わたしがはっきりと証しよう。

堕落した世界で300年間、主と共に歩んだ、あの義人のような姿となったのか、それとも、獅子の穴に入れられようとも、断固とした誠実を貫いた、あの立派な大臣のような姿であろうか。

『主人は、あの義人や大臣のような姿となったのではなく、わたしのような姿になられた。』
買い取られた残骸のひとつとして、わたしはそう証したい。

この醜く、嘘つきで、嫉妬深い、わたしと何もかも同じ姿をとられた。
それゆえ、主人はわたしを兄弟と呼ぶことを恥とされない。
主人がわたしの兄弟であるとは、主人がわたしと等しいところまで、降ってこられたことを告げている。

そこで、ある残骸の一つが王様に自分の戸を開いた。

そこで王様は言った
「わたしは今日言っておく、あなたはわたしと共に飛び立ち、わたしの国を見るであろう。」
「わたしがあなたにいだいている計画は、わたしが知っている。それは災いを与えようとするものではなく、平安を与えようとするものである。」
「わたしはあなたに翼をつける。そのためにわたしは、あなたを砕かなければならない。砕けばわたしが必ず造りなおし、立派な飛行機にしよう。」

その残骸は主人に答えて言った
「わたしのこれからの主人はあなたです。どうぞ、わたしを好きなようにお砕きください。」
主人はその残骸を粉々に砕き、鉄くずで翼をつくりあげ、空を飛べるようにした。
主人に戸を開き、新しく造り上げられた飛行機のなかには、一つとして同じ形のものがなかった。

主人は言った
「これからあなたに燃料を注ごう。その燃料がなければあなたのエンジンはかからず、どこにも行くことができない。」
飛行機は言った
「主よ、わたしに燃料を注いでください。燃料がなければ、わたしは空を飛ぶことができません。」

「あなたは賢い者と唱えられるであろう」と主人は言い、飛行機に燃料を注いだ。
瞬く間に飛行機のエンジンはかかり、それは飛行機として造られた目的を果たすばかりであった。

そして主人は飛行機に言った、
「あなたの倉に入れているものを全てわたしに捧げなさい。それを握りしめていても、いつか無くなることはわかっているだろう。」
「これからはあなたに代わって、わたしがそれを用いよう。」

その飛行機は、主人に財産をまかせるのが一番安全だと思った。
砕いた後の鉄くずから、立派な飛行機を造りあげた、彼の途方もない知恵を悟っていたからである。

飛行機は言った
「主人のおっしゃることはなんでも聞きます。どうぞ、わたしの財産を全て、あなたがお用いください。」
主人はそれを良しとされ、その飛行機は主人が用いることができるものとなった。

そこで主人は言った
「わたしはあなたが誰を主とするのか、選択の自由を与えよう。わたしは決してそれを害すことはない。」
「第一に、これからはただ、わたしだけを見ていなさい。」
「二つ目はわたしだけに信頼して、あなたの全てをまかせなさい。」
「この言葉を実行することが、あなたがわたしを主人とする条件である。この言葉は破るよりも、守るほうがたやすいのである。」
「わたしの言葉から外れるとき、わたしはあなたの主人ではなくなって、あなたの中に入れなくなる。」

主人が飛行機で飛び立つときとなった。
飛び立つ前には向かい風が吹き、飛行機にとって向かい風の中で飛び立つのは難しく思えた。
そこで彼は言った
「わたしをこのような試みのなかで飛び立たせるようなことをしないでください。向かい風があると苦しいのです。わたしに追い風を吹かせて、楽に飛び立てるようにしてください。」

主人はそれに答えて言った
「飛行機が飛び立つには、向かい風があった方が良い。向かい風が強く吹いていればそれだけ楽に飛び立てるのだ。」
「しかし、追い風の場合はそうではない。追い風は吹けば吹くほどに飛び立つことが難しくなる。ただわたしの言葉を信頼しなさい。」

追い風の方が優しいと考えた飛行機であったが、主人の言葉を信じた。
向かい風が吹く中、飛行機は主人の国へと飛び立った。
その飛行機は王様が自ら操縦し、舵を切っていた。
飛行機が飛び立ち、空高く昇ると多くの残骸が現れた。

その中には、遙かに多くの穀物とタラントを自分の中にしまっている者がいた。
主人に運転をまかせた飛行機は、富んでいる者と自分を比べて、主人から目を離してしまったために、主人は空から突き落とされることになった。
運転する者がいなくなった飛行機は、すぐに地に落ち、壊れてしまった。
その飛行機は、追い出した主人のことを考えて怯えた。

しかし主人は飛行機に近寄ってきて、彼に言った
「わたしは、あなたが目を離す前から、悔い改める前からでも、あなたのとがを赦している。」
「もう一度わたしに立ち返りなさい。わたしの国は近づいたのだから。」
飛行機は言った、
「わたしはあなたを自分の中から追い出し、怪我を負わせました。主よ、わたしの過ちを赦してくださり、感謝いたします。」
主人は言った
「よく聞いておくがよい、倉を穀物とタラントで溢れさせている者に羨むところなど、ひとつとして無い。」
「彼らはわたしを乗せる隙間さえ空けようとはしない。わたしの場所に穀物が積まれているからだ。」
「富んでいるものはそう簡単に飛び立つこともできない。乗せている荷物が重くて、持ち上がらないからだ。」
「わたしは富んでいるものを尊び、貧しいものを軽んじない。わたしは倉の中ではなく、心を見る。」

その後、主人は壊れた飛行機を直し、もう一度飛べるようにしたのであった。
主人はまたその飛行機に乗り込み、向かい風を吹かして、飛び立たせた。
その飛行機が飛び立ってしばらく経つと、地の残骸達の声が聞こえてきた。

「飛んでいるお前を見ているといらだってくる。」
「運転してもらえないと何もできないなんて、弱いやつだ。」
「俺は空を飛ぶやつなど見たことがない、他と違うことをするなんて馬鹿なやつだ。」

飛行機はその言葉に惑わされ、よからぬことを考えた。
それは主人への不信であった。
そのために主人は涙を流された。
それは、追い出されて怪我をするためではなく、彼のためであった。

主人がいなくなり、空になった飛行機は再び地に落ちた。
壊れてしまった飛行機は、主人を二度も突き落とし、自分の力のなさを噛みしめ、顔を上げられずにいた。

主人は彼に近寄ってきて言った
「この世があなたを憎むのなら、あなたより先にわたしを憎んだことを覚えておきなさい。」
「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返りなさい、わたしはあなたを贖ったから。」
「たとえ、石を投げられても恐れることはない。わたしはあなたの周りに戦車を使わし、まがきを設けている。石が飛んでくれば、戦車がそれを退ける。おがくず一つ、あなたに当たることはない。」

飛行機は言った
「主よ、わたしは声高らかに、あなたの義を歌います。わたしの救いは、全てあなたの恵みです。」
「そして主よ、どうぞ、このとがを彼らに負わせないでください。彼らの目から涙をぬぐいさって、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない、主人の国までお導きください。」

主人は言った
「わたしが彼らの心を頑なにしたのだ。それゆえ、このとがはわたしのものである。」
「わたしは、あなたにも彼らにも、ただ幸せであってほしいと、いつもその事だけを思っている。」

子供が取り返しの付かない罪を犯したとき、親は「わたしの子供を正しく罰してください。」と言うだろうか。
「わたしの子供が罪を犯したのは、わたしの育て方が悪かったからです。この子の代わりにどうか、わたしを罰してください。」と言わないだろうか。

ならば、主人はなおも、そのように主張なさるのである。
主人は全ての残骸達に自由意志を与えている、そして彼らが不服従の選択をしたとき、それはわたしの責任であると述べられる。

主人はもう一度飛行機を直し、翼をつけた。
彼を乗せた飛行機は、雄々しく飛び立った。

主人の運転は完全そのものであって、渓谷の隙間でも嵐の中でも、心配することはなかった。
飛行機はついに、主人の国が見えるほど、彼の国に近づいた。
それは甚だ美しく、この世の何であっても勝るものはなかった。

飛行機は主人の国の財宝に目が惹かれ、財宝を得るために主人を使おうとの考えが芽生えてしまった。
主人はそのために飛行機から追い出されることとなり、飛行機は再び地に落ちた。
三度、主人を突き落とした飛行機は、自分は地の残骸の一つになったと考えた。
そして、彼は激しく泣き、主人の顔を避けて身を隠してしまった。
しかし主人は彼を憐れみ、優しさに満ちた声で言った「あなたはどこにいるのか」と。

飛行機は主人に言った
「わたしはここにいます。」
「わたしは主を三度も突き落とし、自分はあなたを乗せるにも足らないものであることがわかりました。」
「そして充分にあなたの愛を知ることができました。」
「わたしから離れてください。わたしはあなたと違って罪深いものです。」

主人は彼に言われた
「わたしはあなたを罰しない。この怪我も、あなたのためなら痛くはない。」
「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう。」
「何も心配せずに、顔を上げてわたしのもとにおいで。」
「ごらんなさい。わたしは、こんなにもあなたのことを愛しているのだから。」

飛行機は主人に答えて言った
「主よ、お言葉ですから、あなたがわたしを赦されたことを信じます。」
「わたしをここまで導いたのはあなたです。どうぞこれからもわたしを主の国までお導きください。」
主人は壊れた飛行機を直して乗り込んだ。
主人を乗せた飛行機は彼の国へと向かうのであった。

主人の国に差し掛かる前に彼は言った
「わたしはあなたの目から涙を拭い去る。」
「わたしはあなたが今まで犯した過ちを忘れよう。あなたからも、過ちを犯した覚えを忘れさせる。」
「あなたはわたしの国の国民だ。わたしと共に食い飲み楽しもう。」

主人を乗せた飛行機は、国に着いた。
飛行機についていた汚れと、過ちの記憶は消え失せていた。
ただ、自分は過ちを犯し、主人に赦されたとの思いは消えないでいた。

主人はその飛行機を愛し、飛行機は主人を愛した。
そこには、永遠の幸福と平安がともにあるのであった。

童話を執筆できた恵みに感謝いたします。
今回の童話では、飛行機は向かい風の方が簡単に飛び立てると書いています。
実際の飛行機もその通りで、向かい風が吹いている方が遅い速度での離陸ができます。
例えば無風の際、250km/hで離陸できる飛行機は、20km/hの向かい風の中では230km/hで離陸でき、40km/hの向かい風の中では210km/hの速度で離陸することができます。
なぜなら、飛行機は翼に空気が当たることによって揚力が生まれ、向かい風ではそれが大きくなるからです。

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