飛行機の童話
ある焼き場に、海の砂のように多い残骸が散らばっていた。
彼らは焼かれるのを待つだけであった。
それは、生まれたばかりのころは立派な飛行機であったが、今では亡骸のように冷たく横たわり、かつての栄光を忘れ去っていた。
その有様をあわれんだ王様は、すべての残骸を買い取り、自分の国まで連れて帰ることに決めた。
残骸の汚れ方は甚だしいものであったが、それと関係なしに、王様は彼らを愛していたためである。
王様は、海に入れれば溢れかえるほどの財産を持っていたが、彼らを買い取る代価には足りなかった。
そこで、彼は、何よりも大切にしている息子を売り払ってでも、すべての残骸を買い取ることに決めた。
売り払った息子の代価は、数多の残骸を買い取り、飛行機とするのに十分な額であった。
彼は、すべての残骸を救えるようになったことが、嬉しくてたまらなかった。
王様は買い取った残骸の戸を叩き、戸を開けてくれるようにと声をかけた。
大半の残骸はそれに応じなかったが、彼はいつまでも忍耐して、戸を叩き続けた。
「わたしをなかに入れてほしい。」
「わたしは、あなたのなかに入り、わたしの国に連れて帰りたいのだ。」
「その国には、あなたの家を建てることに決めている。きれいな山も川も湖も、すべてあなたのために用意した。」
「そこでわたしと共に食事をしよう。」
ある者は、自分自身が王様に運転されることを拒み、戸を閉ざしたままにした。
そして、かの者は驕り高ぶり思い上がり、戸を開けようとしなかった。
王様を受け入れた残骸は僅かばかりのもので、辺り一面を見渡しても、戸を開いたものが見えることは希であった。
そして、王様が汚れた飛行機に入ると、その汚れは彼の煌びやかな衣に付くことになった。
彼に戸を開いた残骸は皆、このように証している。
『王様は、墨よりも黒く染まった、わたしと同じ姿になられた。』
『彼は、権威ある王様の姿ではなくなって、まさしくわたしと同じ者になった』と。
それゆえ、王様は彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされない。
王様が彼らの兄弟であるとは、彼が、彼らと全く等しいところまで、降ってこられたことを告げていないか。
そこで、ある残骸の一つは王様に戸を開いた。
王様はその残骸に言った
「わたしは今日言っておく、あなたはわたしと共に飛び立ち、わたしの国を見るであろう。」
「わたしがあなたにいだいている計画は、わたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
「そのために、わたしはあなたを砕かなければならない。砕けばわたしが必ず造りなおし、立派な飛行機にしよう。」
その残骸は王様に答えて言った
「わたしのこれからの主人はあなたです。どうぞ、わたしを好きなようにお砕きください。」
その残骸の主人となった王様は、彼を粉々に砕き、砕いた鉄くずで翼をつくりあげ、空を飛べるようにした。
王様に戸を開き、新しく生まれ変わった飛行機のなかには、一つとして同じ形のものがなかった。
飛行機の主人は言った
「これからあなたに燃料を注ごう。その燃料がなければあなたのエンジンはかからず、飛び立てないのである。」
飛行機は答えて言った
「主よ、わたしにその燃料を注いで、空を飛べるようにしてください。」
飛行機がそう言い終えると、主人はすぐに燃料を注いだ。「あなたは賢い者と唱えられるであろう。」と、彼は言った。
瞬く間に飛行機のエンジンはかかり、それは造られた目的を果たすために、一歩一歩と進み始めるのであった。
主人は、飛行機にもう一つの命令を下した
「あなたの倉に入れているものを、すべてわたしに捧げなさい。」
「すなわち、穀物とタラントのことだ、それを握りしめていても、必ず無くなることはわかっているだろう。」
「これからはあなたに代わって、わたしがそれを用いよう。」
その飛行機は、倉にしまっているものを、主人に預けるべきだと考えた。
ただの鉄くずから、立派な飛行機を造りあげた、彼の途方もない知恵を悟っていたためである。
飛行機は答えて言った
「主人のおっしゃることはなんでも聞きます。どうぞ、わたしの持ち物をすべて、あなたがお用いください。」
主人はそれを良しとされ、その飛行機は主人に用いられるものとなった。
主人はさらに話を続けた
「わたしは、あなたが誰を主人とするのか、選ぶ自由を与えている。わたしはあなたの自由を徹底的に守り通す。」
「第一に、これからはただ、わたしだけを見ていなさい。」
「二つ目は、わたしに信頼して、すべてをまかせなさい。」
「この言葉を実行することが、あなたがわたしを主人とする条件であって、これは守るにたやすいものだ。」
「わたしの言葉からあなたが外れるとき、わたしはあなたの主人ではなくなって、あなたのなかに入れなくなる。」
王様が飛行機で飛び立つときが来た。
飛び立つ前には向かい風が吹き、空を飛ぶのは難しく思えた。
そこで飛行機は言った
「わたしをこのような試みのなかで飛ばせることをしないでください。」
「向かい風があると苦しいではありませんか、わたしに追い風を吹かせて、楽に飛び立てるようにしてください。」
主人は飛行機に答えて言った
「あなたが飛び立つときは今である。わたしにすべてまかせていれば、何も心配はいらない。」
「飛行機は、向かい風が強く吹いていれば、それだけ楽に飛び立てるが、追い風は吹けば吹くほどに飛び立つことが難しくなるのだ。」
「あなたは、心を騒がせないがよい。わたしの言葉を信じ、またわたしを信じなさい。」
追い風の方が優しいと考えた飛行機であったが、主人の言葉を信じた。
そして飛行機は、向かい風の吹くなか主人の国へと、力強く飛び立った。
それは、王様が自ら操縦し舵を切っていた。
飛行機が飛び立って、空高く昇ると、多くの残骸があらわになった。
そのなかには、溢れんばかりの穀物とタラントを、自分のなかにしまっている者がいた。
主人に運転をまかせた飛行機だが、富んでいる者と自分を比べて、主人から目を離してしまったために、主人は空から突き落とされることになった。
運転する者がいなくなった飛行機は、すぐに地に落ち、壊れてしまった。
落ちた飛行機は、追い出した主人のことを考えて怯えた。
しかし、主人は壊れた飛行機に近づいてきて、こう言った
「わたしは、あなたが目を離す前からでも、あなたのことを赦している。」
「これからは穀物でもタラントでもなく、ただわたしのことを見ていなさい。」
「悔い改めればそれでよろしい。わたしの国は近づいたのだから。」
飛行機は答えて言った
「わたしは、主人を自分の中から追い出し、大きな怪我を負わせました。主よ、わたしの過ちを赦してくださり、感謝いたします。」
「あなたのお言葉に勝る宝は、どこにもありません。わたしが、朽ちるものと主人との間に、二心を抱いてしまったことをお赦しください。」
主人は言った
「よくよくあなたに言っておく、倉を穀物とタラントで溢れさせている者に、見るべきところなどひとつとして無い。」
「彼らは、わたしを乗せる隙間さえ空けようとしない。わたしの場所に、穀物が積まれているからだ。」
「富んでいるものは、そう簡単に飛び立つこともできない。乗せている荷物が重くて、持ち上がらないからだ。」
「わたしは倉の中ではなく、心を見ている。わたしが富んでいるものを尊び、貧しいものを軽んじることは決してない。」
その後、王様は壊れた飛行機を造り直し、空を飛べるようにしたのであった。
彼は飛行機に乗り込み、向かい風を吹かして飛び立たせた。
飛行機が飛び立ってしばらく経つと、地にいる残骸の声が聞こえてきた。
「飛んでいるお前を見ているといらだってくる。」
「運転してもらえないと何もできないなんて、弱いやつだ。」
「俺は空を飛ぶやつを見たことがない、他と違うことをするなんて馬鹿なやつだ。」
飛行機は、その言葉に惑わされて、よからぬことを考えた。それは主人への不信であった。
そのために主人は涙を流された。それは、自分が怪我をするためではなく、彼のためであった。
主人がいなくなり、空になった飛行機は、再び地に落ちた。
壊れてしまった飛行機は、主人を二度も突き落とした、自分の力のなさを噛みしめ、顔を上げられずにいた。
しかし、主人はまた飛行機に近づいてきて言った
「この世があなたを憎むのなら、あなたより先にわたしを憎んだことを覚えておきなさい。」
「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返りなさい、わたしはあなたを贖ったから。」
「たとえ、石を投げられても恐れることはない。わたしはあなたの周りに戦車を使わし、まがきを設けている。石が飛んでくれば、戦車がそれを退ける。おがくず一つ、あなたに当たることはない。」
飛行機は顔を上げて、主人の目を見た。そして彼にこう答えた。
「主よ、あなたのようにあわれみがあり、怒ることおそく、いつくしみ豊かな主人はどこにもいません。」
「あなたの息子に変わって、わたしをお救いくださり、感謝いたします。」
「そして主よ、どうか、このとがを彼らに負わせないでください。彼らの目から涙をぬぐいさって、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない、主人の国までお導きください。」
主人は言った
「わたしが彼らの心を頑なにしたのだ。それゆえ、あの悪口はわたしのものである。」
「わたしは、あなたにも彼らにも、ただ幸せであってほしいと、いつも、その事ひとつを考えている。」
ただの残骸であっても、自分が無我に愛している者が、救いようのない過ちを犯したときに、
「この者をきちんと罰してください。」と、言うことができるだろうか。
「あれが過ちを犯したのは、あれと最も長い時間を過ごした、わたしの責任です。」
「あれの代わりにどうか、わたしを罰してください。」とは言わないだろうか。
ならば、主人はなおも、そのように主張なさるのである。
主人は、全ての残骸に完全な自由意志を与えている。
そして、彼らが悪い選びをしたとしても、それは全て、わたしの責任であると述べられる。
主人は悪い者の死を、何人たりとも喜ばない。むしろ、彼らが悪いおこないを離れて生きることを喜ぶのである。
主人は、壊れた飛行機に翼をつけて、乗り込んだ。彼を乗せた飛行機は、雄々しく飛び立った。
主人の運転は完全そのものであって、嵐のなかでも、渓谷の隙間であろうとも、何も心配することはなかった。
飛行機はついに、主人の国が見えるほど、彼の国に近づいた。
主人の国は、甚だ良いものであった。
その都は黄金で建てられ、いたるところに花が咲き誇り、主人の品性が全地のおもてを覆っていた。
飛行機は、主人の国の財宝に目が惹かれて、それを得るために主人を使おうと、ふと考えた。
その欲がはらんで、主人は飛行機から追い出されることになり、飛行機は再び地に落ちてしまった。
三度、主人を突き落とした飛行機は、自分は地の残骸の一つになったと考えて、これを最後に主人から離れようとした。
「もはや、わたしは主人を乗せるにも足らないものだ。」と、自分の中から聞こえた声の通りであると、そう思った。
しかし、主人は落ちた飛行機をあわれみ、優しさに満ちた声で言った「あなたはどこにいるのか」と。
飛行機は主人に言った
「わたしはここにおります。」
「わたしは主人を三度も突き落とし、自分はあなたを乗せるにも足らないことが、ようやくわかりました。」
「そして、充分にあなたの愛を知ることができました。」
「どうぞ、わたしから離れてください。わたしはあなたと違って罪深いものです。」
主人は彼に言われた
「わたしはあなたを罰しない。この傷も、あなたのためなら痛くはない。」
「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう。」
「何も心配せずに、顔を上げてわたしのもとにおいで。」
「わたしを見てごらんなさい。わたしは無限の愛をもって、あなたのことを愛している。」
飛行機は主人に答えて言った
「アバ、父よ、わたしは声高らかに、あなたの義を歌います。わたしの救いは、全てあなたの恵みです。」
「主のお言葉ですから、わたしが赦されたことを信じます。どうか、これからも、この惨めなわたしを主人の国までお導きください。」
「そして、わたしを主人の国のなかで、一番小さいものとしてお召しください。」
主人は彼に答えて言われた
「こころの貧しいあなたはさいわいである。わたしの国は、あなたのものである。」
「これからは、わたしの言葉を守るように。そして、わたしの前を歩み、全き者でありなさい。」
王様は、壊れた飛行機を造り直して乗り込んだ。
主人と飛行機は、共に死も悲しみもない国へと飛び立った。
贖われた飛行機は、主人への感謝で満ちあふれていた。
ゆえに今度こそは、主人を愛するがゆえに、主人の言葉を行なった。
そのために、飛行機にはますますの平安が増し加わって、その品性は主人と似るものになった。
そして、ついに、飛行機は主人の国に差し掛かるところまで飛んできた。
そこで主人は言った
「わたしはあなたの目から涙を拭い去り、今までの過ちを忘れよう。そして、あなたからも、過ちの記憶を完全に消し去る。」
「あなたはわたしの国の国民だ。これからは、わたしと共に食い飲み楽しもう。」
主人は、買い取った彼らを最後まで愛し通された。
主人を乗せた飛行機は、国に着いた。
飛行機と主人についていた汚れは、雪よりも白く洗い流されて、彼らは煌びやかに光り輝いていた。
しかし、主人の傷跡は消えずに、飛行機が過ちを犯し、主人に赦された証は残り続けた。
主人は飛行機を愛し、飛行機は主人を愛した。
そこには、永遠の幸福と平安がともにあるのであった。
童話を執筆できた恵みに感謝いたします。
今回の童話では、飛行機は追い風よりも向かい風の方が、簡単に飛び立てると書いています。
実際の飛行機もその通りで、追い風よりも向かい風の方が、遅い速度での離陸ができます。
一般の飛行機も、風向きによって離陸する向きや角度を変えるそうです。