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健常者から生まれた難聴の子

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自分のよりプライベートな難聴エピソード
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④障害者だと認識した日

両耳難聴でしたが、小学生の時は特に困ることもなく、そんなこんなで中学に上がりました。

友達できるかなとか、そういう不安はありました。クラスで仲いい特定の子はいませんでしたが、地味なりにもそのクラスで楽しんでいました。

中学2.3年はクラスの雰囲気が自分に合っていて、とても楽しかったです。この時に書いた作文?でそうか自分は障害者だったんだと、改めて認識しました。

そう思ったきっかけをはっきりと

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健常者から生まれた難聴の子③ークラスで聞こえの授業をした。

小学生の私は、あまり「障害者」だという認識がなく各学年1クラスしかない学校で楽しく過ごしていました。

みんなが変わりなく接してくれたおかげです。
本当に優しい人たちに囲まれていたんだと
改めて感謝したいです。

健常者と同じ学校に通いながら
聾学校に行って通級(ことばの教室)を受けていました。

通級の先生と小学校の友達に耳についての授業をすることになりました。
私がいなければみんなは受けなかっ

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健常者から生まれた難聴の子②ーことばの教室

健常者と同じ学校に通っていた私は
1時間目には参加せずにことばの教室に行ったり、
帰りの会を途中退席して行ったりもしていました。

ことばの教室ってなんだっけ。
一体何をしていたんだっけ。

それを書き残しておきたいと思う。

よく覚えているのは
小学生の時、補聴器をつけている私は
電池チェッカーで補聴器の電池が十分にあるかを見て、
紙に記録した。

そして手鏡で口の動きを見て、
発声練習をした。

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健常者から生まれた難聴の子①

就職活動が始まった今、
自分とは何かを再度認識するためにも
過去の経験や家族との関係性を文字にしてみようと思います。

人生グラフを作成しようとノートを開いたこともありましたが
何から書いたら良いか悩んで辞めてしまいました。

まずはここで整理していきたいと思います。。。

健常者から生まれた難聴者①

私の両親は健常者。
おそらく親族にも難聴者はいない。
なぜ健常者から生まれるかは
遺伝子の話に

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