人は優劣をつけることをし、いつから優劣でしか人をはかることしかできなくなったのか
人はこの世界に生まれては色々な環境を見て育ってきた。
人それぞれ成長する過程は違うけれど、幼稚園や保育園に入っては、小学・中学・高校・大学・社会人等々と階段をのぼっていく。
学生時代はテストの点数で周りと競い、部活に入ればチームメイトや敵チームに負けないように研鑽に励んでいた。
社会に入ってからも競争は続く。
社内の売り上げや、競合他社と張り合い。
日々、苦しみながらも社内で鼓舞して乗りきっていく。
そうやってお互いに切磋琢磨して協力いくことを義務教育時代に学んだはずだ。
しかし、実際はどうなんだろうか。
どこか競争ではなく勝った者が負けた者を見下す世の中になってはいないだろうか。
優劣をつけると言いながら、自分よりも劣っている相手に対して威張ったりしていないだろうか。
あんなに集団意識を教えた日本の教育を学んだのに、気づけば個人意識な世の中に変わった。
協力ではなく、互いの優劣を探り合い、相手より優れていると思ったらマウントをとる。
いつから優劣でしか人をはかることしかできなくなったのか。
そんな人たちに私は振り回され続けた。
そして失うものも失った。
二度とこうはなりたくない。
私だけでに限った話ではない。
私は優劣だけをつける人間になりたくない。
優劣の前に自分を探る。
時には優劣をつけることは必要になることはある。
重要なのは人より優れた力を威張らず、その優れた力で人を支えてあげることだ。