見出し画像

【意訳】アラン・ビルテレースト:ストリートワイズ・アブストラクト


Sam Steverlynck
Brussels, 2015

 ベルギー人アーティストのアラン・ビルテレーストはアートに専念する以前の15年間、グラフィック・デザイナーとして働いていた。彼はすでに広告の世界から足を洗ったが、グラフィックデザインから得た経験は今も彼の制作手法に染み込んでいる。また、彼の絵画は看板やロゴ、巨大広告板といった商業的な視覚言語を想起させる。

ビルテレーストは都市に存在するもの、例えば看板、巨大広告板、広告、道路交通標識などに見られる幾何学を、四角形・ストライプ・線・グリッドなどへと単純化して描いている。
モチーフはその本質を剝き出しにするために落ち着いたトーンで描かれ、使用する色もほとんどが白・青・黄色・赤などの基本色に限定されている。彼がどんなものを参照しているかは、Street Geometries(路上の幾何学)という個展のタイトルにも明らかである。

ビルテレーストは作品に引用する模様やモチーフを都市圏の路上や高速道路で収集している。19世紀の高等遊民たちはアーケードを徘徊することでインスピレーションを得ていたが、彼の営みはその現代版といったところだ。
インスピレーションを受けるモチーフに出逢うと、彼は命のリスクがある場合でも構わずに、行き交うトラックのロゴを撮影している。 その際に撮れる地方企業のロゴの多くはどうやらDIYのデザインらしく、不器用・文字間隔が変・ダサいカラーリングと、グラフィックとしては失敗しているものばかりである。

ロゴはビルテレーストの作品において重要な要素だ。黒い斜めのストライプの作品はアディダスのロゴを思い出させるし、対角線上にグレーと青の矩形を配置した作品はレッドブルを連想させる。 黒い縦線が不規則に並んだ絵画は、レイモンド・ぺティボーンがデザインしたパンク・ロックバンドのBLACK FLAGのロゴを想起させる。だが彼の作品におけるテーマは、実在するロゴから意味を漂白して、形・色・構図を純粋に扱う事である。
幾つかの作品では有名ブランドのロゴがとても分かり易い形で引用されているが、すぐには分からないものも多い。ありふれたブランドのロゴを単純化・図式化してる場合でも、その元ネタに気付ける人はあまりいないようだ。

ビルテレーストは、我々の潜在意識に語りかける、無意識的に理解可能なイメージを利用しているが、それこそまさに広告業界が得意とする手法なのだ。
最近の研究では、ほとんどの子供は5個の企業ロゴなら簡単に思い出す事ができるが、葉っぱを見てその木の名前を答える事はできなくなっているらしい。これは、様々なブランドがロゴによってイメージを効果的に植え付けていることをの証拠である。

この記号に関する研究成果の正しさは、ビルテレーストの作品においても証明されているといえるだろう。彼の作品において再現性は重要ではないが、断片的に画面に描かれたそのロゴでさえ、元ネタの企業に関することまで連想してしまう。

 ビルテレースト作品の表現との距離感は、20世紀前半の抽象芸術とはまた異なるものである。当時の画家たちは現実世界とは全く違う、絵画の中にしか存在しえない世界を生み出そうとしていたが、ビルテレーストの作品は現実世界のモチーフを連想させると同時に、僅かながら現実とは異なる絵画空間も見せてくれる。

例えば彼は経済危機の直後、図式化された銀行やクレジットカードのロゴを描くシリーズを制作していた。Deutsche Bankの、四角の中に青い対角線が引かれたミニマルなロゴ(元々は著名なドイツ人グラフィックデザイナー、Anton Stankowski 作)や、VISAのシンボルの一部を拡大したものなどだ。

 ビルテレーストは主に、A4用紙よりも小さな縦長の作品を描いている。 彼自身が撮影したモチーフの画像は、その作品にとても重要な貢献をもたらしてくれている。
ビルテレーストはまずモチーフの写っている写真にサイズ変更、構図調整、反転や回転などの加工を行う。簡単な下図が完成したら、彼は切断・ヤスリがけされて味わい深いテクスチャになった合板の上にそれを描き始める。 多層的に塗り重ねられた制作過程の痕跡は画面の表面にまで透けて見えているが、構図の微調整の跡やミスの修正跡までも画面上に残されたままになっている。 マスキングテープを使う際にも、完璧な線を引くことはしない。不完全さ、シミ、絵具の飛沫、不規則性などを画面に残しておくことは、コンピーターが描写する完璧な線や滑らかなグラフィックと自分の作品を差別化するために考え抜かれた技法なのである。

ビルテレーストはストリートとギャラリー、アートと広告が生み出す相互作用に魅了されている。稀に彼は壁画などの大きな絵画を制作しているが、ときには彼の被写体であるトラックに被せられているような、ビニール製の防水シートを支持体に使って絵を描くこともある。
彼があえて使っているチープな画材は、伝統的な画材よりもストリート的であり、アートワールドにストリート性を持ち込もうとする彼の意志が見て取れる。

カラーフィールドペインターと呼ばれる作家たちは、絵画へ明瞭なエッジとクールさを持ち込んで有名ブランド化したが、ビルテレーストは有名ブランドの図式化されたイメージをアート作品として転用するために真逆の処理を行っているのだ。

ストリートからアートギャラリーへ、そしてまたストリートへ。まさにストリートワイズ・アブストラクト(世渡り上手な抽象)といえるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?