いつでも心は晴天で。【#才の祭】
「おひさまの下に出られないの」
夏なのに長袖の服。その手には、しっかりと日傘の柄が握られている。
彼女は、青空の下を歩くことができない。
彼女とは、偶然図書館で出会った。
僕の仕事は司書。予約していた本を取りに、そして読み終わった本を返しにくる彼女は、とても印象深かった。
夏でも、肌の露出が一切ない。
きっちりと肌を覆うかのように、黒色のロングワンピースにカーディガンを羽織り、あまり空調が効いているとは言えない図書館で、静かにハンドタオルで汗を拭っていた。
その、彼女が持っていたハンドタオルで僕らの関係性が変わった。
珍しく閉館間際に駆け込んできた彼女。
いつも大体日が落ちてからの時間帯に来ていたが、夏は日が暮れるのも遅いからか、油断していたのだろう。
閉館を知らせるアナウンスが流れる中、彼女は手元をもたつかせてバッグから返却する本を取り出し、貸出カードをお財布から取り出そうとしていた。
ふと、カウンターに置かれたハンドタオルに目が留まる。
忘れてしまうのではないか、と心配していたことが起きてしまった。
彼女は大慌てで予約していた本を受け取り、そのまま逃げるように帰っていった。
次第に人も減っていき、閉館の時間となった。
一通り館内を見て回り、残った来館者がいないことを確認してからカウンターに戻ると、思わず大きな声が出てしまった。司書として恥ずかしい。
いや、そうではなくて。
彼女は、やっぱりハンドタオルを忘れていたのだ。
まだ間に合うだろうか。
急いで玄関から出て、辺りを見渡す。
当然、そこにあるのは日の落ちた町並みだけだった。
はずんだ呼吸を整えるため、大きくため息をつく。カウンターに戻り、パソコンから予約状況を確認した。
次に彼女の本が届くのは1週間後。それまで、他の職員に破棄されないよう大切に落とし物として保管しておいた。
そして一週間後。彼女は予約の本を取りに図書館に現れた。
今日もまた、彼女は長袖だった。
まっすぐにカウンターに向かい、いつもの通り返却する本を渡し、予約の本が来ていることを告げる。
彼女の方からはハンドタオルの話は一切出ず、予約の本を受け取りそのまま帰ろうと踵を返した。
「待って!」
またやらかしてしまった。大きな声を出すなとあれほど人には注意する癖に…。
いや、そうではなくて。
「…ハンドタオル、お忘れではないですか?」
振り返った彼女の目が、ぱっと開かれる。
寂しそうだった顔が、途端に笑みに包まれた。
「もしかして、まだありましたか…!?」
嬉しそうな彼女の顔に、もらい泣きならぬもらい笑いしそうになるのをこらえながらも、「少しお待ち下さいね」と前置きをし、バックヤードの落とし物保管所に向かう。
チャック袋に保管された彼女のハンドタオルを持って、彼女の待つカウンターの前に戻った。
ハンドタオルを見るなり、ぱぁああっと顔を輝かせて、彼女はお礼を言った。
「ありがとうございます…!もう捨てられちゃってるかと思ってました…」
いつもうつむいて暗い顔をしていたので、はじめてみる表情に不覚にもドキッとしてしまう。
こうして、いつしか彼女の方から話しかけてくるようになったのだった。
「この本、面白かったです」
「司書さんは、どんな本がお好きなのですか」
僕らの仲が進展するのも、時間の問題だった。
お付き合いすることになった僕らは、初めてのクリスマスを控えていた。
いつも彼女はワンピース。
来る度に違うワンピースということは、よっぽどワンピースが好きなのだろう。
そんな時、ぴったりのタイミングで風の噂を耳にした。
『空を切り取った服を売っているデザイナーがいるらしい』
僕はふと、彼女がつぶやいた一言を思い出した。
「わたしは病気だから、青空の下に立つことが難しいの」
そうつぶやき、寂しそうにうつむく彼女の姿を見て、僕の心は締め付けられるように傷んだ。
彼女に、青空を見てもらおう。
ネットを駆使し、噂のデザイナーを血眼になって探す。
しかし、謎に包まれたデザイナーが公式のサイトなどを用意しているわけもなく、なかなか情報は見つからなかった。
もうだめか、と諦めかけたとき、とあるSNSでそのデザイナーのことを書いている人を見つけた。
『〇〇商店街の奥深く。潰れた喫茶店かと思ってたらダミーだった!!』
クリスマスまであとわずか。
藁にすがるような思いで、退勤後勢いよく噂の場所へ向かう。
もう19時を回っている。閉店しているかもしれない。
けれど、場所を確認しておくだけでも意味があると思った。
明かりが落とされた商店街の奥に、たしかに古びた喫茶店の跡地のような店が見受けられた。
明かりは、奥でかすかに灯っている。
誰かが中にいることは確かだ。
そっと扉を押すと、趣のある重厚感とともにゆっくりと扉が開いた。
中には、若い女性がきょとん、とした表情で僕を見つめていた。
「あの…今日は閉店でしょうか…」
自分でも情けないほどに、小さな声が出た。
女性は、そんな僕を安心させるように、優しくにこりと微笑んだ。
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デザイナーからの服は、無事にクリスマスに届いた。
彼女と家でクリスマスを過ごしていると、ちょうどよく宅配便がインターホンを鳴らした。
何がきたの?と目をキラキラさせる彼女に、届いた小包を渡す。
「私に?」と尋ねる彼女に、そっとうなずいた。
開けられた箱からは、丁寧に包装されたワンピースが出てきた。
柔らかな、春の青空のようなワンピース。
写真のように、まるでそこに春があるかのようなワンピースに、僕も彼女も思わず息を呑んだ。
「これ…とってもキレイ…」
彼女の目は、かすかに潤んでいた。
「着てみてもいい…?」と尋ねる彼女に、空き部屋で着替えてくるよう促す。
戻ってきた彼女は、春の青空に包まれて幸せそうな笑顔を僕に向けてくれた。
「空を私にくれてありがとう」
彼女が僕に近づき、静かに抱きついた。
その後、春の青空ワンピースを着た彼女と一緒に写真を撮った。
写真に写った彼女は、今までの中でいちばん幸せそうに笑っていた。
このワンピースは視覚的だけではなく、心の中にも春をもたらしてくれたような、そんな気がした。
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ミムコさんの「#妄想レビュー」×PJさんの「#才の祭」で書いてみました。
小説の公募は明日までです!ご応募がまだの方、まだまだ滑り込みでお待ちしております。
デザイナーsideのおはなし↓
ミムコさんの「#妄想レビュー」
PJさんの「#才の祭」※小説公募は明日まで!!!
※アイキャッチ画像に素敵なお写真をお借りしております。ありがとうございます。