こころのポテトサラダ
もう、ずいぶん昔の話になるが
私は仕事で中国へ渡っていた。
それが初めての海外体験だった。
北京オリンピックが開催されるもっと前。
中国上海は混沌と情熱が入り混じる
妖しい熱気が漂う街だった。
日本語が全く通じず
かといって、英語も理解されず
そもそも中国語なんて話せないのに
それでも仕事してたんだから
若さとは恐ろしくもあり、頼もしくもあった。
上海浦東国際空港に降り立ってから
初海外の洗礼を受けた。
甘ったるいような
脂っこいような
漢方のような匂い
「これから私はどうなってしまうのだろう」
と考えたのは一瞬で、現地人によって案内された
本格中華に舌鼓を打ち
「中華料理こそ至高!」とのたまう。
若さとは恐ろしくもあり、頼もしくもあった。
私はそれでよかったのだが
その時は社長夫婦に同行する形での
海外出張だった。もう何十回も中国に来ている社長は
いい加減あきてきて、5日目には
「日本食に行くぞ」と言い出した。
当然といえば当然。
「どうだ、日本食が恋しいだろう?」
そう聞かれた私は「はい!そうですね」と
即答したが、心の中では自分の右頬を引っ叩いていた。
まだ中華料理を満喫したいのが本音だったからだ。
いかにも中華料理にゲンナリですボクみたいな
顔をしながら、日本の居酒屋風のお店についていった。
メニューも価格も日本並み
つまり当時の物価からすれば
イイお値段だった。
疲れ気味の社長夫婦もお酒を飲みながら
どこか中華風な日本的居酒屋風料理に辟易しつつ
ボンヤリと食事をしていると…
ピタッ!
2人の箸が同時に止まった
社長「おい…コレは..」
夫人「ええ、そうね…」
具体的なことが何一つ出てこない夫婦の会話。
長年連れ添った夫婦にだけわかる暗号か?
まぁ確かに見た目は日本風、味付けは中華風だけど
文句言わないでよ、雰囲気だけでも楽しめたでしょうが
それより私は中華料理が
コレだ!コレだ!懐かしい!
一心不乱に料理をつつく二人の姿
さらには追加注文までしてしまった。
「ホラ、君も食べたらいい」
そういって勧められたのは
付け合わせのポテトサラダ。
なんじゃい!ポテサラかい!
普段もっといいもん食っとるだろうがッ!
いますぐ私を高級中華に連れていけぇぇぇぇい!!
と心の中で荒ぶる私をなだめつつ
一口食べたポテトサラダ
二人が一番日本を懐かしく感じたものは
本当に素朴な味だった。
天ぷらでも、寿司でもなく、すき焼きでもない
日本の家庭料理こそが本当の日本の味。
茹でたジャガイモに、マヨネーズを加え
具材にたまねぎ、キュウリ、ニンジン、
魚肉ソーセージ。塩と胡椒で仕上げたソレは
普通のポテサラやないかぃ!
なんだよ、涙まで流しちゃってさ
こちとら若さ溢れる20代やぞ
今夜のディナーはポテサラ追加て
いくらなんでも初海外でそれはないでしょ
あああぁ.…
あれから二十年余りが経過した今、
私も年を取ったのだろうか
食事が自分のパフォーマンスに深く影響することを知った
あのポテトサラダがどんなに上手かったのか
今なら容易に想像できる気がする。