読書ノート 「戦後思想の到達点 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る」
柄谷行人の交換様式論とは、社会構成体(社会システム)の歴史を、交換様式の観点から説明する理論である。1998年に着想され、2010年の『世界史の構造』で一応の完成をみた(2022年には『力と交換様式』で更に理論的補強を行う)。交換様式理論が取って代わろうとしているのは、マルクスの生産様式論である。マルクスの生産様式論とは、生産様式(生産手段を所有するのは誰か、ということから考えた関係様式のこと)を基準に、社会構成体の歴史を把握しようとした。そこから、社会における上部構造(イデオロギーなど)・下部構造(生産様式)の概念が導き出される。そしてマルクスの死後、とりわけエンゲルスの手によって、この上部構造下部構造の関係は、「史的唯物論」の基本的な公理にまで格上げされた。すなわち、「経済的なもの(下部構造・生産様式)が、政治的な事象やイデオロギー(上部構造)を決定している」ということだ。
これについては、当初から批判的な意見があった。政治的なことや観念が、経済的なものによって全面的に規定されているとみなすことは、とうていできず、とはいうものの曖昧な言い方を許してしまえば、もはや理論の体をなさなくなる。また、こうした説明が意味をなすのは、資本性社会だけである。原始社会の儀礼的贈与などは経済・政治・宗教的意味合いを包含するなど、生産様式論では説明することができない。故にナンセンス、無意味であると言った批判だ。
そこで柄谷行人は、生産様式ではなく、交換様式から出発することを提案した。交換様式から出発すれば、経済的なものが政治を決定しているのか、それとも政治は相対的に自立しているのか、などという不毛な論争に関わる必要がなくなる。
交換様式には4つのタイプがある。
交換様式A…贈与と返礼
交換様式B…略取と再分配
交換様式C…貨幣と商品
交換様式D…高次元で復活する相互扶助的な関係 X
高次元というのは、AをいったんBやCによって否定する過程を経由した上で、Aを回復しているという意味である。交換様式Dに対応する社会的な実体は何か。Dはさまざまな形態を取りうる。交換様式D は、Bや、とりわけCの上で、互酬性(A)を回復する。回復されたAは、Cを経由している以上、個々人を共同体に縛り付けるものではない。交換様式Dの歴史的なあらわれのひとつは、普遍宗教である。歴史の流れは、A(氏族社会)→B(国家、帝国)→C(資本性社会)で、D が支配的な交換様式である社会はまだ存在しない。いずれかの交換様式が社会の基調をなすことはあるが、どんな社会にも全ての交換様式が存在し、それらが相互依存しながら複雑に絡み合っているのが現実。
交換様式D は、Aが高次元で回復したもの。交換様式Aはいったん死ぬのに生き返る。これはなぜか。実は交換様式Aは、これ自体が、更に原初的な、本源的な状態が高次元で回復したものであるという。交換様式以前とは、定住前の人間、つまり狩猟採集民の遊動性である。これを、「原遊動性U」と呼ぶ。これを定住を経験したあとの人類の遊動性→遊牧民の遊動性などとは区別する
狩猟採集民では、獲物はバンド(一緒に誘導している小集団)に共同寄託されるので、はじめから皆のものであり、そこに交換という関係は成り立たない。遊動している以上、備蓄もできず、富の不平等も生じない。平等である。狩猟採集民の社会の平等は、「遊動性」からくる「自由」にもたらされている。究極の自由は、社会から出ていく自由であり、遊牧民にはその自由がある。
定住する社会、つまり氏族社会になると、富の蓄積が発生し、格差発生のポテンシャルがここに孕まれる。このとき、富の集中や格差を抑止し、原遊動性U を回復しようとすると、互酬交換(交換様式A)が起こる。贈与やお返しが義務であるような社会では、極端な格差は生じ得ない。この意味で、交換様式Aは、定住によって抑圧された原遊動性U(をもつ社会の平等性)の回帰として解釈することができる。
ただし、原遊動性Uが交換様式Aとして回帰したときには、ある喪失が伴う。遊動民の平等は、自由から派生した結果であった。しかし氏族社会の平等は、贈与やお返しの義務に縛られる不自由な社会である。「自由であるがゆえに平等な社会」から「平等であるために不自由な社会」への転換が生じている。
原遊動性Uが交換様式Aの形態で回帰する必然性が、つまり交換様式を確立した社会が、それでも原遊動性に立ち戻ろうという強い傾向がどこから来るのか。柄谷行人はこれをフロイトの「死の欲動(タナトス)」の概念の独自の解釈から説明している。交換様式DはA の回帰であった。ということは、Dは、原遊動性U の高次元の回帰だということになる。UはAを経由しDとして回復する。交換様式Dは、「帰ってきたU」である。つまり、それは自由、平等性の根拠となる自由である。
ここまで。基本的な考えを確認しました。続きは『力と交換様式』で。
「うまく言えないようなことしか、言いたくない」(柄谷行人)
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