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錫森栞
2021年7月29日 06:26
自転車を漕いだ。湖沿いの深夜の路地を夜歩く蟻達を追い越して、後ろには私の腹を抱くように掴まる亜麻色の髪が一人。無機質に冷めきった路地の切れ目を渡ると月光の当たり方もやや変わって夜光虫の喧騒が嗚呼唯、よく見える。砂防林の間からその様子を眺めて、夜風が私の前髪を引っ張る。亜麻色の髪はまだ目を覚まさない。この反対の岸には大層立派な大学病院がある訳だが、この静寂の中でその夜景が湖面に反射し、夜
2021年8月31日 23:28
辺り一面は暗い樹木に囲われた。時々廃車が見えるばかり、獣道はどこを走っても同じ景色が続いていた。「どうして僕は」ここに来たのだろうか。壊れた山中の公衆電話の受話器を取ってみる。ひんやりとしたアスファルトは心地がよかった。「もしもし。」自嘲の笑みを浮かべて。カビの匂い、いつかのアパートを思い出した。横には放置された自転車に洒落たサンダルの片
2021年8月14日 21:29
彩られた珊瑚礁みたく読書灯の眩い部屋の中で自分の手の輪郭を透かしている。真っ黒なカーテンが深海みたいだ。此処は誰も来ない。僕の場所。外には大きな邸園があるけれど、大人達みたいに御茶を不味くするような話はしないで、僕は此処で天井の魚に笑いかける。大きな天幕に覆われた僕の地球に、大きな鋏の絵画が一つ。机にも僕の描いた鋏が一つ。此処は終わらない夜更けの世界だ。鋏は必要がないからこの絵は後で燃