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微熱が出て考えたこと

 3回目の緊急事態宣言が今週はじめの予測より1日早まることが決定的になり、仕事関係の連絡にストレスを覚えたからか夕方微熱が出てしまった。

 数日前からちょっと喉も痛むので、とうとう? と気持ちが焦って、とにかく早く入浴して布団に潜り込んだ。

 その後何回測っても平熱なのだが、こうも自分の身体にビクビクしなくてはならないのは、本当に情けない。

 ほとんどの人が重症化していないのだが、怯えてしまうのは、2度の出産後に何度も肺炎を繰り返し、苦しんだ日々を経験しているからだと思う。

 あの頃は乳飲児を遺して死ねないと思ったり、十分な体力で子育てできていない後ろめたさもあり本当に辛かった。

 2番目の子どもは子どもでたびたび熱を出したので、保育園と病院、どちらの出席率が高いだろう? と悩んだこともあった。

 肺炎を拗らせて、その子が病院で年を越したことがあった。病室で付き添い看護ができたので、私も病院で年越しとなった。
 
 12月30日だったと思う。かかりつけの小児科の先生が、娘の入院していた総合病院の病室をのぞいてくださった。

 いつも穏やかな笑顔で診察してくださる、本当に頼りにしていた先生だったので、病室にわざわざ来てくださったことが、驚きであると共に心からありがたかった。

 休日対応の当番だったのでね、といつもとかわらない笑顔を見せてくださり、病院で年越しになったから、と当時流行っていたおしりかじり虫のぬいぐるみをプレゼントしてくださった。

 顔を見せてくださっただけでもありがたいのにプレゼントまで‼️ 入院の辛さがほんの少し和らぎ、今ではかけがえのない思い出となった。

 そう本当にかけがえのない思い出。それから数年後、2人の子どもも丈夫になり、小児科にかかることも年に数回となった頃の暮に、先生は召された。

 年明けに葬儀が行われたが、数年前から癌を患われていたとのことだった。

 しばらくして、先生の奥様が、遺品の中から私に受け取ってほしい、と美しい塗りの手箱と萩焼のお皿を持って訪ねてくださった。

 今思うと、どうしてそこまでしてくださったのだろう、と感謝しか無い。

 与える人、本当に医学の賜物に心と愛を込めて周りの人に与え尽くされた方だった。

 微熱の不安で寝付けない中書き始めたが、あのような素晴らしい、心から尊敬できる方に会えた人生に感謝が溢れてきた。

 不安に心を患うより、感謝を綴りたいと書きながら励まされた。

 今でも感謝しています。青柳先生。本当にありがとうございました。

 おかげさまで子どもたちは皆勤賞を取れるくらい健康に成長しています。

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