
元カレ (掌編小説 2 )
第1話のあらすじ
久美は友人の紹介で直樹と知り合い、恋人として付き合い始めた。やがて結婚を意識し始めたが、ある口喧嘩がきっかけで、次第に疎遠になっていった。
しまいには音信不通となり、直樹とよりを戻すのは諦めていた。
それから約1年後、直樹が突然電話してきた。久しぶりに会いたいと……。
興奮と緊張が、頂点に達しようとしていた。
(直樹、本当に来るんだろうか?)
時刻を確かめるため、久美は腕時計に目を落とす。
と、その時、人の気配を感じた。
顔を上げると、そこには直樹がいた。
久美と目が合うと、直樹は笑みを広げた。
最初に何を言うべきか考えたが、言葉が出てこない。
「久しぶりだね」
そう言いながら、直樹は腰を下ろす。
「うん、本当に、久しぶり……」
あまりにも久しぶりで、直樹の笑顔が眩しかった。面と向かい合うのが少し恥ずかしくて、久美は目を伏せる。
今までは直樹への未練を胸の奥に押し込めて、もう恋心も愛情も無くなってしまったと思っていた。
が、直樹を目の当たりにした途端、しまい込んでいた恋心が頭をもたげてきた。
近づいてきたウェイトレスに、直樹は紅茶を注文した。
「久美、夕飯まだだろう? 何か食べなくていいの?」
「まだ、お腹減ってないから大丈夫よ」
正直なところ、久美は空腹を感じていた。
でも直樹がいるだけで胸がいっぱいで、食欲などなかった。
「そっか、僕もまだ減ってないよ」
ウェイトレスが立ち去ると、久美は改めて直樹に目を向ける。
少し髪が伸びているが、微笑むと人懐こい雰囲気になる目元は以前と変わりない。
「元気そうね。ずっと電話もメールも反応なかったから、何かあったのかしら? って心配してたの。
なぜ、電話にも出てくれなかったの?」
少しの沈黙の後、直樹が口を開く。
「ちょっと意地を張ってたのかもしれない。僕は悪くない。悪いのは久美だ、って」
「そうだったの……。じゃあ私と同じだね。私も意地を張ってたもん」
直樹と付き合っていた頃、彼に何回か会う約束をドタキャンされて、久美は怒って文句を言ったことがある。仕事だから仕方ないという直樹と、私をもっと大事にして、後で埋め合わせしてよ、と主張する久美との話し合いは平行線をたどった。
「実は久美と喧嘩してしばらくしてから、気になる女性が現われて、今付き合ってる。だから久美の電話には出なかったんだ」
「えっ?!」
久美は言葉を失った。
直樹に恋人ができてるとは想像すらしてなかった。
でも考えてみると、自分にも恋人ができたから、あり得ない話しというわけではない。
だけど、直樹の真意が分からない。
(恋人がいるのに、今日会いに来たのはなぜ?)
つづく