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de,愛永遠彼(で、あいとはかれ)3話

       相田 由紀

「この荷物は奥の部屋でいいんですね?」
「はい、お願いします」
「お嬢さん、これはどこに置きますか?」
「···························」
「ごめんなさい、娘は会話が出来ないので」
 正確に言えば極度の対人恐怖症と異性恐怖症である、由紀が上手く引っ越しの業者と話しを付けた事で作業員は全て女性で済んだのだが、矢張り予想通り対人恐怖症が作業員との対話を拒んでいた。
『人を信じられない········か、私にも···はぁ······嫌な事を思い出しちゃった』
 私の父親は外資系経営者、母親は有能弁護士。そんな二人の間に由紀として生を受けた、兄弟姉妹は無くひとりっ子として両親に暖かく育てられた••••••小学校に上がるまでは。
 ランドセルを背負う様になってから両親の私に対する教育がガラリと変わった。世間体を凄く気にする両親の口癖は「親の仕事に迷惑が掛からない様にしなさい」だ、当然私は両親の顔色を伺いながらいい子ちゃんを装って毎日を過ごして来た。
 中学に上がる少し前から父親は海外に居る事が多くなり、弁護士の母親は家に居る事が少なくなっていた。まぁ家に居たとしても書斎に籠りっぱなしの母親とは顔を合わす事は無いのだが。そんな私がこの家を出る事になったのはもう少しで15歳になる真冬だった。
 親友に騙された私は人を殺めてしまい、その事実を知った母親に勘当され母方の祖母の家で暮らす事になったのだ。
 祖母は優しく私を迎い入れてくれ、初めて人の暖かさを知る様な気がした。そんな祖母の為に私は自らの意志で祖母の為にいい子ちゃんでいる事を決意する。そして高校を卒業した時に交際していた10歳上の彼氏の子を身籠り結婚、20歳で長女の美由紀を産む。


 私には親友が居た、彼女の父親は私の父親の会社で働いている。その事は彼女に裏切られた時に初めて知ったのだが。
 父親の仕事が国内で上手く行かなくなって来た頃から海外で仕事をする様になり、それと同時に会社では大きなリストラを行ったらしい。その中に彼女の父親が含まれていた様だ。
 あの日は学校が午前中で終わり、帰り支度をしていた時。
「あ、いたいた•••ねぇ由紀、これから渋谷に買い物付き合ってよ。限定品が欲しいんだけどそれって一人1個だけなのよ」
「あ、うん••••••分かった、いいよ?」
 乗り気では無かったが親友の頼みだからとOKしたのが破滅への始まりだった。
 学校を出てそのまま渋谷に行きたいと言い出した彼女は、半ば強引に私の手を取り学校を出るのだが、彼女は何故か駅とは逆の方向に向かっている。私は必死に彼女に問うが私の声は届いていないらしい、そんな彼女は余程楽しみだったのか満面の笑みを浮かべていた。
『仕方ないか、こんな笑顔見せられちゃ』
 二人共息を切らせてやっと止まった場所は知らない家の前だ、私は彼女の袖を軽く引っ張り話し掛けようとするが、それよりも先にチャイムを鳴らしてしまった。程よくして玄関から顔を出したのは全く見覚えの無い男性で、見た感じ大学生あたりだろうか?そして私の静止も虚しく私は彼の家へと連れ込まれてしまった。
 彼の部屋らしき所に入るとそこにもう一人の男が居た。私は部屋の中央に座らせられると、彼女と玄関で会った男が入り口の前に座り逃げる事を塞いでいる。私はただ恐怖で震えている事しか出来なかった。
「ね?マジで可愛いでしょ?これで処女だって言うんだから今回は弾んでよね?」
「だってよ?」
「構わない、こんだけレベルが高くて経験が無いなら2枚追加だな?」
「やったぁ!!」
「なぁ、俺欲しいもんがあるんだけどよぉ」
 私は直ぐに状況を理解した、どうやら私は彼女に裏切られ売られた様だ、その後彼女は男のお強請りの代わりにと誘惑して部屋を出て行ってしまった。そして残された私は抵抗虚しく居合わせている男によって処女を失う。
 事を済ませた男はやたらに話して来た、今回の事は録画してあり、この事を誰かに話せは家や学校だけではなく、名前を晒してネットに挙げると脅して来た。更にどうやら親友だと思っていた彼女の父親は、私の父親の会社で勤務していた様だが、大規模なリストラに巻き込まれてしまった様だ。その所為で生活水準が大きく変わり、今まで味わった事の無い苦労をする事になった。私はその逆恨みとして目の前に居る男に売られたらしい、その時男に言われたのだが、嫌がっていた割に涙は一切流さなかったみたいだ。今思えば私が人を信用しなくなったのはこの時からだと思う。
 その後解放された私に待っていたのは、4ヶ月後の悪夢な出来事だった。
 朝から気分が悪い、やたらと吐き気が来る。学校には当然行けない、一日に数回もトイレに駆け込むからだ。母親は居るみたいだが私に一切関心が無い様で、書斎からは出て来なかった。
『まさかとは思うけど······そう言えばあれって来てないかも』
 体調のいい時を見計らって、私は薬局へと向かい妊娠検査薬を購入した。結果は陽性、私はあの時の男の子供を身籠ってしまった様だ。
 正直困った、相談出来る相手が誰もいない。当然母親には言えないし、堕ろすにしてもお金が無い。今思えば何故あの時直ぐに警察に向かわなかったのか不思議でならない、心底人を信じられなかったんだと今更ながら実感する。

 そして月日は流れ、私は誰にも気付かれないまま冬の雪がチラつく夜に、誰も居ない公園のトイレで子供を出産した。子供のへその緒を引き千切り、バスタオルで確りと包み込み、捨ててあった段ボールを組み立て子供を中にいれた。
「ん~名前かぁ···でもどうせ私には育てられないし、でも一応候補は考えてもいいかな?」
 この時の私はどうかしていた、産み立ての子供の心配よりも名前を呑気に考えている、適当に複数の名前を考えている時だった、風で飛んできた新聞の一部が私の足に絡み付き、そこには児童福祉施設の事が書かれている。私は段ボールに入れた子供を抱え、児童福祉施設に向かって走り出していた。

 家に帰ると偶然居合わせた母親は、私の姿を見て目をまん丸くしている。当然か、何せ身体中血だらけだし、股からは出血もしているのだから。母親は直ぐに私を風呂に入れさせ、その間に友人らしき医者を呼び出していた。
 そして私が出産している事が知られてしまった。執拗に子供の行方を聞かれたが私は一切口を開く事はしない、正確に言うと声が出せなかった。話そうとすると色々な事が頭を過り言葉を封じてしまう。

 そして私は祖母に引き取られる事になったのだ。


「今日引っ越しですか?初めまして、僕は隣に住む河野由紀雄です。宜しくお願いします」
 爽やかな笑顔だ、私は一瞬その笑顔に見惚れてしまったが直ぐに挨拶を交わし娘を紹介した。
「成る程、対人恐怖症に男性恐怖症ですか、ならば僕は特に気を付けなければいけませんね?」
「申し訳ありません」
「そんな!!人には色々と事情があるのですから、でも何かあれば協力しますので何でも言って下さい」
 再び見せた笑顔も爽やかで輝いて見えた。この時は気付かなかったが、そう言えばあの時の美由紀は由紀雄君に対してあまり嫌がっていなかったと思う····何故か後になってそんな事を思い出したのだが。

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