プライド
少しでも良い着こなしになるように、服を選び、念入りに髪にワックスを馴染ませて、スタイリングをする。
今日は久しぶりに対面で、弟のような存在の年下の男の子(以下弟)とランチへ行く日だった。
弟とは仕事の関係で知り合い、8歳ほど年齢が違うのだが、僕もなるべく先輩風は吹かせないようにして、ゆるゆると、色々な話をして楽しんでいる。
きっかけは、親世代で流行り、ドラマ化された「動物のお医者さん」という獣医を目指すマンガを、お互い子供の頃に見ていた事から仲良くなった。
今日、まるでデートでもするように、気合いを入れた服装にするには訳があった。彼は僕の外見のビフォーを見ていたから。
アフターの15キロ痩せて、アスリート体型になり、オシャレに目覚め、かっこいいと何人もの女性からいわれるほど生まれ変わった僕を見せ、びっくりさせたかったのだ。
集合場所は、お互いの家の中間地点の駅だったので、自動改札機に小銭入れから240円を取り出し切符を購入する。
電車に乗って、目的地へ向かった。
その道中では、久しぶりに再開するので、過去の出来事を思い出していた。
弟と初めて一緒に食事をした時、まだ彼は学生だったので、もちろん全額おごってあげる。
彼はとても嬉しそうに、「いつか社会人になったら奢り返しますね!」と目をキラキラさせながら僕に伝えた。
「あの時の彼は、かわいらしかったなぁ、ふふふ」なんて思い出していた。
社会人になってからは、奢る時もあれば、多めに出すくらいにはしたが、割り勘にはほぼしなかった。
「今日はお金を出します!」なんて弟が言い出した時にも、奢らせなかった。
兄としてのプライドとでもいいましょうか。
先輩風は吹かせてないけど、年下に奢られることは、プライドが邪魔しているとでもいいましょうか。
そんな過去のやり取りを思い出しながら、目的地へたどり着いた時に、僕はあることに気がつく。
改札口で弟を待ち、数分遅れて彼が到着した。
僕を見かけた瞬間に弟は驚き、近づいてきたその時、僕は、彼にこんな言葉を伝えた。
「ごめん!財布忘れた!小銭入れに残金26円しかない。今日はおごって!帰りの電車賃も恵んでほしい。」
プライドも糞もない残念なあいさつだった。
そう、僕は財布を家に忘れていたのだ。小銭入れと財布を別にしていたので、気が付かなかった。
おごってもらわないと、どうにもならなかったのだ。帰りの電車賃すらないのだからプライドも何もあったものではない。
ここまでお金がないと逆に清々しくもある。ないものはない。
髪のスタイリングに念入りに時間をかけたための失態だった。
僕は完全に浮かれていたのだ。
そんな情けない僕に弟は、「気にしないでいいですよ。僕もたまにあります。今こそ今までのお返しをする時です。」という素敵な言葉をかけてくれる。
なんて良い子だろう。
食事をする店に向かう途中で、雨が降ってくる。
弟は、「雨が降ってきましたね。折り畳み傘とかありますか?」と質問した。
僕は、「持ってきてないし、折り畳み傘を買うお金もない。」と、どうにもならない返事をする。
大丈夫。止まない雨はないから…
すると彼は傘を差し出し、相合傘状態で目的地へ向かう。
なんて優しい子だろう…
そして、弟とお店に入り食事をしながら、沢山のおしゃべりをした。
「それにしてもホントに見た目が変わりましたね。いいですね。」と褒められたが、財布を忘れた動揺がすごくて、全然言葉が入ってこない。
僕は、彼のコップの水がないのに気が付いて「あっ!お水をおつぎしましょう。」と水を汲んだ。
会計の際は「本日はご馳走さまでした。」とできる体育会系の後輩のように振る舞う。
二次会でカフェにいこうと誘われたので、「あっ、いいのですか。それでは頂きます。」と言いコーヒーをご馳走になった。
まさに、至れり尽くせりだった。
僕は僕で、完璧な後輩感を醸し出していた。
カフェでも弟とは、色々なお話をした。毎回彼と話し出すと、気が付いたら数時間たっていたなんてことはザラで、しばらく話し込んでいた。
夕方になり、気が付いたら雨も止み、濁った空からオレンジ色の空になっていた。
流石に帰ることにした時に、弟から、「これ少ないんですけど、帰りの電車賃と何かあった時の為にどうぞ。」と500円を渡された。
ほんとになんて出来た子だろう。
彼も気がついたら大人になっていたことを感じつつ、「そして俺は何をしているんだ」という色々な感情が交じりつつ、僕は切符を購入する。
でもおつりで出てきた260円は彼に返却した。
兄のプライドとでもいいましょうか。
「次は奢るね」と伝え、弟とバイバイし駅を後にした。
弟の優しさに、色々な意味で、リアルに救われた1日となった。
失態はあったものの、弟とのおしゃべりの時間は本当に心地がよく、楽しい時間だった。
そんな素敵な弟に出会えた縁に感謝する。そしてこれからもそんな素敵な縁を、温めていきたい。