短編小説【夏のいたずら】
しょうもない時間だった。
でも、どうしようもなく愛おしかった。
彼と一緒にコンビニに入る。
効いているような、いないような、体温に近い冷房が体にまとわりつく。
火照りをとってもらいたいのに、本当に役立たず。
「新発売だって」
彼が立ち止まる。
アイスキャンディーが目につく。
「これ、味違うのふたつ買おう」
私は小さく頷いて、彼からぶどう味のアイスキャンディーを受け取った。
彼は桃味。
私たちは肩を並べて歩く。
アイスを食べるのに夢中に見えた彼が、ふと口を開く。
「アイスって夏に食うもんなのに夏に弱いよな」
アイスキャンディーは、夏の太陽と相性が悪い。
「え、たしかに」
「よくわかんないやつだな」
私はその場に立ち止まる。
ぶどう味が溶け出して、私の手を汚している。
「どした?」
こんな沈黙求めてないけど。
「ほんと、よくわかんないやつだよ」
私は彼の顔をじっと見つめる。
耳がカッと熱くなるのが自分でもわかった。
溶けたアイスが手を汚したって、もうどうでもいい。
「へ?俺?俺はよくわかりすぎるくらいわかるだろー」
そう言いながら彼は、口の周りについたアイスを拭った。
「食わないの?溶けてるよ」
彼に言われて、あらためて手元を見た。
けれど、それを舐めるのはしばし抵抗があって。でも、舐めてみたらやっぱり甘くて。
「これ、甘すぎ」
私は妙に、悲しくなった。
彼は私が持つアイスに顔を近づけ、ペロリと舐めた。
「いや、ちょうどいいな。交換しない?」
キョトンとした顔で、自分のアイスを差し出す彼。
『いらない』
なんて、言える訳ないのに。
わかっててその顔は、ずるいよね。
「うん、ありがとう」
桃味のアイスは、夏の味がした。
甘すぎて甘すぎて、頭が痛くなるほどに。
彼の背中を見つめて、もう一口アイスを食べた。
「全然、わかんないよ」
私があいつにあげた夏は、
もうどこを探しても見つからない。
なんの前触れもなく溶けてしまった。
まるで、一緒に食べたアイスキャンディーのよう。
跡形もなく、溶けたんだ。
夏の味を、私に残したまま。