輪廻の呪后:~第二幕~虚柩の霊 Chapter.1
数メートルも進めば下降階段が在り、抜ければ大きめ石室が広場と歓待した。
砂埃に乾いた材石は密に積まれた壁を形成し、此処を分岐核として少数の部屋が隣接配置されている。
無論〈王の間〉も……だ。
墓号〈KV62〉──彼の〈ツタンカーメン王墓〉にヴァレリア達は潜入していた。
エレン・アルターナの惨劇から二日後の事である。
「これまで潜入した王墓よりも少々こじんまりとした感じだな?」
古の石窟を見回しながら、クリスは率直な感想を洩らした。
篝火など有ろうはずもないから、当然、光源は自前の懐中電灯。届かぬ先は薄暗さのままだ。
「ツタンカーメンの場合は〈異端〉と弾かれていたからな。本音を言えば密葬にでもしたかったところだろうよ──史実に遺さずな。況してや、そもそもは〈ツタンカーメンの王墓〉として作られたワケじゃねぇし」と、周囲の石壁を触り調べつつ、ヴァレリアが淡白に答える。
彼女と共に調査に精を出す長身は、新参者となる既知──イムリスだ。
「へぇ、そうか……って、うん? ツタンカーメンの墓……じゃない?」
「ああ。そもそもは最有力権限宰相〝アイ〟の墓として、ツタンカーメン自身が作らせた。本来は〈王家の谷〉に作れる身分じゃないが、その功績と内縁事情を汲んでの寛大な褒美だな。ま、結局使われる事も無く、皮肉にも当人が使う羽目にはなっちまったが……」
淡々と教示しながらも手は休めない。
「いや、然も常識みたいに語ってるが……誰だよ?」
「ツタンカーメンの父親」
「ああ、なるほど……って、んん?」
「何だよ?」
「いや、確かツタンカーメンは先代王〝アクアなんたら〟の息子じゃなかったか?」
「アクエンアテンな」
「そう、それそれ!」
「仮説のひとつだよ……どちらもな。それほどまでに〝ツタンカーメン〟──というか〈第十八王朝〉の人間像は不鮮明で不確定なところが多いのさ。例えば、ツタンカーメンの父親としては〝アクエンアテンの実子説〟と〝アイからの養子説〟があり、母親にしても〝正妃・ネフェルティティとの実子説〟と〝アクエンアテンの実妹との間に生まれた近親交配説〟がある。奇説としては〝ネフェルティティの次女・メリトタケンの実子説〟もあるが、コイツは可能性皆無だろう──メリトタケンは一〇歳で他界しているからな」
「や……ややこしい……」
「だから面白ぇのさ、この『考古学』ってヤツは。チトした発見ひとつで、これまでの常識が根っ子から引っくり返されちまう。歴史自体が塗り替えられちまうのさ」皮肉っぽい自嘲に砕けると、ヴァレリアは初犯者の緊張緩和を誘う。「ところで……どうだ? イムリス? 初めての墓暴きは?」
禁忌の初体験は物珍しさに富んでいるようで、彼は歴史の威風に多少の気圧されを孕みながらも、好奇心のままに辺りを探り窺っていた。
「すごいものですね」
「そうか? ま、技術と労力には畏れ入るがな。けれど〈王の間〉にでも入れば、こんなレベルじゃねぇぞ?」
「いえ、そうではありませんよ。貴女達です。わざと明後日の方向で爆薬騒ぎを起こして竜牙戦士の注意を惹き付け、その隙に後方から迅速に隠密潜入する──実に手際が鮮やかでした。さすがに内部侵入は御手の物といった感じですね」
「踏んだ場数は伊達じゃないんでね」閑話休憩とばかりにシガレットを一服。「オマエこそ、どうなんだ? もしも引き返すなら、いまの内だぜ?」
向けられる値踏みに対して、イムリスは苦笑浮かべで肩を竦める。
「まさか? 指先程度で尻込むぐらいなら最初から御同行しませんよ」
その確固たる返答に、両者は事の成り行きを想起するのであった。
エレンが父親を殺した──その連絡をイムリスから受けるや、ヴァレリアはアルターナ邸へと乗り込んでいた。懐かしくも忌避していた我が家である。
だから、何だ?
例えエゴイストの牙城であろうと、妹のためなら臆しはしない。
仮に父親が叱責しようと殴り飛ばす事すら問わない──幸か不幸か、その必要は無くなったが。
御呼びでもない腰巾着が然も当然とばかりに同伴したが、そいつも些事だ。後でブッ飛ばせばいい。
「エレン!」
慣れた造りに二階へと駆け上がれば、はたして妹は自室で寝込んでいた。
「姉……さん……」
病床のような覇気喪失が、姉の姿を見て心細さに呟く。
起き上がる気力も無いままにベッドへと横たわる痛々しさ。
見るからに憔悴が著しい。精神的なものには間違いない。
そっと枕元へ腰を落ち着かせると、粗野は慈しみに後れ毛を鋤いてやった。
「起きなくていい。寝ていろ」
「姉……さ……わたし……わたし……」涙汲む声音が激情を帯びた懺悔と一転する。「父さんを殺した! 殺してしまった! わたし……わたし! 取り返しのつかない事を!」
「……夢だ」
「え?」
「親父の死体は無かった」
「無か……った?」言葉の意味が理解できずに反芻した……が、すぐさま激情は呑み込む。「嘘よ! 嘘! 嘘! 確かに、わたしが殺した! 死体だって!」
「無かった」
「嘘よ! 姉さんは、わたしを庇って言ってくれてるけど──!」
「殺した瞬間の記憶は?」
「え?」
「あるのか?」
「そ……それは……」
「ともかく、死体は無かった」
「無かった? どうして?」
ヴァレリアは嘘など言っていない。
確かに死体は無かった。
ダイニングの惨状には息を呑んだが、肝心の遺体は無い。
先に来ていたイムリスに詳細を聞いたが、やはり彼も同様。
訪れた際に遺体は無かった。
不可解である。
如何に闇暦と言えど……。
しかし、事実である。
かと言って、エレンが嘘をついているワケでもないだろう。
それは階下の騒乱とした痕跡が物語っている。
どちらにせよ、ヴァレリアが取るべき行動は決まっている。
再び妹の髪を鋤き撫でる細指。
「オマエは寝てろ」
「姉さん?」
「アタシが調べる」
決意を告げて席を立つ背中。
揺れる黒髪は黒き運命の潮流にも思え……。
と、半泣きに咽ぶ哀願が気高さを呼び止める。
「待って、姉さん」
「うん?」
「話しておきたいの……夢の事を……」
「夢?」
一階ダイニングへと腰を下ろす面々──即ち、ヴァレリア、イムリス、そして、クリス。
卓にはティーセットが用意されたが、生憎と喉の渇きは潤されるも味覚は楽しめない。
横目で見渡せば、粉々と散乱した物品が抗議を訴えているかのように生々しかった。
死体は無い。
「夢……ねぇ?」
ヴァレリアの暗い独り言。
(その幻夢がエレンを蝕んできたのは事実だろう……が、はたしてどんな因果性を秘める? そして、何よりも遺体は何処だ?)
交錯する思考に啜る紅茶は、無味でしかなかった。
「聞いた限りじゃ禍々しい夢だよな。到底、あの妹には不釣り合いだ」と、クリス。「おい、イムリスさんよぉ? オマエさん、聞いてなかったのか?」
「いいえ、初耳ですよ。まさかエレンが、そんな悪夢に苛まされていたなんて……」短くも重い黙考を噛み砕き、大きな目はヴァレリアへと見解を紡いだ。「エレンは〈エジプト考古学〉に拒絶感が芽生えているのではないでしょうか? とりわけ親子間の不和には心を沈めてきました。そうした鬱積が、今回の〈悪夢〉を見させていたのでは?」
理路整然たる主観にクリスが割り込む。
「つまり、ストレスってか?」
「とかく〈夢〉というものは〝精神状態の具象化〟です。おそらく『この閉塞的環境から逃げ出したい』『この煩わしさから目を背けたい』という深層心理が反映された自己警鐘だと思いますよ。自身を嫌悪対象と同一化して見る悪夢は珍しい事ではない。そうした場合は自己嫌悪も含まれている。ですが、エレンは『自分ではない自分を自分自身が第三者目線で見ている』とも言っていた。つまり冷静な客観視が働いているという証明です。それは理性であり道徳観念に準じた倫理意識でもある。要は、それが〝自分〟という事ですよ」
その指摘は尤もだ──と、ヴァレリアは黙視に肯定を帯びる。
過去の自分と照らし合わせた上で……。
アイツの支配下では鬱積も募る。
だが、それでも納得までには至らない。
腑に落ちない。
「ただの悪夢じゃねぇだろ? 話を聞くだけでもコイツァとてもリアルだ」
「ミスター・クリス、体感と俯瞰分析が両立して働くというのは、よくある事象なんですよ。そして、それは〈夢〉だから成立する矛盾。現実世界では有り得ませんからね」
「盗品は? どう説明するよ?」
「それは判りませんが……夢遊病の気があったのでは? そうした状態では倫理よりも深層心理が優先的に誘発される。日頃の鬱積を発散させるべく無自覚に窃盗行為へと走ったのかもしれません。つまり、日頃の〝エジプト考古学に対する深層嫌悪〟が〈エジプト考古品〉を盗む事で発散を感じる──エジプト考古学そのものに当てた嫌がらせによって報復をした……という感じでしょうか」
「ふぅん? ま、俺の見解は違うけどな」
「と言うと? ミスター・クリス?」
「オマエさんの分析論は旧暦なら磐石だろうよ。旧暦なら……な。だが、現在は〈闇暦〉だ。旧暦の常識なんざ意味を持たねぇ」
「なるほど……異論の根は〈怪物〉の実在ですか」
「或いは、準じた怪異でもいいさ。ともかく、この闇暦じゃあ、旧暦に有り得なかった〈超自然現象〉が大手を振っている。オマエさんだって実感あるだろう? 街中や王墓には〈竜牙戦士〉が配備され、王墓内は王墓内で〈ミイラ男〉が徘徊している。世界各国を見渡しゃあ、どんだけ種々雑多な〈怪物〉がいるよ? だったら、幻夢に支配する〈怪物〉がいても不思議じゃねえ。むしろ序の口だ」
「確かに。ですが、エレンとの因果性は? 何故、しがない研究者の卵でしかない彼女が悪意に憑き纏われる事になります? そして、その〈怪物〉と〝目的〟は?」
「そ……そりゃあ……」
理詰めに気後れさせられ、反論の言葉に詰まる脳筋。
こうした局面で頼れるのは相棒とばかりに、苦虫顔は助け船を要求していた。
汲んで口を開くヴァレリア。
「さて、どうにも言えないな。そもそも〈夢〉ってのはイムリスが示したように、自身の精神状態や深層心理と密接に繋がっている」
「オマエも夢派か?」
「でもないね。クリスが言うように生々し過ぎるし、事実〈吸血鬼〉だって〝そうした妖力的手段〟は取る。何よりもアタシは妹をよく知っている。だから到底思えねぇんだよ……エレンが『殺人衝動に溺れた悪夢』を見るとは。例え心底にフラストレーションが鬱積していたとしても」虚空仰ぎに紡ぐ分析は、姉たる慕情の吐露にも似ていた。「一見には気弱な性格だが、アイツの芯の強さは相当なものだ。言い換えるなら忍耐力は常人よりもタフって事かね。その部分に於いては、おそらくアタシよりも強い。そして、それを為している根幹が〝頑固なまでの博愛〟なんだよ。そんなアイツが〝殺人衝動の夢〟に溺れて、あまつさえ実践するだ? 有り得ないね」
「ヴァレリア……御気持ちは察しますが、この惨状が〝現実〟を物語っています」
「親父は?」
「え?」
「アイツの遺体は何処だ?」
「いえ、私が来た時には御覧のような惨状ではありましたが、アンドリュー様の痕跡は……」
「生きてもいねぇ……死んでもいねぇ……不可思議な手品で」
投げやり気味に自嘲するヴァレリアへ、クリスが可能性を訊い投げる。
「まさか〈デッド〉になったか? んでもって、本能の赴くままに何処かへフラリと……」
が、ヴァレリアはジロリとした眼差しに否定した。
「〈ダークエーテル〉も無いのに……か?」
「え? あ、そっか」
「魔気〈ダークエーテル〉は人工領域には侵入できない……つまりは屋内にも入れないってこった。況してや〈領国〉はそのために防壁でグルリと囲ってるんだぜ? 国内領地にすらダークエーテルは入れねぇ」
「んじゃ……ダイレクトに〈デッド〉が侵入して親父さんをガブリ! 元凶の〈ダークエーテル〉は無いからデッド化はしないものの、そのまま喰われた……とか?」
「骨も肉片も残さずに? いくらデッドの捕食本能が底無し貪欲だからって、そこまで丸々喰らいはしねぇよ。獣人だって食い散らかした痕跡は残すぜ。何よりも、それなら何故エレンは無事だ?」
「そりゃあ……うん、何故だ?」
「いいか? 少なくとも、エレンは気絶から醒めた際に見ている。それは妄想でも何でもないだろうさ。当人の意識はハッキリしてたみてぇだし、何よりもこの惨状が現実たる証拠と物語っている。が、こうして遺体が無いのも事実だ」
「堂々巡りだな? それで悩んでるんだぜ?」
「ふむ?」と、親指噛みに刻む黙考。
ヴァレリアにしても、皆目見当が着かない。
とはいえ、これは現実だ。
(はたして生きているのか死んでいるのか)
不確かな可能性に想像を巡らせるだけで憤りが不快に逡巡した。
改めて周囲の惨状を見渡して考察の糸口を探す。
幾度見ても酷い有り様であった。
到底、エレンには不釣り合いだ。
「アタシの見立としては、こうだ──生憎〈神〉か〈呪い〉かは知らないが〝それ〟に属する何者かがエレンの深層意識に介在している。そいつが夢遊支配に、ちょっかい出しているのさ。そうでもなきゃ、アイツがこんな事をするはずがない」
「ヴァレリア? もしかして貴女は古代神話からの〈呪い〉が介在している……と?」
「そもそも〈古代エジプト〉は常識を覆す〈新事実〉の宝庫だ。自動販売機も既に作り上げていれば、発酵パンのルーツも古代エジプトに有る。虫除け効果としてアイシャドウを用いていれば、実用的な義足も開発されていた。これらが紀元前に作られたという史実は、現代常識を充分に覆す驚嘆だよ。ある意味〈オーパーツ〉と呼べる」
「それとコレとは話が違う。旧暦史実はオカルティズムではありません」
「なら、例えば『解剖学』だ。ミイラ作りの一環として素地を完成している──現代的視点を以てしても高レベルな程に。だが、その反面、目的意識は〝死者再生〟という猟奇思想を根に敷いたオカルティズムだ。そいつは切り離せない」
古代エジプトに於ける死生観は独特である。
死後、その者は〈魂〉と〈霊〉と〈肉体〉に分裂する。
そして〈魂〉は冥界へと導かれ〈霊〉は現世へと留まる。
その霊が肉体を必要とする為に、現世復活を見据えた形で〈ミイラ〉として保管する文化が生まれた。
多くの宗教では〈魂〉と〈肉体〉に二分されるという死生観が定石だ。そして、往々にして〈魂〉と〈霊〉は同義とされている。
しかし〈魂〉と〈霊〉に分け捉えているのは〈エジプト神話〉ぐらいなものであろう。
それを現世復活を確約的概念として根に敷いているのも……。
「そこまで確信的に据える根拠は?」
「姉だから」
紅茶啜りに浮かべる苦笑。
然れども、それは揺るがぬ自信に満ちている。
「で? 結局、どうするんだ?」
小難しい議論には飽きたとばかりにクリスが指針を求めた。
「暴くしかないな。現場が一番の証拠だ」
凛気を孕む眼差しに、クリスは言わずとも意図を覚る。
一方で、イムリスは真意を汲めずに怪訝を返すのであった。
「暴く? 何をです?」
「KV64」
「まさか……ツタンカーメンの王墓ですって? 本気で言っているのですか?」
「ああ、本気も本気さね。エレンを苦しめている悪夢は、件の〈古文書〉発掘前後からだと聞く。そして、夢の中でのエレンは〈碑文の女〉とも。だとしたら──ソイツの仕業だとしたら──おそらく〈古代からの思念〉だ。或いは〈呪い〉でも〈テレパシー〉でも好きに呼べばいいがな。ともすりゃ〈忌まれし女王〉の秘密を暴くしか進展は無い」
「あそこは発掘調査隊の管轄下ですよ? それも最重要視されている解析対象。現状は毎日のように入り浸っていますし、竜牙戦士による警戒だって厳重に張り巡らせている」
「慣れてるよ」と、苦笑に肩を竦める。「だから、夜だ。闇暦とはいえ、快適に発掘作業を進めるなら昼間が原則だ。さすがに夜間はオネンネに手薄だろ」
「……仮に見つけた後は?」
「どっちだ? 〈遺体〉か? 〈魂〉或いは〈霊〉か?」
「どちらにせよ……です」
「さて……ね? 成仏させてみるか……それとも、ヤラかす羽目になるか……いずれにせよ、会ってみてからだ。とにかく最優先は、エレンを救う事だからな」
弛緩めいた態度を装いながらも、クリスは淡い苦笑を噛み殺していた。
予想通りの返答である。
この跳ね馬らしい。
だが、判っていた事でもあった。
彼女の……ヴァレリア・アルターナの〈可能性〉は、そこに起因するのである──と。
つまりは〈覚悟〉だ。
己が選択を実践するとなれば、万事に於いて〈覚悟〉がある。
確かに無鉄砲ではあるが、凡百な捨て鉢根性ではない。
覚悟なのだ。
自己責任を帯びた上で危険に挑む覚悟なのである。
だからこそ、事態の好転を掴み取る事さえも可能とするのだ。
それは、ある意味〈英雄〉の素質とも言えよう。
なればこそ、この女に惹かれた。
賭けてみる気になった。
そして、その選択に間違いは無い──クリスは改めてそう思う。
「んだよクリス? アタシの顔をニヤニヤ見つめて……気持ち悪いな?」
「いや、オマエって、つくづく男気あるな……って」
ブン殴られた。
「いいでしょう」黙考ややあってイムリスが決断を伝える。「私も御一緒しますよ。一蓮托生のいうヤツです」
「イテテ……けどよ? イムリスがついてくるとなりゃあ、その間、エレンは誰が看るよ?」
クリスの指摘にヴァレリアは軽く思案するが、それには然程の時間を要さなかった。
「一人心当たりがある。信用できる人物が……な」
「誰だ? 医者とか精神科医か?」
怪訝帯びる訊いに、ヴァレリアは悪戯っぽく苦笑いを含んだ。
「いいや、露店商」
──斯くして、現状へと至る。
「んで? 今回のプランは?」
相変わらず脳味噌ノープランなクリスに、ヴァレリアは「ハァ」と諦めの嘆息。
「目的は〈王の間〉だ。例の〈古文書〉は、そこで発見されたからな。無論、それ以外も、こうしてシラミ潰しに漁るが、とりあえずのゴールはそこだ」
「とっくに藻抜けの空だろう? 調査隊が根刮ぎ運び出しているぜ? 遺体も含めてな」
「百も承知さ。だが、アタシの目的はおこぼれだ。競いあう事じゃねえ。調査隊が見落とした何かが無いかを探る事だよ」
凛然と暗がりを睨み据える。
この先には玄室が構えられており、王の石棺が安置されているはずだ。
顎は決意を呑み込むも、可能性が眠ると思えばこそヴァレリアは怯みもしない。
と、その直後!
警戒構えに中腰を落とすと、ヴァレリアは石床を力強く咬んだ!
クリスも同様だ!
以心伝心というワケではないが、同時に違和感を嗅ぎ取っていたようである!
気配を感じる!
重く引き摺るような気配を!
「ヴァレリア」
「ああ」
簡素な応対には互いの確信が乗っていた。
覚えがある。
ズルリともペタリとも聞こえる鈍き重さが、次第に近付いて来ていた。
やがて前方の闇から姿を現したのは、醜怪極まる古代怪物!
「ヴァレリア、コイツと〈デッド〉……どっちが好みだ?」
「どっちも願い下げだ」
いつぞやと同じ減らず口を交わすと、阿吽とばかりに互いの口角が上がる。
最初に出迎えてきた難関は、やはり経帷子の呪怪であった!