かしまし幽姫:かしまし幽姫と都市伝説 其ノ八
と、それまでクスクス含み笑いに徹していたお露ちゃんが、徐に口を挟んだ。
「いい考えがありますわよ?」
「何? お露ちゃん?」
「貴女、脚が速いんですわよね?」
「ええ、まぁ……」
「でしたら、オリンピック目指しなさいな?」
「「はい?」」
突飛過ぎる提案を耳にして、口裂けちゃんとハモったわ。
「打倒ボ●トで頑張りなさい? そうしたら、貴女は一躍有名人!」
人知れず闇夜で生きる〈妖怪〉を有名人にして、何をしようってのかしら? この幽霊?
「その特異な容姿も大衆の興味を惹き、やがてはゲーム化! アニメ化! バラエティ引っ張りだこ! 知名度浸透の塩梅を見計らって、ユーチューバーへと転向! 瞬く間に、長者番付入り! 完璧な計画ですわ! 人生薔薇色!」
「いえ、あの……別にお金は、そんなに欲しくないんですが?」
「何を言っているの? 私が欲しいのよ?」
「「悪徳マネージャーッ?」」
忘れてたわ!
この幽霊も『私利私欲主義宣言』だったわ!
お岩ちゃんが〈暴力衝動型私利私欲主義者〉なら、お露ちゃんは〈営利主義型私利私欲主義者〉だったわ!
「ああ、一応断っておきますけれど……貴女には一銭も回しませんので、そのおつもりで♪ 」
何を清々しいまでの外道宣言してるのかしら?
この色情霊?
「そんな! それじゃ私、馬車馬扱いじゃないですか!」
「貴女は〈妖怪〉でしょう? つまり馬車馬以下……人権保護団体も動物愛護協会も対象外ですわ。報酬を望む事自体、片腹痛いというもの……クスクス♪ 」
「怖ッ? アナタ、外道界の女帝ッ?」
う~ん?
さすがに、コレは見過ごせないわね。
わたしは、すかさず口裂けちゃんの前へと庇い入った!
「ヒドイよ! お露ちゃん! それじゃ口裂けちゃん可哀想だよ!」
「あら? 何ですの? お菊ちゃん? 私に反抗するなんて珍しい」
「あ……皿幽霊さん?」
孤軍奮闘の最中に恩情を受け、口裂けちゃんの胸がジーンと打たれた……ようなので、わたしは間髪入れずに畳み掛けた!
「わたし、欲しい大皿があるの! 三〇万の伊万里焼! それを買ってもらえるなら何だってするもん!」
「此処にも〝ゲスの極みオバケ〟がいたーーーーッ?」
何よ? 失礼ね!
わたしは〈正義〉よ?
だって、この世界は〝お皿〟を中心に回っているんだもん★
口裂けちゃんは逃げた。
僅かな隙を見極めるや否や、御自慢の猛駿足で。
そうなると、さすがにわたし達も追いつけない。
でも、まぁ、いいわ。
とりあえず、お岩ちゃんは鎮まったし。
まぁ、お皿は残念だけど……お菊、コツコツとバイトして買いま~す★
「んん~……やっと終わったぁ~~♪ 」すったもんだからの解放感に、わたしは晴れやかな伸びをひとつ。「でも、ちゃっかり逃げられちゃったね?」
「ま、心配には及ばないでしょう。これだけ痛い目に遭えば懲りたはず……しばらくは、おとなしくなるでしょう」と、お露ちゃんがクスクス含み笑った。
いや、痛い目に遭わせたの……あなた達だよね?
肉体的苦痛はお岩ちゃんで、精神的追い打ちはお露ちゃんだよね?
とか胸中でツッコんだ時──「あの!」──例の女の子が声を掛けてきた。
「お姉さん達、ありがとうこざいました!」
深々と下げる頭に、わたし達は軽い困惑を交わす。
だって、別に救けに来たワケじゃないもの。
たまたまの結果論だもの。
それでも、みんなでクスッと淡い苦笑に落着した。
悪い気はしない。
わたしは彼女の目線まで屈むと、にっこり笑顔で頭を撫でてあげた。
「よかったね★」
「ま、今度からは人通りの多い道を選ぶんだな」と、照れ隠しにぶっきらぼうを装うお岩ちゃん。
「いいです事? 夜這いを仕掛けるなら、もっと遅くを狙いなさい? そして、定期的に時間帯を刷り込みつつも、時として外して焦らす。そうした緩急を使えば、無自覚に期待心を募らせる事ができますわ。ああ、でも、ずらす時間は十五分前後程度……それから〝結果、来ない〟というのも無しですわ。必ず〝御褒美〟は与えませんと。宜しいですわね?」と、お露ちゃんから逢瀬指南……って、お露ちゃんッ?
「じゃね」
三人揃って、いざ去ろうと踵を返した瞬間──。
「あ……あの!」
「「「うん?」」」
思いきったかのように呼び止める少女。
その潤む瞳は、語らずとも懇願の念を宿していた。