かしまし幽姫:かしまし幽姫と都市伝説 其ノ四
「……え?」
唐突な展開に、女の子は戸惑いを染めていた。
緊迫の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまう。
その傍らにフワリと舞い降りる白装束──わたしとお露ちゃん。
「あなた、大丈夫? 怪我とかしてない?」わたしは女の子の五体を確かめると、温顔ニッコリと安心を促した。「うん★ 大丈夫みたいだね♪ 」
「え? お……お姉さん達は?」
あー……やっぱり、そう来るよね?
う~ん、何て説明しよう?
「通りすがりの〝皿フェチ〟と〝DV未亡人〟と〝病弱薄幸美少女〟です」
「誤解招くよ! お露ちゃん! っていうか、自分だけちゃっかりと美化してないッ?」
「クスクス♪ 」
女の子は「え? え? え?」と、わたし達三人の顔を代わる代わる見渡していた。
ほらぁ、困惑に拍車掛かったじゃない!
その一方で、お岩ちゃんは砂煙に沈んだ死体然をゲシッと足蹴に踏み押さえていた!
殺気宿す蔑視が凄む!
「テメ、ちょづいてんぢゃねーぞ? たかだか昭和の都市伝説風情が……ああ? この辺りが、誰のシマか分かってんのか? ああん?」
はだけた着物裾から生足で奮う暴力は、宛ら『任侠映画』の姐さんだわ。
「この辺りは、お菊番長のシマだぞ! ゴルァァァーーッ!」
「まさかの矛先プレゼントッッッ?」
ガビーンと固まったわよ!
「お岩ちゃん! 酷いよ! 暴れる旨味だけかっさらって、万ヶ一の賠償責任は、わたしに擦りつける気でしょ!」
「だって、オマエ『番長皿屋敷』だろ?」
「字、違うし!」
「んぢゃ『お菊一匹皿大将』か?」
「本宮●ろ志の漫画みたいに言わないで!」
「うっせーなぁ? ギブ&テイクだろ?」
「ギブされてないよッ?」
わたしの両肩をがっしり掴んで、真っ直ぐな瞳で宣うお岩ちゃん。
「よく聞け、お菊。オマエのギブは、アタシのテイク……アタシのギブは、アタシのテイクだ」
「清々しく私利私欲主義を継承しないで!」
「お岩ちゃん、それは少しばかり違うわ」
「あ、お露ちゃん! 何とか言ってやってぇ~!」
「お菊ちゃんのギブは、私達のテイク……いいえ、この世総てのギブは、私のテイクですわ!」
「私欲主義者、増えたーーッ!」
「クッ……な……何者?」
あ、口裂け女が復活した。
ダメージ抑えで這い起きようとしている。
「病弱薄幸美少女です」
「DV未亡人だ!」
「皿フェチでーす♪ 」
「「「うちら、陽気な〈かしまし幽姫〉~♪ 」」」
キメた背後でイメージがチュドォォォーーーーン!
「「誰がだーーーーッ!」」
すぐさま、お露ちゃんに猛抗議したわよ!
お岩ちゃんとユニゾンで!
「あらあら……」
お露ちゃん、口元を袖で隠して含み笑ってるし……。
実は一番性悪だし……。
っていうか、イヤがってたよね?
わたしと一緒に来るのイヤがってたよね?
楽しんでない?
またスイッチ入っちゃったの?
状況に流されて〈刹那的愉快スイッチ〉入っちゃった?
「邪魔をするなら……アナタ達から!」
忌々しさに臨戦意思を身構えた口裂け女は、マスクを剥ぎ捨てる!
耳元まで大きく裂けた口!
まるで肌質のガマ口だ!
おそらく素が美形なだけに、その異形ぶりは醜さと際立つ!
とはいえ、わたし達にしてみれば「で?」でしかないけれど。
だけど、人間には──とりわけ子供には──些か刺激が強いよね。
女の子は〝怖いもの〟を視認拒否して、頑なに瞼を綴じている。
だから、わたしは庇うように深く抱きしめてあげた。
「アナタ達から、私と同じにしてあげるわぁぁぁーーーーッ!」
殺意を刃に乗せ、現代夜叉が襲い跳んだ!
「……あぁん?」
ギロンと睨み返すお岩ちゃんの殺気。
あ、キレちゃった。
反抗されてキレちゃった。
お岩ちゃん、頭に血が昇ると見境無くなるのよね。
実際、遺恨の亭主以外も何人か祟り殺しているし……。
「まずはアナタよ! 眼帯女ーーッ!」
襲い来る出刃包丁!
お岩ちゃんは……避けない!
涼しい自信で無作為に佇むだけ!
「キェェェーーーーッ!」
奇声を上げて凶刃が裂いた!
お岩ちゃんの口を横凪ぎに!
「ヒッ!」
恐怖に身を竦める女の子!
わたしは湖面のような慈しみに包み込む。
「大丈夫だよ?」
「……え?」
半ベソに上げる瞳へと、にっこり微笑んだ。
「ヒヒヒヒヒ……ヒッ?」
勝ち誇った狂喜が一転して強張る!
お岩ちゃんは……無傷だ!
切り凪がれた瞬間は致命箇所が霞とブレたが、直後には瞬間再形成された。
まるで何事も無かったかのように……。
うん、そうよ?
わたし達、斬れないわよ?
だって〈幽霊〉だもの。
でもね?
「ぅらあーーッ!」
「かはッ?」
こっちは殴れるの♪
理不尽でしょ?
そしてね?
「な……何だぁぁぁーーッ? コレはぁぁぁーーッ?」
口裂けさんの狼狽えた声が響く!
四肢の自由を不可視に奪われ、磔刑体勢でフワフワと浮かんでいた。
何って〈念力〉よ?
殊に〝お岩ちゃん〟は、わたし達三人の中でも一番強いのよね。
「テメェ……ナメてんじゃねぇぞ! こちとら伊達に亭主祟り殺してねぇんだよ! あぁん?」
「「……何の自慢?」」
思わず首を傾げたわ。
お露ちゃんと二人して。
「おい、真裸裂け!」
「誰ッッッ?」
うん、そうなるわよね。
自分の預かり知らないところで、よもやそんな卑猥な進化をしているとは思わないものね。
「ブチのめす前に訊いておくが、何故、人間を無差別に襲ってんだ?」
「こ……答えなかったら?」
「ブチのめす」
「こ……答えたら、見逃してくれる……の?」
「ブチのめすよ?」
お岩ちゃん、それ〝カ●ジ〟でもクリアできないムリゲーだから……。
「私にメリット無いじゃない!」
「あるわけねぇだろ! このすっとこどっこい!」
古ッ! お岩ちゃん、フレーズチョイスが古ッ!
さすがのわたし達も久々に聞いたよ?
「オマエのギブは、アタシのテイク! アタシのギブは、アタシのテイクだ!」
こんな場面で活きたわ……私利私欲主義。
「どちらにしても死亡フラグなんて! そんな理不尽な!」
感情的な正論抗議を、お岩ちゃんは耳の穴かっぽじって物臭に流した。
「うっせぇな? オマエだって、散々やってたじゃねぇか?」
「ハッ!」
自業自得を突いた指摘に、口裂け女は息を呑む。
思い巡らせる表情には微々と反省の念が汲み取れた。
「私は……私は、こんな理不尽な恐怖を? いくら〝人間を襲う〟のが〈妖怪〉の性とはいえ、こんな救いの無い理不尽を強いていたのか……」
込み上げる感情を噛み締め堪えている。
その悄然を見届けたお岩ちゃんは、清々しい苦笑に口角を上げた。
「へっ……ようやく自覚したみたいだな?」
「そうか……アナタは、それを私に思い知らせるために?」
「んにゃ? ブチのめすよ?」
「え?」
「だって、ブン殴りてぇもん」
「理不尽極まってるーーーーッ?」
うん、そうよ?
お岩ちゃんに理屈や常識なんて通用しないわよ?
通用するぐらいなら、わたし達の気苦労も無いわよ?
お皿だって四十九枚も昇天しないわよ?
がさつで、暴力的で、場当たり的で、感情任せな姉御肌──それが〝お岩ちゃん〟だもの。