G-MoMo~銀暦少女モモ~:ウチの銀暦事情 Fractal.1
遠い近未来──地球人類は太陽系銀河の開拓計画を実践に移し、それに伴って〈銀河連邦政府〉が樹立された。
これは近い将来に訪れるであろう物語……。
永遠に未来から近付かない物語…………。
眩く渦巻いた光のトンネルを抜けると──そこも宇宙やった。
それは、先刻までいた空間と何ら変わりなく……っていうか、ぶっちゃけ宇宙空間の違いなんか肉眼認識で解るはずもあらへん。星々の細い息吹きが、深い漆黒の中で白い点と瞬いているだけなんやから。
宇宙船の空間転移先が何処であろうと、ウチ──陽ノ咲モモカ──には同じ情景にしか見えへんよ?
『ツェレーク、空間転移完了──量子波動安定化──現フラクタルブレーン座標照合、6f\3b次元、マイナスコンマ0003誤差修正──滞在可能推定時間、二時間三〇分リミット────』
次空転移結果を報告する艦内放送が響く。
宇宙を悠然と回游する巨大なシロナガスクジラ──それが、ウチの搭乗する大型宇宙船〈ツェレーク〉やった。
比喩やないよ?
文字通り〝クジラ〟やねん。
うん、正確には〝鉄のクジラ〟や。
そのまま〝鋼鉄製のクジラ〟を想像してもらえばええ。
こう見えても銀邦政府が建造した最新鋭艦やねん。
全長三〇〇メートルにも及ぶ巨体は、滑らかな流曲線を描くフォルムながらも威圧感に満ちとった。黒い艶を照り輝かせるボディは、広域吸収型ソーラーセイル合金──つまり太陽や恒星の光を吸収蓄積して、推進力へと転換するものやねん。基本は広域吸収型ソーラーセイルで得た光量子エネルギーによる推進航行で、ブースト時にはそれを量子衝突させて大出力へと転化すんのやって。
内部には長期間宇宙航行に準じた設備だけやなく、日常生活を営む都市機能も等しく建造されとる。早い話、宇宙居住地としての側面もあんねんな。
で、ウチは〈ツェレーク〉から宇宙空間を眺め……とるワケやない。
愛機である宇宙航行艇〈イザーナ〉の操縦席から見とってん。
サブモニターに共有投影された映像を見とったんよ?
つまり、格納庫で待機状態いうワケやね。
この銀暦──つまり銀河連邦暦──に於いて、宇宙船は機体規模に応じて公式にカテゴライズされとる。
一般に〈宇宙船〉と呼ばれる形式は数十人の乗組員から構成される物で、全長も最小で五〇メートル級から──標準でも二〇〇メートル級艦がザラに存在する。そのコスト面から一般層が個人所有できるような代物でもない。概ね、軍や企業が運用する法外な機体や。
対して〈宇宙航行艇〉いうんがある。
コレは、広く一般普及しとる小型宇宙艇の事。
少人数程度──若しくは単身──で運用可能な宇宙船が、このカテゴリーへと分類されとる。全長的には、だいたい一〇~三〇メートル級が平均やね。
ウチの愛機〈イザーナ〉も、当然この分類。
全長八メートルとやや小型で、一人乗り使用。
この〈イザーナ〉の特異性は、その機体フォルムにも滲み出とった。独自性の強い特徴的なデザインは、通常の〈宇宙航行艇〉とは特に一線を画する。
だって〝宇宙を泳ぐイルカ〟そのものなんやもん。
要は〈ツェレーク〉の設計ノウハウを活かした小型版や。
もっとも〈イザーナ〉は、様々な点で〈宇宙船〉と同等以上の性能を有しとった。
この機体が〈超宇宙航行艇〉とも呼ばれる由縁やねん。
一人乗り仕様とあって〈イザーナ〉の操縦席は狭い。
完全密封された暗さの中では、電子計器が点す明かりだけが光源やった。とりわけモニターディスプレイの恩恵は大きい。
サブモニターを改めて眺める。
「……キレイやね? イザーナ?」
『キュー ♪ キュー♪ 』
イルカが鳴きよった。
肯定の同調が嬉なって、ウチはにっこり笑う。
光量子ワームホールの眩い光の潮流から抜け出た直後とあって、その静寂なる深淵は息を呑むほど深く沈む虚無的絶景にも思えた。映し出される宇宙の闇は、視野一面に下ろされた暗幕のようや。
その中で瞬く星々の細い蛍灯に見惚れて、ウチは呟く。
「軽く手を伸ばせば届きそうやんね?」
『キュー ♪ 』
「せやけど実際には、遙か光年先の歴史なんよね……コレ」
『キュー?』
「せやねぇ? ウチらが住む次元宇宙での歴史ではないねぇ?」
ほわっと笑うウチ。
暫し沈黙──ウチは間が堪えられなくなって別の話題を振った。
「……あんな? イザーナ?」
『キュ?』
自分の肢体に目を落とすと、密着フィットしたワインレッドの全身スーツがテヤテヤした光沢に艶かしい反射を生んどる。
コレは〈ポータブル・ハプビタル・ウェア〉──通称〈PHW〉──いう凡庸多機能宇宙服や。
「ウチ、コレ改善してほしい……慣れへんわ」
『キュキュキュウキュウ!』
「うん、知っとるよ? スゴい代物やねん。耐圧・耐熱・耐寒の三拍子を基礎性能として備えとるし、極小ヘリウムバーニアを要所要所に内蔵しとるから無重力空間での姿勢制御もお茶の子さいさい──オプションのバイザーメットさえ被れば、それだけで真空状況下でも活動可能な代物や。そりゃスゴいよ? せやけど……」
『キュウ?』
何が不服か訊かれた。
「……ボディライン浮き彫りやもん。肌露出が皆無なのに妙に艶めかしいんわ、この生々しいシルエットのせいやで? うう……やっぱりウチ、ちょっと恥ずかしいよぅ」
『キュウ?』
「ちちち違うよ? 胸のせいやないよ? それに、Aカップ違うで? ウチ、Bあるもん!」
『キュウキュウ……キュウ』
「励まさんといてぇ! 余計、惨めなるわぁ!」
その時、もうひとつのサブモニターに、インディブルーの〈PHW〉を着た美少女が映り込んだ。
『いつまでもイルカと戯れてんなッつーの! ボチボチ出撃だかんね?』
気丈さが滲む口調で注意されたわ。
綺麗に毛先を切り揃えた髪は背中まで伸びていて、それを大きな赤いリボンでロングポニーテールに纏めた美少女や。
スラリとした肢体はスマートさを維持しながらも、付くべきトコには肉感が実っとる。年頃の少女達にとって、まさに羨望ものやね。
彼女の名前は〝天条リン〟──。
隣で待機しとる同型宇宙航行艇〈ミヴィーク〉のパイロットや。
ちなみに〈ミヴィーク〉の外見は〝シャチ〟やった。
うん、ウチの〈イザーナ〉は〝イルカ〟で、リンちゃんの〈ミヴィーク〉は〝シャチ〟やねん。
『滞在可能推定時間、把握してるわね?』
「二時間三〇分リミット……やね?」
『そう、それまでに〈ツェレーク〉へと帰還する!』
「知っとるよぅ? ウチ、初めてやないよ?」
『……初心者じゃないのに初心者級にヌケてるから心配だッつーの、アンタは』
ジト目で指摘されたわ。
リンちゃん、ヒドイ言い種やんね?
と、今度は、さっきまで〈ツェレーク〉と映像共有していた方のサブモニターに金髪美女が映った。
知的印象の強いオシャレな眼鏡をかけた美女や。
冷静さを内包した憂いある眼差しは、せやけどインテリ特有の斜に構えた嫌味などは全く感じさせへん。むしろ人好きのする柔らかなオーラが、全身から醸しだされとる。腰まで伸びるロングヘアは息を呑むほど艶やかで、スッと通った鼻筋と薄い唇が織り成す美貌は芸術の域にも思えた。
黒のフォーマルスーツをシックに着こなし、くっきりと浮かび上がるボディラインもウチらとは断然格違いの優美にある。さすがに大人の女性や。あまりにもグラマラスなわりに、見事なスレンダーさでもあった。完璧なプロポーションは異性でなくとも見惚れてまう。
とりわけ目を引くのは豊満な胸!
そのスゴさといったら……スイカやん!
まるで〝歩く豊穣祭り〟やん!
もしも叶う事なら、可哀想な成長に足踏むウチへと少し分けてほしい……。
彼女こそ、銀暦屈指の天才〝マリー・ハウゼン〟女史や。
若干二〇歳にして、いくつかの博士号を拾得してるんやから、とんでもない天才には間違いあらへん。
この〈ツェレーク〉艦長にして、ウチらの保護者でもある。
『二人共、準備はいい?』
『いつでも』
「うん、ええよ ♪ 」
『目的は〈宇宙クラゲ〉の捕捉、及び、データ収集。そのリアルタイム情報を即時〈ツェレーク〉へ転送して頂戴。それを基に迎えに行くから』
『場合によっては交戦しても、いいのよね?』
リンちゃんの勝ち気ぶりに、マリーは包容的に苦笑う。
『あまり勧めたくはないわね……自衛レベルでは仕方ないけど』
『心配ないッつーの。アタシと〈ミヴィーク〉は殺られはしないんだから』
『ケルルルル……!』
気丈な自信に同調して、シャチが猛り鳴いた。
『出来るだけ離脱を試みて頂戴? 無理や危険を冒さないように……』
柔らかく釘を刺す。
『……ったく、心配要らないッつーのに』
リンちゃん、少々不服そうやね?
ブツブツ言うとるねぇ?
「あんな? マリー?」
『何? モモカ?』
「友達になんのは、ええ?」
ウチの発言にリンちゃんは苦虫顔を浮かべ、マリーは慈しむかのように微笑んだ。
『いいけど……無茶はダメよ? 接触してみて意思疏通が不可能と思ったら、諦めるのよ?』
「はーい ♪ 」
ウチ、にっこりや ♪
ケンカするより、仲良しなった方がええ ♪
ややあって、正面の格納庫扉がゴウンゴウンと鈍重に開いていく。
星空の大海が歓待に漂う。
『……〈ミヴィーク〉出る!』
「〈イザーナ〉行ってきま~す ♪ 」
カタパルト射出!
鋼鉄のイルカとシャチが、大宇宙へと飛び込んだ!