輪廻の呪后:~第二幕~虚柩の霊 Chapter.5
相棒の成功を見届けると、クリスは満足そうに自嘲を含むのであった。
「一目惚れ……か。柄じゃねぇな、確かに」
ややあって、ゆらりと向き直るは、愚鈍な呪怪の群。
「さて……と、ようやくフリータイムと来たもんだ。此処からはよォ、遠慮なくド派手に行かせてもらうぜ?」
不敵に歯を見せる口角は、はたして絶対的な自信の表れ!
然もあらん。
負けるはずがないのだ!
彼一人であるのならば!
「来いよ……〈ネメアズ・レオ〉!」
頭上に掲げ伸ばす豪腕!
突き上げた掌に聖なる光球が生まれ迸る!
その中に出現せしは、荒々しい〈獅子〉の獣頭!
それを掴み取ると、クリスは常套具とばかりに颯爽と被った!
当然だ!
コレは、彼の物なのだから!
変貌する姿!
否、本来の姿!
隆々たる筋肉を鎧とした獅子頭の蛮勇!
「アイツの邪魔はさせねぇ。さぁ、来いよ? 一人残らず土塊に帰してやるからよォ!」
素性不明の粗暴漢・クリス──その正体は、ギリシア神話最大の英傑〈ヘラクレス〉であった!
「確かに少数精鋭とは言ったけれどねぇ……」
予想外の展開に、魔女は困惑を持て余していた。
まさかの領主同伴に。
「不服か?」
皮肉めいた微笑を飾るペルセウス。
「この上なく頼もしい探索隊だわよ」
空に乗り風を凪ぐ赤き絨毯。滑々としたビロードの質感は生物のように波打ち、邪な巨眼が観察に見据える夜空を泳ぎ渡っていた。
メディアによる飛行魔術である。
船頭とばかりに最前列に陣取る魔女は不安定な足場を無き物として確固と立ち、ひたすらに両腕を踊らせている。
どうやら呪文持続を発揮する魔術的所作のようだ。
「というよりも、大丈夫なの? 領主様直々に〈ギリシア勇軍〉を離れた単独行動なんて? 他国に知れたら、それこそ付け入る隙にならない?」
「知られなければいい」
「簡単に言ってくれますこと」
「それに、同じ〈ギリシア神話英雄〉を代役と据えてきた。当面は大丈夫だろうさ」
「イアソンも御愁傷様」
とはいえ、転位魔法でギリシアから強制召喚したのはメディア自身だ。実際、転位直後に混乱していた彼の顔と言ったら……後で猛抗議に遇う事を憂慮すれば憂鬱にもなる──という心境には生憎と無い。寧ろ愉快だ。
何故ならば、彼は〝神話時代に恋い焦がれて結ばれた夫〟にして〝彼女を捨てた最低野郎〟なのだから。
彼女の気性は激しい──恋火にしても復讐にしても。
神話時代には、報復に新婦と子供達を殺してやった。
双方の怨恨が晴れたワケでもないが、ゼウス勅命によって〈ギリシア勇軍〉へと組み込まれてからは大義の前に圧し殺している。
そんな中でも些細な嫌がらせが出来たのだから、多少は溜飲が下るというものだ。
これで、ますます彼は彼女を意識するだろう。
「にしても……貴方の馬鹿孫は? アイツがいれば、こんなややこしい展開にならないで済んだのよ。あの一騎当千なら嬉々と乗り込むんだから」
これにはペルセウスも申し訳なさを含んだ苦笑を横に振るしかない。
「相変わらずアイツはフラフラだ。数日置きにしか帰って来ない」
「あの放蕩馬鹿!」
同乗者は、この二人だけではなかった。
自ら志願した考古学者も御同行だ。
「で、どうかしら? アンドリュー大先生? 初めてとなる〈魔法〉の乗り心地は?」
肩越しの視線に茶化す魔女。
「……生きた心地がせんよ」憮然とした返答。馴れねば立つ事など出来ないから座してはいるが、それでも未体験への不信と恐怖感から四つん這いの姿勢で精一杯だ。到底、ペルセウスのようにどっしりと腰を落とす事など叶わない。「まるで〝アラジン〟の気分だな」
「何? それ?」
「世界的に有名な奇譚童話『アラジンと魔法のランプ』さ。知らんのか? 魔法の絨毯で空を飛ぶとなれば、誰しもが真っ先に思い浮かべるものだがな」
アンドリューは波打つ赤布を軽く押してみた。
(改めて触感に確かめれば、実に不思議なものだな。不確か且つ不安定ではあるが、同時に反した力場が確固と在る。思い当たるとすれば、下方から大風圧に押し上げられているかのようでもあるが、微妙に違う。そこまで不安定ではないし立とうと思えば立てる。何よりも突風に乱れない。魔法……か。いったい、どういう原理なのだ? 如何なるものとて、根本から万物の法則を覆すなど有り得ない。単に〈構築プロセス〉の変化球なはずだ)
と、知識吸収欲を軽く邪魔立てて魔女が忠告した。
「それはそうと、今回は荒れるから覚悟しておいてね?」
「荒れる?」
怪訝を返すアンドリュー。
「ピラミッド内部に立ち入った途端〈エジプト神〉に攻撃される可能性があるって事」
「エジプト神に? 〈呪后〉ではなくか? 」
「そもそも王墓は彼等の庇護下にある聖域──私達のような〈異教徒〉がズケズケと足を踏み入れるのは非礼にして無礼千万だからよ。そうでなくても露骨な敵対関係……掌中に捕らえれば握り潰そうとするのは当然でしょ」
「竜牙戦士は? 発掘調査の際に、我々の警護として同行するではないか?」
「アレはレベルが低い。ともすれば歯牙に掛ける程でもない。だから、スルーされている」
「ふむ? 差詰、自我も心も持たぬ雑兵だから……か?」
「そ。だけど、今回は違う。アタシに……」と、意味深な一瞥を最強勇者へと流す。
「成程な。しかし、自信はあるのだろうよ?」
「あら、嬉しいわ。信頼してくれて?」
「フン……でなければ、自ら乗り込もうなどという愚案は出さぬはず」
「ま……ね」苦笑う魔女。「自慢だけど、魔術手腕には自信大アリ。加えて言えば、そこのペルセウスは〈ギリシア勇軍〉最強の勇者ですもの」
「たいした自信だ」
「私、プロなので」
「……ふん」
相変わらず飄々と毒気を削ぐ。
それが彼女の化かし合いに於ける術とは看破しながらも、やはり苦手な相性であった。
両者の関係を不和と感じたか、ペルセウスが緩和の促しを挟む。
「アンドリュー・アルターナ、誓って貴公への危害は斥けよう。それに、こう見えてもメディアはギリシア史上でも五指に入る〈魔女〉だ。その実力に疑問を挟む余地など無いよ」
「あら、失礼ね? こう見えてもっていうのは、どういう意味かしら?」
「おっと、失言だったか?」
「……ちょっと荒れる」
「って、オイ! メディア?」「うおぉ?」
魔女の悪戯心を憑依させ、赤い敷布は暴れ馬と宙を駆け回った。
改めて見るに玄室と同等の面積が広がる。
心理的憔悴が癒えたワケではないが、ヴァレリアは謎への解析を再開した。
無論、イムリスは従う。
二人だけの調査隊は黙々と室内を探り進めた。
会話は生まれない。
クリスを救うべく結界罠の解除法も探してはみた……が、生憎と、そうしたスイッチは無い。
「クソ!」
憤りも零れようというものだ。
いま、この瞬間にも──或いは、もっと前に終焉を迎えたやもしれないが──両部屋を隔てる分厚い石壁の向こう側で起きている地獄を想像すれば。
さりとも諦めるしかない。
悔しいが……苦しいが……進むしかない。
と、作業の手を休めてイムリスが進言した。
「ヴァレリア、少し休憩にしませんか?」
「ああ? ンな暇あるか!」
「率直に言います。現状の貴女は冷静さを欠いている。少し頭を冷やす時間が必要です」
「ふざけんな! クリスが……アイツが犠牲になったんだぞ! それを無駄にしない為にも、さっさと〈呪后〉のヤツを見つけ出してトドメを刺す! 妹を救う! そうしなきゃ……そうでもしなきゃ……浮かばれねぇだろ! クリスが!」
「だからですよ」
「何!」
「そんな冷静さを欠いた状態で〈謎〉が解き明かせると? それは貴女の方が重々承知なのでは?」
「…………」
「それに、そんな貴女を見たらクリスは何と言うでしょう? 常に前を向く事を信条としていた彼の事です──『冗談じゃない! そんなオマエを見たくて先に行かせたんじゃないぞ!』とでも叱咤するのでは?」
「……」
「少しインターバルとしましょう。貴女には、何がなんでも〈呪后の柩〉を探し出してもらわねば困ります。託された貴女には、その義務がある」
「……分かったよ」
湯煎に温まる缶コーヒー。
それを啜りながら、ヴァレリアとイムリスはここまでの情報を見直してみる事とした。
「それにしても、よくここまで綺麗に残っていたものです」
軽い疲労感を一息に乗せ、四方を展望するイムリス。
壁に描かれた鮮やかな図象は前鋭芸術にも映る彩を呼吸し、さりとも歴史遺産という事実が重鎮な風格を暗に誇示していた。
「隠し部屋だからさ。人の手が入る事も無ければ、外界との空気流動も少ないから保存には好条件だ」
「成程」と、肩竦め。「それで? 何か掴みましたか? この部屋に描かれた壁画を見て?」
「壁画を観察する事自体は総て終わっちゃいる。書かれているのは総じて〈ネフェルティティ〉に関してだ。出生や半生、それに人物像や相関図───どちらにせよ、いまさらな事ばかりだ。それこそ〈エジプト考古学博物館〉にも知られた事だろうさ」
「ネフェルティティに関してだけ?」
「ああ」
「他には? ツタンカーメンや、それこそ〈呪后〉については?」
「無いな」
「妙な話ですね。此処は〈ツタンカーメンの王墓〉だというのに、そのツタンカーメンよりもネフェルティティに関する記述情報の方が多いとは?」
啜る一間。
ややあってヴァレリアは低い声音で紡ぎ出した。
「……どうやらアタシ達は、根本から〝とんでもない勘違い〟をしていたのかもしれないな」
「勘違い?」
「此処は〈ツタンカーメンの墓〉じゃない」
「つまり、もうひとつの仮説〈義父アイの墓〉と?」
「いいや……ネフェルティティだ」
「何ですって?」
「ツタンカーメンの為に造られた王墓にネフェルティティが共同埋葬されたんじゃない。逆だ。ネフェルティティの為に造られた王墓にツタンカーメンが埋葬されたのさ」
「だとすれば、宰相アイの墓跡説は? どう説明します?」
「カモフラ」
「成程」
「下手すりゃ〝ツタンカーメンの共同埋葬〟ですらカモフラかもしれない。大々的に矢面に構える為の……な。王自らが『自分の墓』と宣言すりゃ、民衆や宰相達は〈ツタンカーメンの王墓〉と鵜呑みに信じ込む。注視を逸らしたい〈真相〉を隠すには、うってつけの生贄羊ってワケだ」
「国王自らが……ですか」
「国王だからだ」
「ですが、何故そこまで? 正直、意図が解りません」
「そこはアタシも解らない……が」悪癖の熟考が始まる。「もしかしたら〈呪后〉の密葬と関係あるかも知れないな」
「と、言うと?」
「アタシが以前示した仮説を覚えているか?」
「どれです?」
「ネフェルティティの隠し子説」
「ああ、アレですか」
「仮に〈呪后〉が、ネフェルティティの隠し子なら万事に説明が着く。例え〈忌避の子〉とはいえ実子であるならば、母親の情が働いても不思議じゃない」
「母性愛……ですか」
「もしかしたら……だがな。しかし、それを実行しようにも国民や宰相が許しちゃくれない。おまけに自分の方が先に逝く事を見越せば、後世のツタンカーメン──というよりは、実の愛娘であるアンケセナーメンへと密葬を委ねても不自然ではない」
「だから、ネフェルティティとアンケセナーメンの強い要望によって、ツタンカーメンは受け入れるしか無かったワケですか」
「おそらく」
「ですが、肝心の〈呪后〉は? 何処に密葬されています?」
「……そこだよな」
何と無しに部屋の奥を眺めた。
石壁だ。
何の変哲も無い石壁だ。
そう、そこには何も無い……壁画さえも。
ただ何と無しに眺めた。
意図も無い。
頑強な無機質は真っ向から受け止め無視を決め込む──否、視線を吸い込む。
然れど、呼ばれている感覚があった。
無自覚にも……。
そして〈羽根〉は喜ぶ。
王墓侵入直後、アンドリュー・アルターナが最初に見つけたのは山盛りとなった塵塚であった。膝頭を越えて積み上がっている。
「何だコレは?」
現場に不釣り合いなゴミ。
ともすれば、自らの聖地を汚されたかのような不快感すら抱いた。
「十中八九〈ミイラ男〉の末路ね」と、関心薄くメディア。
パーティーは同行したギリシア勇者二人と、王墓入口から引き連れた二体の竜牙戦士。
後方に命令待機と従えた雑兵は相変わらず無機質無感情で精神的な機微は欠落している。直立不動に待機する様は、そのまま美術品彫像にしか見えなかった。
その飾り物を一瞥に流すと、アンドリュー・アルターナは可能性を訊う。
「ミイラ男だと言ったな? では竜牙戦士と一戦やらかした……と?」
「違うわね。生憎、竜牙戦士には燃やすという選択肢は思いつかない。それだけの知恵や応用力は授けていない。仮に排斥行動を自発的に遂行したとしても、その手段は武装を用いた格闘戦。何よりも命令無くして王墓内部へと入る事は有り得ない」
「では?」
「おそらく、ヴァレリア・アルターナ」
「何だと! アイツが? たかだか人間の小娘だぞ? それが、こんな?」
「けれど、コレが有るという事は〝ヴァレリア・アルターナが勝利した〟という裏付け……つまり〝先へと駒を進めた〟という事よね」
「ならば、先を急がねば! こんなところで、まごついている場合ではない!」
「あら? どうして? それならそれで善くなくて? 目的は果たされる……エレンを救うという目的は」
「ダメだ! 相手は〈呪后〉だぞ……こんな低級怪物とは格が違う! 仮に矛先が向けば太刀打ち出来るはずもない! アイツを……ヴァレリアを、まだ死なせるワケにはいかんのだ!」
「……ふぅん?」
潜み働く観察眼。
言葉の端に含まれていた違和を嗅ぎ取る。
(まだ……か)
過熱したアンドリューは自身の失言に気づいていないようだが、メディアにしてみれば充分過ぎる収穫であった。
それまで〝親子絶縁による確執〟と〝才による嫉妬〟が事の根だと思っていたが、どうやら、そう単純ではないらしい。
(何を隠しているのかしらね? アンドリュー・アルターナ?)
観察の一考を呑み隠す中、水晶が進展を示す。
それを機に魔女は四方への探知を止めた。
「さて、と……進展を望むなら、この奥よね」
「ああ、この〈ツタンカーメンの王墓〉は北側に玄室を据えてあるだけだ。他に主要な別室は無い」
「それじゃ、さっさと行っちゃいましょうか」
楽観ぶりを装う先導が歩を進めようとした矢先──「危ない!」──ペルセウスが彼女を突き飛ばした!
倒れ崩れた瞬間に黒い塊が宙を通過する!
前方──即ち〈王の間〉からの奇襲であった!
咄嗟の事で視認出来なかったが、西瓜大の砲弾だ!
当たっていれば洒落にならない。
「痛たたたた……何?」
見れば背後待機の竜牙戦士が直撃に吹っ飛んでいた。既に一体は役立たずだ。
問題の凶器は玉砕に木端微塵──ながらも残骸から正体は推察出来た。
破片に紛れた包帯片が物語っている。
ミイラ男!
その頭部だ!
物的証拠に予感を覚え、暫し顔を見合わせる魔女と勇者──確信の共有に玄室へと駆け入った!
厳粛な室内を汚す部位残骸の数々。
霊気孕む雰囲気を台無しにする古塵の大気拡散。
これもまた間違いなく〈ミイラ男〉の再死体だ!
それも複数の!
無遠慮に散乱する古布が自己主張を唱えている!
「これは?」
状況把握の一間に軽い困惑を浮かべるも、ペルセウスは正解を視野に捕らえた。
部屋の中央──不敬にも〈王の石柩〉を座椅子に小休止とする蛮勇を。
「……やはりオマエか」
「よぅ? 遅かったな?」
不敵に茶化しめいて口角を上げる獅子頭。
ヘラクレスであった。
狭い下り階段であった。
一人分の幅しかない。
奈落への道程は暗く細い。
先頭をヴァレリアが導き、イムリスが後続に従う。
黙々淡々と地下へと歩を進める。
会話は無い。
帳のような重暗さだけが下りていた。
「それにしても、よく見つけましたね」重い沈黙に堪えかねたか、イムリスの方から口を開く。「壁に隠し扉……それもヒントになるような特別な点は無い。壁画さえも。それなのに、よく発見出来たものです」
「……まぁな」
無関心な返答。
ともすれば、まるで聞き流しているかのような淡白さにヴァレリアは答える。
正直、面白くはない。
この隠し階段を見つけたのは自分ではない。
羽根だ。
十中八九〈羽根〉から誘導された。
でなければ、変哲もない石壁などに惹かれはしない。
角石に刻まれしは〈冥界神オシリス〉──それが道標だと直感した通り、押し退ければ、この下り階段が拓けた。
無論、イムリスには見えていない。
(あの〈隠し扉〉といい〈碑文〉といい……悉く見えるようにされている! アタシにだけ!)
それを確信できるからこそ面白くはない。
ゾッとさえする。
掌中で踊らされているかのような錯覚に……。
(とはいえ、乗るしかねぇか……それで核心へと近づけるなら……)
況してや〈呪后〉の意思であるならば尚更だ。
(……上等だよ)
噛み締める負けん気。
(柩と邂逅したら、いの一番に肉体を粉微塵にしてやる。アタシを利用した事を後悔させてやる)
心の内に誓った。
やがて抜ける。
ようやくにして広がったのは、玄室以上に広くも荒涼とした石室。ただし、きらびやかな飾り気は無い。灰色の空間が歓待に受け入れた。
「これが目的の部屋……だな」
「では、此処に〈呪后〉が?」
「ああ。予想ドンピシャだ」
顎で指すは部屋の奥。
軽い段差に築かれた粗雑な祭壇には、唯一、金を放つ石柩が眠っていた。
「これが〈柩〉ですか? 呪われし女王の?」
「だろうさ。それしかない」
物怖じもせず憮然と近寄るヴァレリア。
イムリスも後追いに続く。
短いアイコンタクトに意思疏通を交えると、二人は石柩の蓋を重みに退けた。
が、中身を確認するなりヴァレリアは当惑に染まる。
「……どういう事だ?」
開けてみれば、そこに有るべき物が無い!
本来、そのためだけに要された物が!
即ち〈ミイラ〉だ!
代わりとばかりに埋葬されていたのは、長柄の錫杖だけ──あの〈呪后〉の錫杖であった。