輪廻の呪后:~第二幕~虚柩の霊 Chapter.8
姉であるのだから、当然、妹よりも先に生まれている。
ヴァレリアはエレンよりも四歳年上だ。
つまりは四年も前に生を受けた。
母はスペイン人。
父は……最低の父親はイギリス人であった。
結婚したにも拘わらず、家庭を省みない男であった。
家族として暮らした記憶すら稀薄だ。
いや、もしかしたら、それすら無いのかもしれない。
物心ついた頃には母娘共々捨てられていたのだから、感慨も思い出も無いのは無理からぬ。
彼女が生まれて間も無くして不意に雲隠れした。
然るべき手順があったワケでもなく、両者話し合いの末に合意したワケでもないようだ。
一方的な強行だ。
捨てられたのだ。
自分達、母娘は……。
唯一の肉親である母からは疎まれた。
然も「オマエが総ての元凶だ」と言わんばかりに冷遇へと置かれた。
実際のところは、客引きに悪影響を及ぼした事が原因だろう。
当然だ。
こぶつきを好き好む客などいるはずも無い。
それでも虐待や飢えへと晒される環境に無かったのは、底辺にこびりついた母性が家庭愛を求めたからであろうか……。
否、そうではないだろう。
やがて熟すまでの飼育だ。
老いれば次第に稼げなくなる。
その時の為に用意する収入源だ。
それが判るからこそヴァレリアも擦れた。
反抗心ではない。
保身だ。
暴力に訴えれば、次第に相手は組み敷かれる。
力関係は逆転する。
自分の人生を売り渡す気は無い。
母親の生き様を見れば尚の事だ。
アタシは堕ちない。
思い通りにはならない。
ろくすっぽ家にも戻らぬ放蕩生活の中で、自然と裏社会に取り込まれる形になった。口に出せない物品の運び屋から、時には窃盗や強奪までもした覚えがある。さすがに人命を奪った事は無いが、それ相応の輩が相手ならば、それ相応の傷害も加えた。
懺悔の念は無い。
生きる前には、総てが免罪だ……この闇暦では。
数年後に母が失踪すると申し訳程度の枷も失せた。
行動幅に遠慮は要らなくなる。
ますます擦れた。
愛用の得物が代名詞とばかりに物を言った。
貧民街のガキ共が傘下に集まる。
呼び掛けた覚えは無い。
勝手に群がった。
好きにしろ。
アタシの名を盾にして生き延び易けりゃ利用すりゃあいい。
どうでもいい。
アタシはアタシだ。
つるむ気はない。
気が付けば、クソガキ共による一大勢力に化けていた。
ますます名が知れる。
預かり知らぬ所で独り歩きを始める。
大人の破落戸からも警戒視されるようになった。
狙われた事もある。
勢力抗争に発展した事もある。
どうでもいい。
生きるだけだ。
それだけ掴めればいい。
その日の〝生〟を……。
そんな日々の中で、アイツが現れた。
彼女を捜し訪ねて来た。
最低の父親──胸クソが悪くなる再会だった。
おとなしく引き取られる事とした。
慕情ではない。
悪意だ。
聞けば、現在は領軍直轄の高職に就いているという。
闇暦では珍しい。
だから乗った。
財産を根刮ぎ奪い、失意絶望のドン底へと父親を叩き堕としてやる腹積もりであった。
復讐だ。
積年の復讐だ。
母親の無念を……苦労を……辛酸を……オマエの厚顔に刻みつけてやる。
遥かエジプトくんだりまで連れて行かれれば、頭の悪そうなガキが出迎えた。
異母姉妹という事らしい。
つまりは〝妹〟だ。
「おねえちゃんなの?」
「……悪いかよ」
すっ鈍そうなガキだ。
世間知らずの温室育ち。
ぬくぬくとした阿呆面。
反吐が出る。
アタシが〝明日死ぬかもしれない掃き溜め〟で足掻いていた頃、コイツはチヤホヤと甘やかされて育ったに違いない。大事そうに抱えた〝大きなウサギのぬいぐるみ〟が暗に物語っている。
そして、同時に確信した。
この家を乗っ取るには容易い。
とはいえ、長期計画にはなる。
成人するまでは……。
もっとも、それを上等として引き取られた。
覚悟が違う。
復讐!
復讐だ!
いつの間にやら……ではあるが、ヴァレリアの棘は鎮まっていた。
自覚は無い。
当初は復讐目的が根底であった。
それが何故希釈化し始めたのか?
分からない。
だがしかし、確実に思い当たる特別な変化と言えば、妹〝エレン〟の存在であった。
いつでも慕ってくれた。
いつでも甘えてくれた。
最初は鬱陶しくもあり、ともすれば煙たくもあった。
それでも懲りずについてくる。
無邪気に寄り添ってくる。
いつしか傍らに居て当然の空気となっていた。
泣いていれば、血相変えて駆けつけるようになった。
困った素振りを感受すれば、自然体で相乗りしてやった。
放っておけない。
そして、不思議と穏やかな気持ちになっている。
与えているのか与えられているのか……その辺はヴァレリア自身にも分からない。
ただひとつ言えるのは、初めてだという事だ──自分以外に〝かけがえのないもの〟など。
もうひとつ、大きく心境の変化をもたらしたのは『考古学』であろう。
最初は父親から強いられた英才教育に過ぎない。
強い反発心を抱きながらも渋々従った。
家に置いてもらえなくなれば〈計画〉が御破算となってしまうからだ。
奇妙な事だが、エレンといる時には失念し、この男と向き合うと再燃した。
強く、色濃く。
それはともかくとして『考古学』の個人教授には従事した。
不本意を押し隠した御機嫌取りでしかない。
馬鹿馬鹿しい、いまさら故人の素性を掘り返して何になる──そう軽視しつつも。
知ったところで史実は変わらない。
この〈闇暦〉というクソッタレた現実は。
父親の高圧的講義に当てられるのは腹立たしかったが、目的意識の前に呑んで机へと着く。そうでもなければ、ブッ飛ばすところだ。
ある程度、自分自身で立ち回れるようになった暁には、テメェの師事なんざ受けねぇ。
だが、例えクソ野郎からの〈知識〉であっても貰えるものは貰っておく──否、それでは下手でプライド的に面白くない──盗めるものは盗んでおく。
そう腹に据えながら、黙々と知識を蓄えた。
現在にして思えば、この素地が並々ならぬ考察力を開眼させたのやもしれぬ。
十代半ばにして、ようやくヴァレリア自身にも〈歴史〉と向き合えるだけの才覚が備わった。
これまで培った考察力を拠り処とした独自論を巡らせるのが常態的となる。
そうなると、どういうワケか面白く感じ始めた。
とりわけ自分自身が妄想した〝可能性〟が現実と符合すれば、それはますます好奇心を助長する。
遺された史片を掻き集め、それを当て嵌めるにも設計図など無い。
完成図と有るのは、目の前に仕上がった〝現実〟だけだ。
しかしながら過程が異なれば〝現実〟の意味は変わってくる。同じ事象だとしても……だ。
そうした〈IF〉が高揚を誘発した。
鬱積した閉塞感で曇る日々に減り張りを与えた。
得意とするのは、やや斜め上からの俯瞰視に導き出す奇論だ。
定石的考古学からは外れた独自論であり、ともすれば荒唐無稽な妄想と自虐さえ噛む。
が、だから何だ?
旧暦ならいざ知らず現在は闇暦──。
吸血鬼や獣人が〝常識〟とばかりに大手を降っている現世魔界で、旧暦の〝常識〟に縛られる旧態依然な狭隘の方こそがどうかしている。
総ての可能性は〈IF〉であり、その〈IF〉が現実と主張してくるのが〈闇暦〉だ。
仮に〈クレオパトラ〉が〝隣国ミタンニからの血統〟であろうとも〝宇宙人〟であろうともたいした差は無い。
空想癖と紙一重な研究持論であった。
さりながら、父親はヴァレリアの奇論を徹底的な否定に廃した。とりつく島も無い。
その冷遇が、ますます火を付ける。
上等だ。
現在はテメェの方に一日の長がある。
だが、やがては……やがてはテメェの鼻を空かしてやる。
根に張った積年の反抗心は、いつしか〈考古学者〉たるプライドと転化していた。
無自覚にも……。
父親との不和が決定的な断裂と走ったのは、ヴァレリアが十七歳の頃となる。
引き金は些細な発見であった。
独学の最中、資料を本棚から取っただけだ。
日頃考察しないマイナーな事柄であったから、その資料も手に取った事など無かった──その瞬間までは。
頭よりも高い位置から引き出すと、その拍子にはらりと一枚落ちてくる。
封筒だ。
どうやら件の資料本に挟んであったらしい。
軽い好奇心から開いて見た。
見るべきではなかった。
軟化に鎮静していた復讐心が沸々と甦る。
心中に再燃した始めた憎炎の滾りは、顕現させれば〈炎精霊〉すらも焼殺したであろう。
亡き母からの手紙であった。
「……どういう事だ」
父の部屋を乱暴に叩き開けると、ヴァレリアは重暗い声音で訊い詰めた。
相変わらず室内は貧弱な光源に仄暗く、雑多に積み置かれた資料本の古紙臭がオイルランプの油臭と撹拌に漂い、その独特な異臭は慣れを要する不快感を奏でる。
その奥に有る卓に動くは研究に本の虫と丸くなる背。
浴びせられる言葉に関心すら傾けず、淡白な応対だけが返ってくる。
「軽々しく入るなと言ってあるはずだが? お前には個人教授の時間を割いてある。これ以上、私の貴重な研究時間を奪うな」
「……どういう事だって訊いてんだよ!」
ズカズカと怒り心頭の闊歩に聖域を踏み荒した!
胸鞍を掴み上げると、堪えた敵意が睨め付けに乗る!
だが、当の父親に狼狽の色は無い。
困惑も無ければ、憤慨も無い。
ただ冷ややかな観察視……それだけだ。
「何を指している?」
「あぁ?」
「合理的且つ建設的な抗論を欲するならば、抽象的な示唆は愚問だ。時間の無駄でしかない」
「テ……んメェ!」
「もう一度だけ確認しておこう。何を指している?」
「コレだ! この手紙だ!」
「……ああ、それか」
「こいつには書いてあった──テメェが約束通り迎えに来る日を待ち続けている──ってな! 何年も……何年もだ! なのに、テメェは迎えに来なかった! それどころか手紙の返事すらよこしてねぇ! 雲隠れに音信不通だ!」
「だから、こうして迎え入れただろう? オマエを?」
「ああっ?」
「確かに『頃合いが見定まり次第迎えに行く』とは言ったな……だが〝約束〟は〝確約〟ではない。そうでも言わなければ手放して貰えそうもなかったのでな」
「正当ぶってんじゃねぇ! 捨てておきながら!」
辛うじて抑え込む!
怒りを!
激情を!
対して、アンドリューには自責も憐憫も窺えない。
ただ、ひたすらに淡白……。
ヴァレリア母娘の半生など些事であったかのように……。
静かに拘束の細腕を払ったアンドリューは、解放の一息とばかりに椅子へと腰を戻す。
仕切り直しの珈琲を含むと、虚空眺めは回顧を紡ぎ始めた。
「アレは激しい情念の女だった。スペイン人は恋愛に於いて過剰なまでに苛烈で執念深い気質だとは聞いていたが……その典型的な女だった」
「アタシが……おふくろが、どんな人生を過ごしていたか分かってるのか! 来る日も……来る日も!」
「よくやった……とは感心しておるよ。況してや、この闇暦で……母子共々、大したものだ」
「他人面で語ってんじゃねえ!」
沈黙──いや、ともすれば反目か。
長年心底に眠らせていた互いの確執が、此処に来て牙を向き合わせていた。
「……何故、おふくろと?」
「たまたまだ。スペインへ赴いたのは商談目的ではあったが……。そして、その頃の私は子供を欲していた。エリナ──つまりエレンの母親は、なかなか身籠らなかったのでな。正直、焦りもあった」
「遊びだったって言うのか! アタシのおふくろは!」
「頭の回転が早い点には一目置いておったさ。そう、頭のキレは……冴えは素晴らしいものであった。場末の客引きには勿体無い程の才──或いは、そこに惚れたのやも知れんな。この女との子供ならば、私の才覚を色濃く継ぐかもしれん──とな」
「ふざけんな! テメエの道具じゃねえ! アタシ等、母娘は!」
「だが、時として人生は滑稽だ。程無くして、人生最大のチャンスを掴んだ──エジプト領軍〈ギリシア勇軍〉から〈エジプト考古学博物館〉の最高責任者という役職を後押ししてもらえたのだ。急いでエジプトへ戻らねばならぬと気を揉んだが、どうにも自由にはならぬ状況に陥っていた。既にオマエを身籠っていたからな。あれほど欲していた子供が、今度は足枷と邪魔になる……運命の歯車というものは、現実的には思い通りに噛み合わぬものだ」
よくも語れる……当の娘を前にして。
罪悪感も愛情も無く……。
「帰国後、やがて〝エレン〟が産まれた。件の役職も軌道に乗り、念願だった研究環境も磐石に構えられた。望むものは総て整ったのだ。そうした多忙の中で忘れた」
「テ……メェ……」
心境に吹く荒涼。
敵意めいた憎炎は相変わらず猛り盛るも、反して氷原の如き寒さがヴァレリアの胸中を占め始めた。
何故?
その困惑が木枯しと凪ぎ狂う。
だが、無自覚を自覚させられた。
いつしか芽生えていたのやもしれぬ──親子としての情が。
心の何処かで期待していたのやもしれぬ──確執の雪解けを。
僅かながらも……。
個人教授の時間を経て……。
それが唯一〝親子としての時間〟であったと……。
形はどうあれ〈家庭〉を……〈家族〉を得たのだと……。
総てが幻想であった。
総てが虚影であった。
そして、総てが愚かしかった。
己のアマさも。
「風の噂によって──というよりも私には、ある程度の〈諜報〉の傳も在るのだが──天涯孤独と堕ちたオマエが貧民街で下らぬ群党を率いていると聞いた。すぐに引き取らねばならぬと思ったよ」
「……アタシが率先していたワケじゃねぇ。勝手に群がった」
「どちらでもいい。肝心なのは、オマエが私の才覚を色濃く継いでいる可能性があったという事だ──況してや、アイツの娘だからな」
「な……に?」
「その才は下賤な底辺で燻らせて良い物ではない。だから引き取った。そして、その推測はドンピシャだったというワケだ」
「テメェは……テメェは!」
「私とて、寄る年波には勝てんという事だ。デスクワークは構わんが、そろそろ現地調査はキツくなっている」
ようやく覚った──この男が、何故、自分を引き取ったのか。
何故『考古学』の英才教育を強いたのか。
傀儡人形──。
それ以外には無い。
自分の意のままに操れる代行を欲していたに過ぎない。
結局、コイツも同じだ!
親子の情ではない!
最初から、アタシなんて見ていない!
「ああ、それから……この間の『エジプト神信仰とミタンニ滅亡との因果関係』だがな」
「それはアタシの!」
そう、それは此処最近ヴァレリアが考察に没頭していた独自論文!
再三、アンドリューが蔑視に否定していた論!
剣もほろろに!
然も「子供染みた幼稚な夢想」と!
「奇論ではあるが着眼は面白い。だから、私が手直しを施して〈ギリシア勇軍〉へと提出しておいた」
「盗んだのか! アタシの論文を!」
「人聞きの悪い事を言うな。修正だ。監修責任者としてのな」
「テメェ!」
向けられる睨め付けを浴びながらも、背は無関心に退ける。
「これからも期待はしてやる……一応な」
「ふざけ……やがって!」
「私を失望させるなよ。そのために、娘として認めてやったのだから」
「……クソ野郎が!」
改めて心に刻み込む!
コイツは……この男は……この下衆野郎は〈敵〉だ!
そして、家から出て行った。
荒れ狂う感情に乗せてジャックナイフでブッ刺してやろうかとも思った。
そもそも復讐のために引き取られた。
そのために引き取られた。
ここで悪意を実行すれば、当初の計画通りだ。
あのクソ野郎が路頭に迷う様を想像すれば、多少は溜飲が下がるというもの。
ザマァマロ、クソ野郎!
アタシとおふくろが味わった底辺の辛酸を嘗めるがいい!
だが、こんなもんじゃねえ!
こんなもんじゃねえぞ!
アタシの地獄は!
もっとだ!
もっと!
もっと徹底的に貶めてやる!
過熱に高揚する黒い赤炎!
が、それは思い止まった。
ギリギリのラインで理性を歯止めに呼び覚ましたのは、脳裏を過る慈しみの花──エレン。
アルターナ家を崩壊させるという事は『エレンも道連れにする』という事だ。
エレンも路頭に迷わせるという事だ。
儚くも愛苦しい〈妹〉を……。
あの娘は、自分とは違う。
そうなれば、きっと生きていけない。
この箱庭から出されれば…………。
だから、決めた──アタシが掃き溜めへ戻ればいい。
そもそも、アタシはいなかった人間だ。
そう自分に言い聞かせる事で歩を刻む後押しとする。
それは、果たして自己弁護であったのであろうか。
「姉さん! 行かないで!」
思い詰めた愁訴が背に刺さったが、それでも決意は揺るがなかった……いや、揺るがせなかった。
ここで引き返せば、あとはズルズルと飼い殺しの人生と堕ちる──それが確信できる正念場の二択なればこそ。
「……じゃあな」
それが精一杯の手向け。
肩越しに捧げた微笑みは、きっと乾いていた。
腰砕けに泣き崩れる愛しい悲しみを、ずっと忘れる事など出来やしない。
そして、罪悪感は咬み続けるであろう。
アタシは妹を捨てた。
最愛の妹を…………。
父親の〈敵〉で在る為に……。
自分を殺す事など出来ない。
性分であった。
何処をどう走ったのか覚えてはいない。
何処へ向かおうとしているかも定かにない。
思考が疲労感に包まれるまで、ヴァレリアのオートバイは激走した。
頃合い──人気の無い街辻で降車すると、駐輪した車体へと腰を預けて一服に逃避する。
紫煙を追えば黒月と目が合った。
巨大な黄眼は全てを見透かし興と嘲る。
「……クソッタレ」
八つ当たりめいた呟きに乗せるは、ぶつける相手も不確定な憤り。
撫で過ぎる夜風が氷針と刺した。
独りには慣れている。
いや、慣れていた。
………そう思っていた。
………そうだったはずだ。
なのに何故、こうも虚しさが染みる?
いつから、こんなにもヤワになった?
家族などいない。
最初から……。
無自覚に零れる一滴。
それが〈答〉である事をヴァレリアは知らない……否、或いは認めたくはないのか。
最初は復讐目的であった。
悪意であった。
それが軟化に失念してきたのは、いつであっただろうか。
嗚呼、そうだ──エレンだ。
アタシの妹だ。
アイツだけはアタシを求めてくれた。
アタシを見ていてくれた。
アタシの〈家族〉は、アイツだけだ……。
アタシの〈愛する家族〉は……。
アタシの〈愛〉は…………。
──そうか……貴様も〝捨てられし子供〟か。
(誰だ?)
声に語り掛けられ、ヴァレリア・アルターナは自我意識を覚醒させた。
淀む赤の中に居た。
見渡す限り赤く淀む闇だ。
ともすれば、不可視の空気とて赤に思える。
それが茫洋と広がっていた。
足場は無い。
水の滞留に浮くかのように……無重力に弄ばれるかのように……ヴァレリアは常態的浮遊感を味わっていた。
心地好い。
不気味な異様環境に在りながらも……。
(……何処にいる?)
探る。
ややあって直感が方向を定めた。
それを道標として足を進める。
赤は胎動に呑む──。