輪廻の呪后：～第二幕～虚柩の霊 Chapter.7

「婆……さん？」
　思考が停止する。
　虚脱の瞳に枯れ枝が倒れた。
　死──。
　その残酷な現実を受け入れるのに数秒掛かった。
「婆さん……婆さん！　オイ！」
　堰を切る激情！
　抱く老体は失われた体幹に揺らされるだけ……。
「婆さん！　ふざけんなチクショウ！　ふざけてんじゃねぇ！」
　抗い。
　無力な拒絶。
　さりながら、それが何になろう？
　否いな、何にもならぬ事ぐらいは分かっている。
　分かっているが……せずには、いられなかった。
「ありがとう、ヴァレリア・アルターナ……貴女あなたのおかげで『復活計画』は順当に進められそうだ」
　背後からの声に、ようやく現実・・へと返る。
　この老婆を撃ち殺した者──。
　急襲者──。
(……絶対許さねぇ！)
　沸々と込み上げる情炎に振り向く──が、向けた睨ねめ付つけは一転いってんして動揺へと変わった。
「なっ？　イムリス？」
　一瞬いっしゅん、事情が呑み込めなかった。
　然されど裏社会で培つちかった分析力ぶんせきりょくが警鐘を発するには数秒の時間も要さない。
　左手に握られた〈呪后じゅごうの錫杖〉──そして、右手に握られた硝煙しょうえん燻くすぶる銃口じゅうこう！
　それこそ・・・・が答・！
「黒きアスワド……栄光マグド！」
「御名答」

「やられた・・・・わねぇ……」
　自みずからの窮地きゅうちながらも、他人事ひとごとテンションにメディアは愚痴ぐちる。
　石造りの落とし穴であった。
　深くも四方は狭い。
　せいぜい三平方メートル程度か。
　そこに閉じ込められしは、メディア、ペルセウス、ヘラクレスの面子──ついでに落下で四肢散乱に砕けた残骸スパルトイ。
　アンドリューはいない。
　いるはずもない。
　彼女達を此処へ貶おとしめた張本人なのだから……。
「ひょこひょこついていったら、まさか罠たぁな……。いったい全体どういうこった？」
　壁に背を預けたままヘラクレスが毒突いた。
　投げ遣りに吐きながらも、特に動揺も焦燥も窺うかがえない。
　この辺りは豪胆故ゆえか……或あるいは、骨の髄ずいまで単細胞なのか──観察めいた一瞥いちべつにメディアは内心呆れる。
　彼──アンドリュー・アルターナに誘いざなわれたのは、玄室東に据えられた殺風景な石部屋であった。
　ヴァレリアが足を踏み入れたも、特に何も無いと淡白に切り上げた部屋である。
　実際、何も無い。
　裳抜もぬけの空からであった。
　宝物庫であったのかと訊とえば、アンドリューは苦笑いに首を振る。
　そして次の瞬間、彼は罠トラップを起動させた。　
　そうした間抜けな経緯で、この様・・・だ。
「どう思う？　メディア？」
　ペルセウスが訊とう。
「おそらく、此処は〝罠の間〟だった。不埒な侵入者を排斥する為ために設けられた……ね」
「宝物庫痕跡あとは、偽装というワケか。それ・・を、アンドリューは知っていた・・・・・」
　手近な小石を摘まみ拾えば、どうやら経年劣化にくすんだ人骨片。少し指先へ力ちからを入れれば、サラサラと粉に拡散した。
「そ。最初ハナからアチラ側・・・・だったって事」砕けた肩竦かたすくめは、自嘲も孕はらんでいる。「現状いまにしてみれば、同行を申し出たのはこのため・・・・の裏工作だったのかもしれない。私達を真相・・へと近付けないように除外する為ための……」
「魔法で、どうにかならねぇのかよ？」と、ヘラクレス。
「出来ればやっている。けれど封じられている・・・・・・・みたいね……巧く発現出来ない」
「何で？」
「……此処、何処・・だと思ってる？」
　先刻の再演とばかりに楽観をジロリ。
「爺さんの〈飛翔靴タラリア〉もか？」
　苦笑に踵かかとをコンコンと叩き鳴らして回答とした。
「おそらくだけど、この落とし穴は輪を掛けて魔力まりょく阻害そがいを強く敷かれている。もしかしたら、この狭い室内設計も、それ・・を大前提にしたものかもしれないわね」
「へぇ？　……つまり、どういう事だよ？」
　ヴァレリア宜よろしく苦虫に思った──「この脳筋！」と。
「部屋が狭ければ狭いほど、エジプト神が阻害そがいに注ぎ込んでくる呪力じゅりょく濃度のうどは高くなるって事よ！」
「オマエを以もってしても、まったく発現出来ないのか？　メディア？」
　沈着な抑揚で訊とわれ、メディアはペルセウスを正視に据える。
「まったく……というワケでもないけど、巧く魔力まりょく集積とコントロールが出来ない」
「ふむ？」と、黙考を巡らせるペルセウス。「まったく・・・・ではないのだな？」
「ええ、それは……まぁ……」
「コントロール・・・・・・は出来なくとも、魔力まりょく集積は出来る・・・……と」
「……何？」
　魔女の怪訝けげんを流して、周囲の石壁を考察に擦さする。
「部屋が狭ければ狭いほど呪力じゅりょくの濃度のうどは高くなる……か」
　微かすかに奇策を閃いた。
　確信無き場当たり案だが、可能性はゼロではない。
　ならば、賭けてみるのも悪くないだろう。
「メディア、少し無理を強いる。……いいか？」
「……何なの？」
「これから、可能な限り〈魔力まりょく〉を集積してくれ」
「だ～か～ら～！　集積したところで〈魔術〉としてコントロール出来ないんだってば！」
「構わん」
「ハァ？」
　頓狂顔の魔女に反して、勇者は不敵に口角こうかくを吊り上げた。
　狙いは魔術発現ではない。
　魔力まりょく集積自体だ。

「何故だ！　何故、婆さんを！」
　ヴァレリアは吼えずにいられなかった！
　予想外の展開が混乱に拍車を掛けたやもしれぬ。
　信頼が裏切られた事への憤いきどおりやもしれぬ。
　いずれにせよ込み上げてくる激情を吐き出さずにはいられなかった！
　が、返されてくる抑揚は、あくまでも涼しい。
　そう、冷たく……涼しい……。
　凍土の湖面の如ごとく……。
「もう不要だからですよ」
「何！」
「ええ、もう用済み……何の役にも立たない。それどころか、せっかくの奇襲も活かせなかった無能。不要です。それに引き換え、貴女あなたは実に役立ってくれた。その優れた考察力で謎を解き明かし、裏社会で鍛えられた実践能力は厄介な障害トラップを切り抜け、遂ついには〈呪后じゅごうの柩〉までも探しだした。此処・・の所在は、我々ですら探し出せないでいた。それを、こうも……感謝していますよ」
「そうか……オマエか！　オマエが婆さんに状況を知らせたのか！」
「如何いかにも。と言っても〝どうやって〟かは解らないでしょうから教えて差し上げます」自みずからのこめかみをトントンと叩いて告げた。「種を明かせば〈呪力じゅりょく〉による思念送信──要は〈テレパシー〉みたいなものです。こう見えても使える・・・ものでしてね」
「アタシを利用したってか……最初ハナから！」
「ええ。貴女あなたの存在を知ったのは、アルターナ家けと懇意こんいになった事がきっかけでしたが、エレンから聞き出せば聞き出すほどに確信していました──この人材は使える・・・と」
「テメエ！」
　喰って掛からんとする負けん気を銃口じゅうこうが牽制に組み敷く！
「先程さきほど、疑問を口くちにしていましたね？　何故、肉体アクが無い……と。在るはずがないのですよ。遥か紀元前に消滅していますからね。ですから〈肉体アク〉など在るはずが無い。だから、ツタンカーメン──というよりもアンケセナーメンは、コレ・・を代用品として埋葬した。この〈錫杖〉を。彼女にしてみれば、便宜的な儀式意図に過ぎません。愚かしい……実に幼稚な自己満足です。しかし──」
　徐おもむろに石柩へと殴り付けた！
　錫杖を！
　呪后じゅごうの形見を！
　渾身の一撃で叩き折った！
「──これで〝宿り木・・・〟は消失した」
「……何がしてぇ？」
「言った通り。これで〈呪后じゅごう〉が復活するには〝新たな肉体アク〟に依存するしかない──本人の意向に拘かかわらず。つまりコチラで用意した肉体・・・・・・・・・・に宿るしかない」
「復活？　それが『計画』ってワケかぃ……禁忌の〈呪后じゅごう〉を復活させるって策謀が！」
「いいえ？　違いますよ？　我わが『復活計画』は〈ジャジャ・エム・アンク〉を復活させる為ためのもの──あんな蛮俗女王ではない」
「ジャジャ・エム・アンクだと？　古代エジプトに伝わる〈伝説の大魔術師〉か！」
「如何いかにも」とおどけ・・・めいて肩竦かたすくめを飾るも、一転に抑揚はスゥと引き締まる。「さて……では、残るひとつ・・・・・。渡して貰いましょうか？　羽根・・を？」
　銃口じゅうこうを指示棒とされるのは、気分として穏やかにない。
　さりとも、従わざるえないだろう。
　ヴァレリアは房に手を滑らせ、内ポケットから忌物を取り出した。
「何故〈マァトの羽根〉を欲しがる。そこまで執着して欲しがる〈羽根〉……いったい何なんだ」
「霊カーですよ。〈呪后じゅごう〉の……」
「コイツが〈霊カー〉だと？」
「厳密には〈封印物〉ですか。タイムカプセルのような……いや、或あるいは冷凍睡眠コールドスリープのような代物シロモノですよ。しかしながら、神々の神力しんりょくを帯びた強力な呪具です」
「……オマエ、何か知っていた・・・・・・・のか？」
「ええ。かつて母親たる先代女王ファラオネフェルティティは〈呪后じゅごうの霊カー〉を封印すべくコレ・・を造っておいた──そして〈呪后じゅごう〉が消失した際さいに、意向を継いだアンケセナーメンが霊カーを封印。まぁ、実子とはいえ前代未聞の忌避児きひご……復活などして欲しくないでしょう」
　然さも真相と語られる言葉に、ヴァレリアは釈然としない想いを抱いだく。
　なればこそ、自然と一瞥いちべつは注がれた──果てた老婆へと。

　──そいつは想い・・を込めた品だろうね。

「そして後世にて、アンケセナーメンが自分の墓へと移して隠蔽いんぺいした。復活阻止を念入りとした二重にじゅうの保険です」
　本当に・・・、そうであろうか・・・・・・・？
　本当に・・・、忌まれていたのであろうか・・・・・・・・・・・・？

　──その時は、たぶん〝ありったけの愛情〟を込めるよ。そのためだけに作ったような物だからね。

「まったく歴史・・というものは手間を取らせる。クックックッ……粗雑な茶番だ」
「腑に落ちねぇな」
「何です？」
「目的が『ジャジャ・エム・アンクの復活』だったら、何の為ために〈呪后じゅごう〉の再生を目論もくろむ！　矛盾してるぜ？」
「贄にえとして」
「な……に？」
「ええ、贄にえです……ジャジャ・エム・アンクへと捧げる為ための。如何いかに〈呪后じゅごう〉とて、復活した直後では為なす術すべもありません。降臨した刹那の瞬間にて、再び死んでもらう・・・・・・。しかも、強大無比な呪力じゅりょくを秘めた存在……最極上の贄にえとなるでしょう」
「何の為ために〈ジャジャ・エム・アンク〉を？」
「統べる為ためですよ。その超常力ちょうじょうりょくを宿して、この世界を……この闇暦あんれき世界を統べる真王ファラオとなるのです……彼かの〈スメンクカーラー〉が！」
「いい気になるなよ……そんな夢想は実現しねぇ！」
「何故です？」
「肝心の〈肉体アク〉が無ぇ！　例え〈霊カー〉を解放したところで、宿るべき〈肉体アク〉が無けりゃ単なる浮遊霊──せいぜい騒霊現象ポルターガイストが関の山だ！　復活・・にはならねぇ！」
「確かに、現世復活には〈肉体アク〉を要する。でしたら作ればいい・・・・・」
「作る？」
「コチラで肉体を用意する・・・・・・・・・・・という事ですよ。先程、貴女あなた自身が言っていたでしょう？　保存死体ミイラが無ければ、異なる肉体アクに憑依ひょういさせるしかない──と？　その通りの事ですよ。行き場を無くした浮遊霊カーは宿るしかない｣
「誰か・・を贄にえとするって？　ハッ！　バカか……浅はか過ぎるぜ？」
「何故です？」
「誰でもいい・・・・・ワケじゃねえ……当人・・の肉体だからこそ意味があるんだよ！　でなきゃ〈ミイラ〉なんて保存風習が生まれるものか！」
「当人同様の意義を持つ代用品・・・が在あればいい」
「在あるワケ無ねぇだろ……そんな虫のいい別人が！」
「呪われし女王の名を御存知で？」
「あ？　名前……だと？」
「そう。あらゆる碑文から削り除かれた名前──貴女あなたを以もってしても、唯一ゆいいつ辿り着けなかった〈真名レン〉ですよ」
「いまさら真名レンが何の意味を持つ！」
「……アルターナ」
「何？」
「貴女あなたの事ではない。〝アルターナ〟と言うのですよ。女王の真名レンは。実に苦労しましたよ、コレを探し当てるのは。有能な解析者・・・・・・を組織に抱えていて良かった」
　奇くしくも〝同名〟という事実は、ヴァレリアの鼓動を早鐘と打たせた。
　何故・・かは判らない。
　判らないが……嫌な予感が慄然を課した。
　最悪・・な予感・・を……。
　何故・・かは判らないが……。
「真名レンは楔くさび──魂と肉体を繋つなぎ留める枷かせなのですよ。そして、同名・・というものは、それだけでも資格・・と機能する」
「テメェ……アタシ・・・を器アクとする算段だってのか！」
「それも一興いっきょうですが、貴女あなたは少々骨が折れそうだ。じゃじゃ馬にも程ほどがある……フフフ」
「まさか！」
　サァと血の気が引いた！
　思い当たればこそ！
　もう一人ひとりの〝アルターナ〟を知ればこそ！
　狡猾は嘲あざけりを含ふくみ笑う。
「それに比べると、彼女・・は実に扱い易い。気弱で消極的で……何より非力・・だ」
「おい！　やめろ！」
　思わず駆け出していた！
　我われを忘れて！
　破竹音が硝煙を拡散し、左脇腹が燃えるような熱さに拷問した！
「がっ！」
　苦悶の膝折れ！
　押さえた掌には赤が零れていた。
　悠々たる足取りに間合いを無視し、イムリスは転げ落ちた〈羽根〉を拾い上げる。
「クックックッ……ようやく」
「ガハッ……ハッ……ハァ……イムリス……テメェ……ゥグ！」
　向けられる敵視を、邪教徒は涼しい蔑視で流すだけ。
　然さも〝道端みちばたの雑草〟でも見るかのように……。
「虫の息ですね、ヴァレリア・アルターナ？　あれほど血気に在った貴女あなたが……惨めなものです」
「ハァ……ハァ……には……を……すな……グゥ！」
「何です？」
「エレンには……妹には手を出すな！」
「私ひとに物を頼む態度には見えませんが？」
「出さないでくれ……頼む……頼むから……」
　愁訴しゅうそであった。
　あの気丈が──
　あの負けん気が──
　あのヴァレリア・・・・・・アルターナ・・・・・が──
　最愛の妹の為ために……折れた。
　しかし、返される眼まなこは、特に感慨すら含ふくまぬ。
　無造作な闊歩に近寄ると、乱暴に髪を掴み起こした！
「アグッ！」
　痛みが走る！
　頭と脇腹から！
　そんな憐れみなど無視に捨て、長身は彼女を無理矢理同行させた。
　柩だ。
　呪后じゅごうの石柩だ。
「御誂おあつらえ向きに柩・が在る……どうせ死ぬなら、此処でどうぞ？」
　冷酷なジョークで投げ入れる！
「グゥッ……イム……リス？　テ……メェ！」
　外道に憤怒が吠えた直後、突如として大気が鳴動を伝えた！
　否いな、部屋が震えていた！
　否いな！　否いな！
　この王墓自体・・・・が震動を生んでいた！
　パラパラと降り立つ砂柱！
　残像を振り刻む石壁！
「何事です？」予想外の事態に軽く困惑・・を浮かべるイムリスであったが、それは動揺・・には無い。「ふむ？　どうやら上階で何か・・が起こったようですね」

「なるほどねぇ」と、魔女は強引な奇策に感嘆するやら呆れるやら。「ともかく私に魔力まりょく集積をさせて、強力な異物・・として認識させる──当然、エジプト神は排斥しようと、より強い呪力じゅりょくを注ぎ込む──私はまた抗い、エジプト神はまた注ぐ──パワーバランスのインフレ……か」
「ああ、その通りだ。その結果がコレ・・だ」
　ペルセウスは実った結果に満足を笑えんだ。
　見渡せば周囲の壁は瓦解し、一面いちめんは地続き……忌々しい落とし穴・・・・は崩壊していた。
　代償として玄室も無くなったが、そこは致し方あるまい。
　果てた栄華は哀れな虚像と朽ちるものだ。
「オマエ達は拮抗を争うだけだが、付き合わされる・・・・・・・遺跡は、そうではない。耐久性を凌ぐ超パワーが反発に暴れ狂えば、当然ながら崩壊するのがオチだ」
「力業ちからわざよね」
「悪くなかろう？　こうして結果・・と実るならば」
　斯くして再び自由の身となった……が、天変地異の如ごとき震動は継続している。いつ何処が崩落しても、おかしくはない。最悪、この王墓自体も崩壊するであろう。
「まごまごしちゃいられねぇな？　早いトコ追わなけりゃよォ！」
　血気に逸るヘラクレスに、メディアは茶化しめいて訊とう。
「それ・・は、どっち・・・の事かしら？　ヴァレリア・アルターナ？　それとも、アンドリュー・アルターナ？」
「ハッ！　どっちも・・・・だよ！」
　激しさを増す大振動にギリシアの勇者達は駆け出した。
　こうなれば最早もはやトラップも経路も無い。
　障害無き自由なれば、己おのれの直感のみが正しい選択肢だ。
　エジプト神の怒りは鎮まらぬ。
　排斥の敵意は荒れ狂う。
　予見不可能なカウントダウン──その渦中を拓き進んだ。

　環境の悲鳴を冷静な観察に見渡し、イムリスは沈着な自己納得へと落ち着く。
「この鳴動からして、此処の崩落も時間の問題……。まぁ、いいでしょう。目的・・を果たした以上、此処も用済み……別に固執する義理も無い」
　些事とばかりに関心を逸らすと、柩内の餌食を覗き込んだ。
　死しに体たいの女。
　さりながら、意気は死んでいない。
　先刻の愁訴しゅうそが実らぬと察すればこそ、生来の炎が瞳に甦っていた。
「イムリス……テメェ！」
　だから・・・、何だ・・？
　最早もはや、既すでに忌柩の虜囚。
　為なす術すべなど無い。
　詰みだ。
　チェックメイトだ。
　それを確信しているからこそ、優越に後押しされた余裕は崩れないのである。
「良かったですね？　ヴァレリア？　とりあえずのシェルター・・・・・が在って？」
「ふざけるな！　クソ野郎！」
「貴女あなたも柩・で死ねるのですから幸せでしょう？　この闇暦では野晒のざらし行き倒れも珍しくない」
「テ……ンメェェェ……ッ！」
「クックックッ……そう怖い顔を向けないで下さい。これでも懇意こんい故ゆえの温情ですよ。何せ、此処まで共に冒険した仲間・・ですからね……フフフ」
　茶化しめいた肩竦かたすくめが憎々しい。
　普段の偽装が思い返すに恨めしい。
　その想い総てを込めた睨ねめ付つけに、ヴァレリアは呪詛を吐かずにはいられなかった。
「アンムトにでも喰われちまえ・・・・・・・・・・・・・！」
「……それが遺言で宜よろしいですね？」
　一転いってんして冷ややかな蔑視べっし。
　そして、突き立てた！
　叩き折った〈呪后じゅごうの魔杖〉を！
　ヴァレリアの腹へと！
「ガッ！」
　端末魔に反り跳ねる肢体！
　死の送迎が一気いっきに距離を詰める！
　宛さながら〝吸血鬼の杭打ち〟であった！
　さりながら、確約された顛末に興味も無い。
　見届けるも無い。
　余す半杖をゴミとばかりに投げ入れると、重々しい石蓋は非情に閉められた。
　冷淡な闇が呑み込む。
　閉塞が五感を染そめ潰つぶす。
　涌き出る赤は、懇々こんこんたる清水と流れ続けた……。

　ツタンカーメン王墓が内部崩落に瓦解したのは、それから数分後の事であった。
　異国の勇者達も……呪われし柩も……憐れな姉も……古代エジプトの神々は見境無き憤怒に呑のみ潰つぶした。
　怒濤どとうの落石に呑のみ潰つぶした。

　ただ一人ひとり──策謀の信徒だけは既すでにいない。