だ！勇者：欲望の森

　勇者の本分が発揮できない以上、実質的に彼等は〈冒険者〉と変わらない。
　だから駄勇者達は今日も今日とて依頼を受けていた。日銭稼ぎに。
　ただし今回は三人ではない。
　四人だ。
　三馬鹿＋依頼人だ。
「ちょっと！　誰が〝三馬鹿〟よ！」
　だから、メタツッコミやめろ！　盗賊シーフ！
　それはともかく、だから駄勇者達は腑抜けていた。
　盗賊シーフを除く二名が。
　依頼人は〝テアルーネ・ラーモ〟──街のシスターだ。
　憂いの似合う金髪美女である。
　貞淑清楚な佇まいと柔和な物腰。
　まさに女神！
　荒みきった現世に降臨された清廉なる女神！」
「そして、聖母！　慈愛と博愛に祝福されし聖母！」
「「嗚呼、永遠なる男性の理想像！」」
　……って、ぅおい！
　勝手に〝地の文〟乗っ取るな！　勇者＆魔法使い！
「「イェ～イ ♪ 」」
　いや、腕スクラムで「イェ～イ ♪ 」じゃないから！
「ホント、男ってバカよね」
　些いささか不機嫌を含ふくんで盗賊シーフは繁る森を見渡した。
　緑を射す木漏れ日は清涼に目映い。
「何だ盗賊シーフ！　その態度は！　テアルーネさんに失礼だろうが！」
「そうだぜ？　もっとアガれよ！　こんなチャンス滅多にないんだぜ？」
「アタシはアンタ達と違うのよ、駄勇者共」
「「……男Heのクセに」」
「……ぁぁあああんッ？」

　──ゲシッグシャッゴボッドガッゲボロッグチャゲシャウィィィィインズバッブシャアアァァァーーッ！

　駄勇者は逝きました。
　ってか、僅わずか数行で『スプラッタホラー』になっとる！
「さて……と、目的地まで、どの程度かしらね？」
　パンパンと手を払う背後には死体が二匹。
　口くちは災いの元（ガタガタガタ……）。

「あの？　大丈夫ですか？」
　怖おず怖おずと心配を向ける優しい声音。
　シスター・テアルーネであった。
「全然、平気ッス！」
　勇者は生き返った！　ガバッと！
「むしろドンと来いです！」
　魔法使いも生き返った！　シュバッと！
「……ホント、バカ揃い」
　後ろ目の蔑視べっしに盗賊シーフは零こぼす。
　正直、面白くないようだ。
「みなさん、気を抜かないで下さいね？　この森は別名〈欲望の森〉とも呼ばれ、大変危険な場所なのです」
「欲望の森？　何よ？」
「この森は『自みずからの欲望によって破滅する』と云いわれている危険地帯なのです。未知のモンスターも多く生息していますし、初心冒険者は疎おろか中級冒険者ですら入る事を躊躇ちゅうちょするような所なのです」
「既知の間柄とはいえ、ずいぶんと物騒な場所へ依頼してくれたわね？　ぶっちゃけ報酬見積もっても安過ぎるわ……」
「本当に申し訳ありません。このような依頼を……。ですが、他に頼る方もいなくて」
「何を言ってるんです」ありったけのイケメンオーラを絞り出し勇者は肩を抱いた。「貴女あなたが御困りなら、オレは命すら張ります……いつでも」
「ああ、そんな勿体ない御言葉を……勇者様」
　包み込むように──刺すように──慈しむ眼差まなざしに、聖女は頬を染めた。
「危なーーーーい！」
「もげらッ？」
　魔法使いの飛び蹴り！
　勇者は蹴り飛ばされた！
　奪い取るかのように聖女を抱き寄せる！
「あ……魔法使い様？」
「危なかった……もう少しで、薮蚊やぶかが……」
「……え？」
「その美しい雪肌に赤みが差したら大変ですよ……人類美の歴史に於いて大きな損失です」
「お……大袈裟です」
「大袈裟なものですか！　ですが、安心して下さい。この私がいる限り、何人なんぴとたりとも貴女あなたに危害は加えさせません……例え薮蚊やぶかといえど」
「あ……」
　染まる頬に視線を外す。
　慈しみに満ちた理知的な瞳は正視するには眩しく思えた。
「危ねぇぇぇーーーーッ！」
「ぐらぶろッ？」
　勇者の鉄拳ストレート！
　魔法使いはフレームアウトした！
　聖女を奪還した！
「危なかったです……ケサランパサランが！」
「え？　け……けさ……？」
「ハハハッ★　安心して下さい！　どんな時もオレが守ってあげますよ！　だって、オレは貴女あなただけの勇──」
「危なぁぁぁーーーーい！」
「ぎゃおすッ？」
　火球呪文ファイヤーボール！
　勇者は燃え弾けた！
　聖女強奪！
「危なかった……下心満載の害虫が！　ですが、私がいる限り──」
「ウィーーーーッ！」
「びぐろッ？」
　ウェスタンラリアート！
「危なかった！　でも、安心して──」
「暴風呪文メガウィンド！」
「らどんッ？」
　局地的竜巻！
「危な──」
「元気ですかーーッ！」
「ふじなみッッッ！」
　延髄切り！
「危──」
「死紋呪文デススペル！」
「ですのぉぉぉーーつッッッ？」
　死神！
「オクラホマスタンピートォォォーーッ！」
「大爆炎呪文インフェルノーーッ！」
「勇者百烈拳ーーーーッ！」
「因果転生呪文イデフォースッッッ！」
「あ……あの！　御二人共？」
　オロオロと狼狽するシスターの眼前で、体力バカと呪文オタがぶつかり合う！
「へっ、やるじゃねぇか？　ステゴロに弱い〈魔法使い〉のクセによォ！」
「キサマとは、いつかこうなると思っていた……そう、あの日……定食の生姜焼きが、オレより一片ひときれ多かった日から！」
「そりゃコッチの台詞だ！　テメェ、アイドル握手会でオレより時間が長かったじゃねぇか！」
「何？　まさか……オマエ？」
「いたさ！　オレもな！」
「そうか……オマエも〝エモエたん〟のファンだったか」
「当りめぇだ！　いまの御時世〝エモエたん〟に萌えねぇ男子なんているか！」
「分かる！　すごく分かるぞ！　この殺伐とした世知辛い世相に咲いた一輪の花！」
「いいや！　オアシス！」
「そう、それ！　オアシス！」
「「それが〝エモエたん〟ッ！」」
「……あの？　何の話で意気投合なさっているのです？」
　困惑頻しきりのシスター・テアルーネの言葉も、どうやら現状いまの二人には届いていない。
　何故ならバカだから。
「あの脚線美でグッと来ない男はいない……クゥゥゥ！」
「何を熱弁なさっているのです？　魔法使い様？」
「オレは胸だ！」
「胸か！」
「ああ！　ぶっちゃけ谷間だ！」
「何のカミングアウトですか！　勇者様！」
「だけど卑猥じゃねぇんだよ！　〝エモエたん〟のは！」
「分かる！　清楚感、すごく分かる！」
「オマエは！　魔法使い！」
「オレは腋わきだ！」
「腋わきか！」
「腋わきだ！」
「分かる！」
「もうイヤァ！　帰りたい！」
　いたたまれない恥ずかしさにシスター・テアルーネが赤面を両手に覆った直後──「ハッ！　じゃねえや！」──ようやく勇者は我われに返った。
「その握手会で、オマエ、オレより時間が長かったよな！　オレの帰り際までいるのを見てたぞ！　並んだのはオレよりも前なのによォ！」
「クックックッ……何を言い出すかと思えば、その事か？」
「大方〈魅了チャーム〉の魔法でも使って時間延長を取り入ったのか？　あん？　私欲で〈魔法〉を悪用するたぁ太ふてぇ野郎だ！　しかも〈アイドル〉に！　清純な女子に！　そんなヤツァ〈魔法使い〉の風上にも置けねぇぜ！　このオレが〝エモエたん〟に代わって『おしおきよ♡』してやらぁ！　むっつりダークエルフが！」
「愚か者ォォォォォーーーーッ！」
　暗く沈んだ含み笑いから一転、怒号が大気を振るわせる！
　然さも逆鱗に触れられたかの如ごとく！
「このオレが、そんな矮小な下心で〈魔法〉を悪用するとでも思っているのか！　痩せても枯れても、オレは〈魔法使い〉だ！　プライドがある！」
「何？　じゃあ？」
「オレが・・・〈魅了・・〉に掛かった・・・・・のだァァァーーッ！」
「え？　あの？　魔法使い様？」
　聖女の困惑、再び。
「魔法など不要！　そんなものを介在しなくとも〝エモエたん〟の魅力は〈魅了チャーム〉と同じ！　眼前にした途端、オレは心奪われてしまい、そこから硬直に動く事すら出来なくなっていたのだ！　心臓バクバクで思考は真っ白……いい匂いに呼吸は深く荒あらぶり──」
「魔法使い様ーーっ？」
「分かる！」
「分からないで下さい！　勇者様！」
「ハッ！　じゃ……じゃあ、まさか……オマエ？」
「……その後、警備員に両腕捕まれて〝不審者〟扱いに連行された」
「また・・留置場か！」
「また・・留置場だ！」
「そうか……しばらく見ないと思った時期があったけどよぉ……クッ！　馬鹿野郎！」
「何故、目頭を熱くして男泣きしているのですか！　変な黒歴史を共感しないで下さい！　勇者様！」
「……さて、勇者よ？　そろそろ白黒着けようじゃないか」
「ああッ？　何をだ！」
「どっちが〝エモエたん〟に相応ふさわしいかを……だ！」
　ぅわあ……バカだぁ、コイツら。
　さりげなく『ゲッ●ーロボ』の名シーンみたいに纏まとめているけど……バカだぁ、コイツら。
「あのッ！　御二人共ッ！」
　さすがに困惑も窮まり、シスターは声を張った！
　が、その制止は、もはや届かない！
　何故ならバカだから！
　もう一度言う──バカ・・だから！
「ユシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャアアアァァァーーーーッ！」
「マホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホーーーーッ！」
　殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴ッ！
　刹那の乱打が弾け合う！
　って言うか、オマエらドコへ向かっている？
「嗚呼、神様……私は、どうしたら？」
　眼前の不毛に嘆きを溢こぼすシスター。
　その悲嘆は〝愁い〟ではなく〝途方〟であった。
「ねー？　コレでいいのよね？」
　不意に呼び掛けられ、シスターは我われへと返る。
　森の奥から戻ってきた盗賊シーフであった。
　いつの間にやら単独探索に向かっていたらしい。
　その手にヒラヒラと摘まみ見せている小瓶には透明な液体が詰まっていた。
　それを視認した途端、シスターは晴れやかな笑顔に染まる。
「そうです！　コレです！」
　感極まって盗賊シーフの下へと駆け寄っていた。
　背後の大激闘バカは完全に失念して……。
「何処にありました？」
「ん？　このちょっと奥。店があった」
「嗚呼、良かった……やっと手に入りました」
「んじゃ、約束通りアタシにも二瓶ね」
「はい」
　そして、二人はホクホクと帰路を歩み出す。
「コレ、保湿性がスゴくしっとりしてるんですよ？」
「ふぅん？　メロウ印の美容液……か。聞かないブランドだけど……ま、試してみるのもアリよね」
「ところで盗賊シーフさん？　新しく出来た道具屋〈ヤスシトキヨシ〉へは行きまして？」
「ん？　まだ」
「あそこ、美容品の類たぐいが充実してますのよ？」
「ウソ？　マジ？」
「ええ。しかも、市場価格の三割引き」
「うわ！　行きたい行きたい行きたい！」
「でしたら、今度の週末に御一緒にどうです？　そうだ！　私わたくしがひとつ買って差し上げます！」
「え？　いいの？」
「はい ♪ 　今回の御礼です。私わたくしも、結構ポイント貯まっていますから☆」
「行く行く行くーー♡ 」
　ガールズトークに花開き、嬉々と去り行く──その背にアホな喧騒を捨て置いて。
「ユシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャアアアァァァーーーーッ！」
「マホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホマホーーーーッ！」

　月が昇る。
　森は鬱蒼うっそうとした妖気を吐き、地虫の鳴き声が寂寥せきりょうを強調する。
　月光の淡き白は蒼と溶け、現実を幻夢へと新生させた。
　モンスター達の活動時間だ。
　今宵も森へと迷い込んだ獲物を探す。
　いや、そうならなかった。
　今宵ばかりは……。
　森の中央に集ったモンスター達は、そこに投棄された異物・・に関心を注ぐ。
　くの字・・・で大地に突っ伏す謎の物体。向かい合っているせいで〝Ｍ字〟にも見えなくはない。
　一応は〝人間〟のようだが黒焦げにしてボコボコ状態で、半ケツをプリンと晒していた。
　……酷むごい。
　何処のモンスターが、こんな惨ひどい醜態に貶めたのであろう？
　森のモンスターとて、ここまでの辱しめは与えない。
　新入りの仕業だろうか？
　正直、薄気味悪い。
　そして、ばっちい。
　だから、とりあえず森の外れに在る断崖絶壁から投げ捨てた。
　眼下の樹海へと投棄した。
「「あああぁぁぁれぇぇぇぇ～～～～～～っ？　エモエたん萌え～～～～～～～～♡」」
　この森は〈欲望の森〉──。
　自みずからの欲望によって破滅するという……。
「「テアルーネさんも萌え～～～～～～～～♡　……もぇ～～～～～～～～♡　……ぇ～～…………」」

［おしまい］