G-MoMo~銀暦少女モモ~:ウチと惑星テネンス Fractal.1
クラゲ探索……って言うか、クルちゃん救出から二日経った。
ウチは教室の机に突っ伏して、思わず「ふぐぅ」と半ベソや。次の授業を準備しようとして哀しなった。
うん? せやよ?
特に任務に当たっとらん時は、学生やねんよ?
つまり〝女子高生〟いうヤツや。
せやから、ウチもリンちゃんも〈PHW〉やあらへんねん。紺色のブレザー制服やねん。
ほんでもって、此処〈コスモウィズ・スクール〉は〈ツェレーク〉内部の都市区画に在んねん。
前も言うたけど〈ツェレーク〉は全長三〇〇メートルにも及ぶ巨体や。
その内部は都市区画も建造されとって、そこに在んねん。
長期間宇宙航行を前提とした場合、いちいち惑星都市や衛星ステーションへ帰還するんは非効率過ぎて実用的ではあらへん。せやから大型宇宙船自体を小規模な宇宙居住地として活用しとるいうワケや。
ともかく新たな指示が入るまで、ウチとリンちゃんは日常生活に戻っとる。簡単に言うたら〝待機中〟いうヤツやね。
「どうしたのよ? モモ?」
隣席のリンちゃんが怪訝そうに訊ねてきた。
ブレザー姿やから見た目の清廉さが一層際立っとる。
中身は同じやけど。
「あんな? 壊れた……」
「頭が?」
「違うよ! ヘリウム銃や!」
「は?」
「ウンともスンとも言わななった……」
「次の授業『宇宙塵対策の射撃実習』じゃん? どーすんのよ?」
「ふぐぅ……どうしよう?」
みるみる視界が滲んだよ?
この〈コスモウィズ・スクール〉は、旧暦でいう〝学校〟とは若干概念が違うねん。
基本的な〝学力向上教育を受けるための学習施設〟だけやなくて〝自身が宇宙生活へと適応するのに必要な知識や技能を拾得する教習施設〟でもあんねや。
具体例としては『宇宙船の操縦方法』『エネルギー機器の扱い方』『無重力空間での作業ノウハウ』とかやね。
宇宙環境で生活するとなれば、まず最優先に習得せなアカンのは、そういう実践的技能やもん。
それが無かったら〈宇宙航行艇〉で宙域活動も出来へんから、他惑星ステーションへ買い物や外出も行けへんよ?
何よりも宇宙生活は些細な事で大小様々なアクシデントが生じるから、いざという時に身を守る対応も出来へん。
……危険や。
……死と隣り合わせや。
「原因は?」
「知らへんよ」
「じゃ、心当たりは?」
「判らへんねん」
「落としたとかも?」
「落としたよ?」
「何処で?」
「家で。手ェ滑ってツルーンと。そしたら、味噌汁鍋に落ちてん」
「……それだわ」
どれだわ?
「ドジも大概にしないと、単位不足で進級できないわよ?」
「ふぐぅぅぅ……」
「だいたいアンタは、いっつも抜けて──」
「ふぐぅぅぅぅぅ……」
何や視界が涙でプールみたいなった。
どうしたらエエか分からへん。
「えっぐ……えっぐ……ふぇぇ…………」
「ななな泣く事ないじゃん!」
「せやかて……進級出来へんかったら、リンちゃんと離れ離れなってまう!」
「はぁ? そっち?」
「ウチ、イヤや! リンちゃんと一緒がエエ!」
「ったく……見せてみ?」
軽い溜め息がてらに、ウチのヘリウム銃を調べるリンちゃん。
「電磁銃口の調子は撃ってみないと解らないとして……とりあえず変換システムには異状無いみたいね。となると、圧射式撃鉄? ん~……でもないみたいだし……」
入念にヘリウム銃を観察してはる。
そしたらな?
──ズドォォォーーーーン!
銃、大暴発した。
銃口からクラッカーみたいに、ぎょうさん榎茸が飛び散って、窓ガラス全部木端微塵にした。
直ったみたいや……。
さすがや! リンちゃん!
「まったく貴女達は、毎回毎回……」
校長室──ウチとリンちゃんを傍らへ立たせたマリーは、こめかみ押さえに溜め息を零した。
これで何度目の光景やろか?
デジャヴしかないわ。
「ア……アタシじゃないもん! これはモモが──」
「天条さん、言い訳しない」
「うう……」
せやねん。
日常に於けるマリーは、ウチらの校長先生やねん。
この〈ツェレーク〉の艦長にして校長やねん。
ウチらがマリーに逆らえん理由のひとつや。
「あんな? マリー?」
「陽ノ咲さん、学校では『校長先生』を付けなさい。最低でも『先生』は必須です」
「あんな? マリー? 校長? 先生?」
「……分けない」
「ウチ、リンちゃんと一緒がエエ」
「……はい?」
「せやから、ウチも進級したいねん」
「だったら、勉強に励み、問題を起こさない」
「イヤや! ウチ、勉強キライや!」
「アンタ大物か」
隣のリンちゃんが、呆れながらに指摘しはった。
マリーは再び溜め息や。
「その救済処置として、貴女達には、私の〝探索活動〟を手伝わせているのだけどね……」
「いや、その〝貴女達〟ってのヤメてくんない? アタシは〝モモのお守り役〟だし? アタシ、成績いいし?」
せやねん。
これがウチら──っていうか、ウチ──が〝マリーに逆らえん理由その2〟や。
マリーの私的研究の手伝いしたら、多少は単位に下駄履かせてもらえんねん。
簡単に言えば『単位目当てのアルバイト』や。
実際、マリー自身から小遣い程度の報酬も出るけど。
ちなみに分野は『総合宇宙考察学』とかいうヤツで、文字通りに『あらゆる学問分野を総合的に融合考察して宇宙史全体を研究する新鋭分野』らしい。せやけど、それがどういったものなのか……実はウチ、よう解らへん。難しいのキライやもん。
もちろん教職者としては禁則やよ?
せやから、周りには内緒や。
この事を知ってるんは、レスリー長官と銀邦政府の一部だけやねん。
まあ、そうした〝学生的事情〟以外にも、理由はあんねんけどね?
それは追々や。
「……とりあえず、また『個人教授』の申請はしておいたわ」
「は? って事は、またアタシ達〈探索〉に狩り出されるワケ?」
サラリと告げるマリーに、リンちゃんが頓狂な抑揚で訊ね返す。
ウチとリンちゃんが出動になる時は、マリーが『個人教授』として学校へ休暇申請すんねん。
便宜的名目は『現地実習』や。
そうでもないと、長期不登校扱いになってまうからやねんね?
もちろん、そうそうしょっちゅう罷り通る理由でもあらへんのやけど、それを可能としているんは『マリーが銀暦学会きっての天才やから』と『校長権限の職権乱用』……それから『レスリー長官の御墨付き』という三重の威光が効いとるからや。
「って事は、クルちゃんから何か情報の進展があってん?」
「ええ、どうやら次なる〈ネクラナミコン〉を察知したみたいね」
「クラゲは? どないしたん?」
「現状、行動が沈黙化しているから手の打ちようがないわ。当面は〈ネクラナミコン〉優先ね」
「ったく、どっちもこっちもメンドクサイわね」と、リンちゃんは吐き捨てた。心底辟易してはる。「で? いつからだッつーのよ?」
「いまからよ?」
「「…………はい?」」
『ツェレーク、空間転移完了──量子波動安定化──現フラクタルブレーン座標照合、3f\4b次元、マイナスコンマ0008誤差修正──滞在可能推定時間、二時間二〇分リミット────』
次空転移が終わった。
また別の〈フラクタルブレーン〉や。
ウチらはツェレークの操縦室──とは言っても艦橋型やなく頭部内の大型コックピットやけど──から、新たな探査舞台となる宇宙空間を眺めとった。
「んで? その〈ネクラナミコン〉とやらは、何処に有るワケ?」
リンちゃんがクルちゃんに訊ねる。
そこはかと無く不機嫌やね?
あ……たぶん、まだクルちゃんに心を許してないん?
「天条リン、訂正しておく。正確には〈ネクラナミコンの欠片〉……」
「どっちでもいいッつーの! アタシはさっさと片付けて、面倒事を軽減したいんだから!」
「……了承した」
クルちゃんは感情の機微も見せず、徐に手近なコンソールを操作し始めた。
それによって、室内中央に身の丈以上の大きな仮想ディスプレイが電子板と立つ。
そこに投影されたんは、この周域を纏めた宇宙海図や。
無論、事前にデータがあったワケやないよ?
時空転移直後、ツェレークは周囲に〈ニュートリノビーコン〉を散布照射して、その反響を即時キャッチ──そのデータを基にリアルタイム構成したものや。
つまり〈クルちゃんのエイ〉を仮想モデリング識別した方法の広域版や……って、事前にリンちゃんから叩き込まれたわ。
事前にスパルタや!
ウチ、勉強キライやのに……ふぐぅ!
「このまま進行すれば〈惑星テネンス〉に遭遇する。そこに有るはず」
仮想宇宙海図を指して、今後の指針を示唆するクルちゃん。
「惑星テネンス……どんな惑星なの?」と、表マリー。
「樹林や草花に恵まれた惑星。原生生物は、その恩恵によって自然共存サイクルへと帰属している」
「ふ~ん? で、何でアンタは〈ネクラナミコン〉の在処を断定できるワケ?」
露骨な値踏みを向けるリンちゃん。
クルちゃんは一瞥を向けて種明かし。
「理屈は簡単。この〈ネクラナミコン〉は、引かれ合う性質だから。私は、その意思を伝達しているに過ぎない」
「へぇ~? アンタ、石と話せるの? 人間相手にはコミュ障なのに?」
「別に〝石〟と話せるわけではない。単に〈ネクラナミコン〉の意思に関しては感受できるだけ」
「つまり〝選ばれし巫女〟って? 御大層な身分じゃん?」
リンちゃん、ちょっと攻撃的や。
コレ、良くないねぇ?
クルちゃん、さすがに可哀想やんな?
「だったら、いっそ石コロと友達に──」
「ふぐぅ!」
「──なったらタタタタタターーッ!」
えへへ ♪ ギュッとしたった ♪
ハグしたら、みんな仲良しなるよ?
「コラ! モモ! 放せ! このベアハッグ娘!」
「仲良うしてぇ! ウチ、リンちゃんとクルちゃんに仲良うしてもらいたい!」
「放せッつーの!」
「イ~ヤ~やぁ~! 仲良うしてぇ! ウチ、どっちも友達やもん!」
「……うっ!」
涙汲んだウチの顔を正視して、リンちゃんは少し息を呑んだ。
そして──「ハァ……分かったッつーの」──承諾してくれた ♪
「ほんま?」
ウチはコクンと小首傾げて確認する。
「仲良くするかどうかはソイツ次第として、とりあえず〈ネクラナミコン〉探索には素直に準じるわよ」
「天条リン、決断に感謝する」
「言っておくけど! もしも『アンタが信用できない』と判断したら、即座に〈敵〉として認識するからね! それに──」リンちゃん、ウチの頭を撫で撫でしてくれた。「──この子を危険な目に遇わせたら承知しないんだから……」
何やエラい小声やねぇ?
呟き、聞き取れんかったわ。
「……了承した」
クルちゃん、聞き取れたん?
耳いいねぇ?
でも、これでみんな仲良しや ♪
せやからウチ、リンちゃん好きやねん ♪
ツンツンしとるけど、ホンマは優しいねん ♪
「リンちゃん大好きや ♪ ふぐぅ ♪ 」
「イタタタタタタッ?」
嬉しなってギュッとしたった ♪
「承諾したのに、何で更に絞めつけてんだッつーのォォォーーッ!」
「ぎゃん!」
ハリセンや!
「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」
「潤々して『痛いよ?』じゃないッつーの! 毎回毎回、何でこの流れだ! 少しは学習しろ! この脳ミソ新喜劇娘!」
リンちゃん、あんまりや……。
そんなこんなの姦しさの中で、目的の惑星は接近しとった。
もうすぐ出動や。