松下幸之助と『経営の技法』#119

6/13 適格と不適格

~私情にとらわれず、不適格な人はかえる。他の場所で、立派に花を咲かせてもらう。~

 部下のことにしろ自分自身のことにしろ、適格であるか否かの判断は、私情にとらわれることのない適正なものでなければなりませんが、そうである限りは、不適格な人をかえるのに躊躇してはいけないと思います。そして実際、他の部署に関わることによって、そこで立派に花を咲かす人もたくさんあるわけです。
 これは結局、部の運営がうまくいくもいかぬも、部長一人のあり方いかんにかかっている。つまりは部長一人の責任であるということですが、会社が着実に発展していくためには、そういうことが日々適切に行われなければなりません。それだけの責任を常に負うているのだという自覚こそ、幹部社員として欠かせない一つの大切な要件ではないかと思います。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 この言葉から連想されるのは、「適材適所」という言葉でしょう。
 しかしこれは、どこかで自分が生かされる場所がある、という甘い意味ではなく、経営者は、合わない人にいつまでも合わない仕事を任せてはいけない、という厳しい意味です。この言葉にしたがえば、会社が十分大きく、社内で色々な機会を準備できる場合には配置転換ですみますが、そのような機会を社内に見つけられない場合には、その従業員には会社を去ってもらうことにもなりかねません。つまり、会社の外で「立派に花を咲かす」ことが期待されるのです。
 そして、この厳しい判断を管理職者に求めている点が注目されます。
 これは、内部統制の構造から見た場合、管理職者に会社から人事権が移譲されていることを意味します。もちろん、実際に配置転換したり解雇したりする場合に、管理職者だけで決定できない構造にしている会社もあるでしょうが、その前提となる人事考課は、管理職者が責任を負う業務です。さらに、配置転換や解雇についても、最終判断は経営者や人事部が行うかもしれませんが、合わないので動かす(辞めさせる)べきだ、という評価や提案は、まずは管理職者が行うべきですから、相当の権限を持っていることになります。
 その管理職者に対し、経営者と同様、厳しい判断を求めているのです。
 これは、経営や内部統制上、管理職者の能力がカギとなっていることを意味します。すなわち、経営者が何でも決めてしまう規模の会社であれば、全ての判断と責任を経営者が負えばすみます。
 けれども、会社規模が大きくなれば、経営者の手の届かないところでの組織的な活動が必要となり、その割合や重要性も増していきます。そこでは、経営者は会社の方針について判断し、責任を負う一方で、それを実現するための様々な機能については、機能や役割ごとに設けられた下部組織が判断し、責任を負います。そのためには、各下部組織のリーダーが、言わば経営者として判断し、責任を負うことが必要となります。
 実際、例えば古代ローマ軍が強大な勢力を誇ったのは、百人隊長と呼ばれるチームリーダーが優秀だったからである、と言われることがあります。経営も組織運営ですから、管理職者の能力が、会社組織の能力を決定するのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者には管理職者の能力を高め、会社の組織的な活動能力を高め、会社全体の業務の品質や領域を広める(深める)ことが、資質として求められます。
 特に、自分が会社の全てを知らなければ気がすまないタイプの経営者に多く見受けられるのは、管理職者に権限を与えず、全て自分の指示通りに動くようにしてしまう傾向です。会社が一致団結して動く、という力強さが期待される反面、経営者の手の届かない部分が生じるわけにはいきませんので、会社の規模に限界ができてしまいます。
 投資家としては、会社の種類や、ステージによって、経営者に求められる資質が変わってくることも視野に入れて、経営者の選解任やコントロールをする必要があるのです。

3.おわりに
 松下幸之助氏は、経営者や従業員の心構えについて論じる場合が多く、組織論に関する問題意識は、その言葉の背景から考えたり、他の言葉との関係性から読み取ったりする必要があります。しかし、今日の金言は、会社の組織論に直接かかわる話です。会社組織の在り方に関する松下幸之助氏の問題意識が垣間見られるのです。
 さらに、だからこそ、松下幸之助氏が個人の心構えだけを語っているように見える場合であっても、その背景には氏の経営論や組織論があり、表面上の意味だけでなく、その背景を読み解くことの重要性が明らかなのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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