松下幸之助と『経営の技法』#138
7/2 責任者が負うべき責任
~みんなの意見で決めたことでも、その全責任を負ってこそ、責任者たりうる~
長たるものは、その判断をするにあたって、最終的には自分一人の責任においてこれをしなければなりません。いくら大勢で決めたことだからといって、一度それを採用したからには、すべての責任を自らが負うのが本当です。「それは私の責任です」ということが言い切れてこそ、責任者たりうるわけです。
ところが実際においては、そういうことをわきまえている人は、それほど多くないように思われます。したがって往々にして、「みんなの意見で決まったことですので……」といって、責任者が負うべき責任をも回避するというようなことが起こってきます。
しかし、たとえ多数決で決まったことであっても、その責任者が「これは絶対によくない。自分の責任においてできることではない」と判断した場合は、そのことをはっきりと明言してやめさせるか、それができなければ自ら責任者としての地位を潔く退くということも考えられると思います。とにかく責任者としての出処進退を明らかにするということです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
最初に確認すべきは、多数決のような意思決定の可否です。
うがった見方をすれば、多くのメンバーの意見を聞くとリーダーが責任を負えなくなるので、リーダーが責任を負うために、多くのメンバーの意見を聞くべきではない、という結論ではない、すなわち、多数決のような意思決定をすること自体は否定されていない、という点です。
むしろ、松下幸之助氏は、他の発言も合わせてみると、組織の意思決定過程は多数決のように多くの英知を集めて行うべきである、と考えているようです。
つまり、氏は、英知を集めた方法で意思決定が行われた場合の問題点を指摘しているのです。
ここで、氏の言葉を理解するために、「衆議独裁」という言葉を紹介しましょう。
これは、意思決定と執行を明確に分け、意思決定では「衆議」、すなわち多数の意見を参考にして意思決定するが、執行では「独裁」、すなわちリーダーが権限と責任を負い、リーダーの決定や指揮に全員が従い、一丸となって活動する、というものです。「独裁」という毒のある言葉なので誤解を受けますが、決定プロセスと執行プロセスの違いや、組織のリスク管理の在り方などについて、端的にその合理的な在り方を示しており、非常に有意義な言葉です。
さて、この「衆議独裁」でもはっきりしない問題が残されています。
それが、ここで松下幸之助氏が問題にしている点、すなわち「衆議」の結果について、リーダーは、「衆議」の結果に拘束されるのか、それとも、「衆議」に従わなくていいのか、という点です。
解答は、会社の個性や状況によって異なる、ということですが、松下幸之助氏が特に重視しているのは、リーダーシップです。つまり、原則がどちらになるのか、という視点で見た場合には、リーダーは「衆議」に従わなくても良い、責任を持てることについて、責任を持ってリーダーシップを発揮しろ、という点です。リーダーに求められるのは、チームをまとめ上げてリードすることですが、責任を持てないのにリードすることはできませんから、究極的な場面では、突き詰めると「潔く退く」「出処進退を明らかにする」ことが、リーダーとしての責任と権限を両立させるうえで必要となるのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、「衆議」、すなわち会社従業員や、時には社外の専門家など、様々な情報や意見を収集して意思決定を行うものの、「独裁」、すなわちリーダーとして責任を負いつつ、従業員を一丸としてまとめ上げて決定事項を実現させる、という役割を自覚し、それをやり遂げる能力が必要である、ということがわかります。
時に、松下幸之助氏が従業員の知見を重視しているところから、民主的なリーダーであると受け止められていますが、ここでの発言のように、いかに「衆議」に基づく決定であっても、自分で責任を負えない場合にはその決定に従わない、という熱烈さが備わっており、そこに、リーダーとしての信念が感じ取れます。
責任を負えないことはやらない、ということは、逆に一度やると決めた以上は、責任を持ってやり遂げる、ということなのです。
3.おわりに
時に、リーダーの方が折れて、「衆議」に従うべき場面もあるでしょう。
そのときには、責任を持てない、と感じる経営者自身ではなく、責任もってチャレンジしたいと考える者をリーダーに指名し、機会を与える方法が良さそうです。このように、会社として取り組むことを決定し、リーダーを指名すれば、そのリーダーに「独裁」権限を与えるのです。つまり、「独裁」権限を、当該案件のリーダーに与えた以上は、権限を与えたリーダーこそ、邪魔をせず、その指示に従うべきなのです。
このように、責任と権限を与えるという「独裁」の言葉の意味も、考えておきましょう。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。
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