松下幸之助と『経営の技法』#160
7/24 社長を使う
~社長や上司を積極的に使う。そうして会社は発展していく。~
例えば、仕入れの人が「大将一つお願いがあるんですが……」とやってくる。その時分は町工場だから”社長”とは言わずに、みんな私のことを“大将、大将”と呼んでいた。それで「なんや」と聞くと、「実は今あそこの工場とこういうように交渉しているんです。大体話が90%までいってるんですが、大将一ぺん顔出してください。話のほうは私がここまで進めてますから、大将は礼さえ言ってもろうたら、あとはうまくまとまります」と言う。それで私も「そうか、それは結構やな。よっしゃ」と、その人と一緒に先方に行って、「いや、この人から話聞いて、あなたが非常に勉強してくださっているということで、まことに感謝しております。松下電器が将来大きゅうなれば、あなたのほうへの注文もそれだけ大きゅうなりますし、どうかひとつよろしゅう頼んます」と、あいさつする。先方も「それじゃあ、そうしましょう」ということで、話がまとまる。
そういうことが、仕入れの面だけでなく、営業の面でも、その他の面でもたくさんあった。そのようにみんなが私をどんどん使って積極的にやってくれた。それで会社も急速に発展してきたわけである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
1つ目は、上司をツールとして捉えている点です。
これは、『法務の技法(第2版)』の「上司と社内政治」で検討したところと同様で、上司を仕事のツールとして活用しよう、というものです。この「上司と社内政治」では、会社内での調整や社内プロセスの中で「上司」を活用する場面を念頭においているため、ここで松下幸之助氏が社外との関係で「上司」を活用しようという場面と、状況が若干異なりますが、「上司」をツールとして見る点では同様です。
2つ目は、その背景にあるビジネスモデルです。
組織上、上司は人事権を行使する立場にあります。つまり、会社から委譲された人事権(指揮命令権、人事考課権、など)を行使してチームを束ね、リードし、業務を遂行していきますから、基本的に上司は従業員に対して指示を出す立場にあり、その逆ではありません。
そして、特にワンマン社長やベンチャー企業などに多く見かけられますが、組織の一体性を重視し、従業員には命令を忠実に遂行することだけが期待されるような、一体性重視のモデルがあります。ニッチな商品やサービスで勝負している場合には、組織全体がブレずに一体となって活動し、流れを作り出すことが大事なのです。
他方、松下幸之助氏がたびたび指摘するように、従業員の自主性を重視するモデルがあります。もちろん、組織の一体性が壊れない範囲内での話ですが、従業員のモチベーションを高めるために、また従業員や現場の多様な意見を活用するために、従業員の自主性を活用するのです。多様性重視のモデルと言えるでしょう。
そして、ここでの松下幸之助氏が引き合いに出す具体例は、従業員が自主的に話を進めてお膳立てをし、経営者はそれに乗っかるだけ、という仕事の進め方です。従業員が、それぞれ重要と思う取引先を開拓していく中での活動であり、まさに、多様性とモチベーションという目的に沿う活動が行われているのです。
逆に言うと、上司を活用しろ、と言ってみたところで、会社が一体性を特に重視し、普段から従業員の自主的な活動が許されていない状況では、「上司」をツールとして使いこなすことは、現実的に期待できません。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者が選択するビジネスモデルとして、松下幸之助氏はかなり早い段階から多様化を推し進めていたことがわかります。もし、組織の一体性を重視し、従業員に対して命令の忠実な遂行だけを要求するような組織であれば、従業員にここまで自由に活動させないでしょう。
つまり、事業の成長過程とビジネスモデルの関係として見た場合、経営者の力量と組織の一体性に基づく突破力によって流れを作り出し、ある程度の基盤を作ってから従業員の自主性を育てていくのではなく、相当早い段階(「町工場」の段階)から従業員の自主性に任せ、多様性を重視していたのです。
実際、それぞれの従業員が手分けして取引先を開拓し、それが事業拡大の重要な基盤になっているようですので、早い段階から取引先の開拓に取り組んだ従業員は、経営者とともに事業の基盤づくりまで任されていたことになります。
さらに、経営者に求められる資質として見た場合、従業員たちに丸投げしているのではなく、要所要所で自らサポートに回り、しかも開拓先に対して失礼の内容に、しかし上手に従業員の活躍を褒めるなど、上手に従業員との距離を取っています。過剰な干渉でもなければ、丸投げして放置してしまうのでもない、そういう距離感で、従業員のやる気を引き出しているのです(7/9の#145の「背中を見る」を参照してください)。
3.おわりに
共に事業を基盤から作り上げる役割りを与えられた従業員たちが、それを意気に感じたであろうことまで、松下幸之助氏の話の中から生き生きと伝わってきます。
氏は、折に触れ従業員の自主性を重視する経営の重要性を繰り返し説いていますが、この多様性重視の経営モデルは、それだけ長い実績に基づく信念に裏打ちされたものなのです。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。