松下幸之助と『経営の技法』#81

5/6の金言
 瞬間に立派なものを考案し、瞬間に製造ができてこそ、達人といえる。

5/6の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 書道の入門者は、長い時間かけていろいろ苦労しても、なかなかいい字が書けない。しかし、書道の達人は、白紙の上に瞬時に、人が称賛する字が書ける。そこには、極めて大きな力の相違がある。
 私たちが仕事の上で、考案、生産、販売するときも同じである。瞬間に立派なものを考案し、瞬間に製造ができるということは、その道の達人になってはじめてできること。できるけれども、そのために10日も20日もかかるようなことは、ものによってはそういう場合もあるが、決してほめられることではない。それは、結局、未熟であることを示すものだ。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 精神論から言えば、修行が大事、ということなのでしょうが、合理主義者である松下幸之助氏の言葉ですので、会社組織の力の問題を述べている、と見るべきでしょう。
 その中でも、特に「考案」に重点が置かれていますので、日常業務ではなく、新規業務の開発などに関する企画開発力をイメージすると良さそうです。
 すると、ここからは2つの意味が読み取れます。
 1つ目は、定常業務ではなく、非定常業務の場合には、製造業の場合にイメージしやすいですが、サービス業の場合も同様に、会社の様々な能力が必要です。基本がなっていなければ何も応用できないからです。大雑把に言えば、新しいものをやるために、必要な基礎から学び直さなければならないのであれば、時間がかかって当然です。これに対し、富士山の曲線のように、裾の部分が広く、しっかりしていれば、新たな山を築くこともより容易になります。そのような、事業に関する基礎的な能力の広がりと強さが、新規開発のスピードを早めるのです。
 そうすると、1つ目のポイントは、目先の業務に関する技術や能力だけでなく、基礎的な技術や能力も疎かにせず、常に研究し、磨いていかなければならないことになります。この発想から行けば、会社の事業の基礎となる部分をアウトソーシングすることなど、到底許されざる行為、ということになりそうです。
 2つ目は、スピードの重要性です。
 これは説明するまでもありません。市場は、会社同士の戦いの場です。市場の需要・ニーズを見極め、先行者利益を獲得し、競争を優位に運ぶことは、古来から現在まで共通するビジネスの基本戦略です。しかも、競争環境は必ず変化しますが、現在の商品やサービスに満足している限り、競争環境の変化についていけません。競争環境の変化に対応できるためにも、必要な時には迅速に新規業務の開発ができなければ生き残れないのです。
 すると、どのように会社の基礎体力をつけるのか、が問題になります。
 けれどもこれは、会社の状況に応じた経営判断とその実行そのものであり、一概にその具体的な方法を決定することはできません。ここでは、経営判断する際の方向性について、以上のとおり議論を整理するにとどめます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、会社のコストカットのためには、人員削減や、(一見不要に見える)基礎的な業務のアウトソーシングなどが、目に見える効果をすぐに出します。いわゆるV字回復としてチヤホヤされる方法でもあります。
 けれども、実際にはこれによって会社の競争力まで削がれてしまい、回復も一時的なものに終わってしまう例が見受けられます。
 会社を人体に例えれば、ダイエットさえすれば強靭な体力(競争力)が付くわけではありません。短距離走者と重量挙げの選手では、付けるべき筋肉や運動能力も異なります。競技種目にとって無用な筋肉は落とすものの、必要な筋肉はむしろ意識的に強化すべきです。コストカットは、指標の1つにはなりますが、目的どころか、手段ですらなく、適切な「選択と集中」こそが、真の競争力回復のための手段のはずです。
 特に、会社経営の立て直しが必要な時期には、目先の数字だけはまず回復しなければ、という状況になりがちですが、本質を見誤らない、骨太な判断ができ、リーダーシップを発揮できる経営者が必要であり、それが、経営者を選ぶ際の資質の1つになるのです。

3.おわりに
 経営者の資質は、危機的な状況の時に明らかになるのと同様に、会社の能力も、日常的な業務の中では見えないものです。だからといって、わざわざ危機的な状況を招くべきでもありません。
 そこで、新規事業の開発などを通して、会社の基礎的な体力を維持し、高めることが重要となります。経営の神様として、経験豊富な松下幸之助氏は、そのようなことまで意識して、このような発言をしたのでしょうか。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。



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