松下幸之助と『経営の技法』#87
5/12の金言
磁石の力が鉄をひきつけるように、誠実な熱意は思わぬ加勢を引き寄せる。
5/12の概要
松下幸之助氏は、以下のように話しています。短いので、そのまま引用しましょう。
お互いの仕事でも何でも、それに臨む心がまえとして大事なことはいろいろありましょうが、一番肝心なのは、やはり誠意あふれる熱意だと思います。知識も大事、才能も大事であるには違いありませんが、それらは、なければどうしても仕事ができないというものではありません。たとえ知識が乏しく才能が十分でなくても、何としてでもこの仕事をやり遂げたい、そういう誠実な熱意にあふれていたならば、そこから必ずいい仕事が生まれてきます。その人自身の手によって直接できなくても、その人の誠実な熱意が目に見えない力となって、自然に周囲の人を引きつけます。目には見えない磁石の力が、自然に鉄を引きつけるように、誠実な熱意は、思わぬ加勢を引き寄せ、事が成就するということが多いと思うのです。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
最初に、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
誠実さと熱意が周囲を巻き込む、という人間的な魅力については、その通りだと思いますが、先に、この人間的な魅力を、会社経営で活用する方法を考えましょう。
まず、誠実さと熱意が備わった人に求められる役割です。
他人を巻き込む点を見れば、その人にはリーダーとなって欲しいところですが、そのためには条件があります。松下幸之助氏の発言は、どうやら、本来自分でやるべき仕事があって、そこに人を巻き込んでいく場面を想定しているようです。しかし、本来のリーダー(プレイング・マネージャーではないリーダー)は、最初から他人を利用すること、すなわち自分ではなく他人に仕事をさせること、が求められます。他人を使うことが経営である、と経営学でも言われるところであり、経営者には他人を使う能力が求められるのです。
つまり、誠実さと熱意は、自分の仕事を人に手伝ってもらうために役立たせるのではなく、他人に仕事をしてもらうために役立たせることができれば、リーダーとなるのです。
したがって、まずは誠実さと熱意をもって仕事に取組み、多くの人が助けてくれるような魅力が備わってきたら、リーダーとして必要なリーダーシップを身につけていく、という方法で、管理職やさらに経営者として育てていくことになるのです。
次に、この誠実さと熱意が備わった人材の集め方です。
最初から、このようにピュアな人ばかり採用できれば、経営者として苦労しません。したがって問題は、誠実さと熱意を他の従業員にも伝染させていく組織作りです。社員教育や表彰制度、人事考課や日頃からの業務運営など、様々な手法を組み合わせていくことになりますが、共通するポイントとして理解しておきたいのは、集団の心理です。
例えば、スキー場ではスキーが上手な人がカッコよく、そこでどんなにテニスが上手でも、スキーの上手な人にかないません。スキー場だからこそ、あるいはスキー場で輝く自分をイメージするからこそ、スキーが上手になりたいという意欲が湧いてくるのです。
同じように、職場でカッコいいのは仕事ができる人です。しかも、仕事ができる、というイメージには、様々なタイプが含まれるところです。そこで、この会社で「仕事ができる」ということは、誠実に熱意をもって仕事に取り組むことなのだ、というイメージを打ち出し、社員共通の認識、すなわち社風にまで高めていくのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求められる資質として、誠実さと熱意が上げられます。
他人を動かすのが経営者である(経営学)のに、誠実さや熱意がなくて他人を動かせるのか、という根本的な問題です。多少不誠実でも、他人を上手に働かせることができれば、すなわちそれだけの熱意(=熱量)があれば、経営者になれるように見えるかもしれません。
けれども、その場合でもビジネスをやり遂げようとする一途さや執着心は、並外れたものが必要です。一時的な熱意では足りず、持続的でしつこい熱意が必要であり、そのしつこさの一つの表れが誠実さである、という見方もできそうです。誠実さは、人格そのものから出てくるものであって、時期や相手によって使い分けるようでは「誠実」とは言えないからです。このように、誠実さも持続的な熱意の源泉になり得るのです(誠実さが熱量を伴わない場合もありますが)。
そうすると、経営者に選ぶ人として、持続的な熱意のある人が条件であり、その持続的な熱意の源泉が、誠実さにあるか、そうでないのか、という問題に整理できます。
ここから先は、誠実な経営者とそうでない経営者のどちらに投資したいのか、という問題です。
たしかに、あまり誠実そうには見えないが強烈な個性の経営者が、会社を大きく成長させている様子も、よく見かけられます。戦国武将にはこのようなタイプが多かったのだろう、とも感じられます。
けれども、本当に大きな会社を率いたり、会社を長く安定的に経営したりする経営者には、誠実な経営者が多いように見受けられます。会社をリードする場面でも、会社が社会の中で活動する場面でも、関りが多くなってくるほど、誠実な人柄の方が衝突やトラブルが少なく、周囲にも受け入れられやすいことから、活動範囲が広がるのでしょう。
これが行きすぎると、八方美人で調整能力しかなく、リーダーシップや改革力が無くなってしまいますが、会社の大きさや成長のステージに応じて、経営者に求められる資質や人格などが異なってくると言われる背景には、このような事情もありそうです。
3.おわりに
弁護士登録後、最初は法律事務所で修業をしていましたが、そのとき、体力があれば能力は後からついてくる、と言われていました。誠実さや熱意も、体力あってのことですので、体力問題の方がより根源的、と言えるかもしれません。体調がよく、睡眠も十分とれていて元気な時には、他人に誠実になれるし、熱意も生まれてくるのです。
どう思いますか?
※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。
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