松下幸之助と『経営の技法』#176
8/9 集金と支払
~健全な会社は金に対して敏感・厳格である。集金も支払いもキッチリとしている。~
金をルーズにすれば、何もかもがルーズになるものです。ですから健全にやっている会社なり商店は、日頃から金というものには比較的敏感で、集金についても支払いについても実によく気を配っておられるように思います。そういうところに、商売の大事なカナメというものがあるのです。
これはある問屋さんのことです。そのお店は、それほど大きな商売をしておられるわけではないのですが、どこも容易でない今日の情勢下で相当利益をあげて、しかも着実に蓄積されているのです。それでいて、小売店さんからは非常に愛され、仕入先からも深く信頼されているのですが、それというのも、日頃から集金をキッチリし、また支払いもキッチリし、ひいては取引のすべてにわたってキッチリしていたということなのです。つまり経営の至誠というものが誠実で、そして正確であったわけです。相互の信頼というものは、結局こうした姿から生まれるのだと思いますし、商売の繁盛の原理というものも、案外こうした平凡なところにあるのではないでしょうか。難しく考えることはないと思います。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
支払も請求もしっかり、ということは、一面、取引上の問題であり、取引先の信頼を獲得する1つの方法として、つまり競争戦略の1つとして見ることが可能です。つまり、「しっかりした会社」という印象付けをする、一種の差別化戦略であり、ブランディングの一種とみることができるのです。
けれどもこの戦略は、実態が伴わなければ意味がありません。社内での取引先管理がしっかりできていることが、重要です。したがって、ここでの話は、会社のブランディングや差別化の話のようでありながら、実際に会社内部での管理体制がしっかりしていることを前提にする話なのです。
では、どのような内部統制が必要なのでしょうか。
その手掛かりとして、支払や請求がしっかりされていない会社の問題を考えてみましょう。
1つ目は、支払管理です。
支払が遅れてしまうのは、1つは実際に資金繰りに苦しい状態であり、本業がうまくいっていないことが最大の原因となるでしょう。それ以外に、管理の問題として見た場合、取引先との対応窓口となる営業部門や調達部門よりも、経理部門に問題のある方が多いでしょう。営業部門や調達部門は、取引先の機嫌を損ねないようにしようと行動するのが普通だからです。
けれども、経理部門に問題があると、会社の管理ができません。これは、会社組織運営上重要なツールである「人」「金」のうちの後者について、十分管理できていないことを意味します。会社を人体に例えれば、会社の中を巡る血液に該当する「金」が、どこかで滞留しているという、循環器系の疾患の可能性がある、ということです。
それでは、思いがけないときに重大な資金欠乏を生じさせることになります。また、税務申告の信頼性が否定されてしまえば、そこから申告漏れに対するペナルティを受けるなどの問題も生じます。組織にとって、「金」の管理が重要であることは、古今東西共通の認識であり、例えばどの国の政府でも、財務を所管する大臣の発言力や権威は、閣僚の中でもトップであることが通常です。
2つ目は、請求管理(入金管理)です。
こちらは、資金繰りに余裕が出てくると発生しやすくなるでしょう。それ以外に、管理の問題として見た場合、同様に経理部門の管理が甘い場合もあり得ますが、特に、営業部門や調達部門に問題がある場合が多くなります。取引先や顧客からの、支払猶予の申し入れに対して、どうしても厳しいことが言いにくいからです。
このように見ると、経理部門に関する同様の問題(循環器系の問題)のほかに、人体に例えた場合、「心」の弱さの問題が出てくる、と言えるでしょう。すなわち、「嫌われたらどうしよう」「怒らせたらどうしよう」という迷いが、決断を鈍らせ、行動を躊躇させるのです。
そして、経営上、会社の活気や従業員のモチベーションは、組織を前進させる重要なエンジンとなります。前向きな気持ちになれなければ、人生が苦痛になり、働くことも遊ぶことも億劫になります。それだけ重要な「心」に、張りが無くなっている可能性がある、ということです。
このような観点から、支払や請求が遅れがち場合には、会社のどこに問題があるのかについて、このような問題点の概観を参考に、探し出してください。組織の健康状態が悪化する前に、必要な対策を講じましょう。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、「お金にルーズでないこと」が重要です。株主は、お金にルーズな人を経営者にしてはいけない、ということです。
たしかに、個人の問題と組織の問題は別、と言えなくもありません。例えばしっかりとした番頭さんがいれば、お金にルーズな経営者でも、お金以外のビジネスに集中し、その能力を発揮できるかもしれません。
けれども、会社のお金と個人のお金の境界が徐々に曖昧になっていくことは、誰でも簡単にイメージできるほど、容易に発生することです。しかも、内部統制上の従業員は、全て経営者によって給与が支払われ、その指揮命令下に属しますので、経営者のお金のルーズさに対し、簡単に異論をはさむこと等できません。
つまり、お金にルーズな経営者に会社を任せておいて、けれども会社はお金についてしっかりしている、という状況を維持するためには、株主からの強力なコントロール(ガバナンス上の体制)か、よっぽど経営者の信頼を得ていて、経営者の耳に痛いことも言えるだけの番頭などがいる場合(内部統制上の問題)の、いずれかが必要なのです。
3.おわりに
会社組織は、経営者がミッション(適切に儲ける)を果たすためのツールです。経営者のビジネスのセンスを、組織として拡大し、現実化していくのが、組織運営ですから、経営者がお金にルーズであれば、自然と会社もお金にルーズになってしまいます。そうさせないために、相互牽制が働くように、内部統制上もガバナンス上も、工夫がされるのです。
実際、経営者も神ではありませんから、完全な人間ではありません。
ここでは、お金にルーズかどうか、という点から見ましたが、経営者の強いところと弱いところを見極め、危険を早めに検知したりブレーキを踏んだりできるような仕組みや措置を考えることも重要です。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。