松下幸之助と『経営の技法』#120
6/14 仕事の遅速
~いつ需要が変わるかわからないと覚悟し、日々の仕事の速度を絶えず勘案していく。~
1つの品物が、今日人気を博してよく売れるからといって、明日もその通りに行くかというと、そうはいきません。明日はどういうものがどこから生まれてくるかわからないのです。すぐにそれが全国に宣伝されて、それによって需要が変わるということがあります。これは昔と今日とでは大変な違いだろうと思います。そのことをお互いに覚悟する必要があるわけです。会社経営の責任者の地位にある人は、絶えずそういうことを考えて、そして自分の仕事を吟味し、その遂行ぶりの遅速ということを勘案しなければならないと思います。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
例えば、急激な拡大路線を謳っていて、実際に急激な多店舗化を進めていた会社が、業績不振になり、多店舗化政策自体が批判される事例が、最近散見されます。特に、いわゆる「尖った」商品やサービスが売りで、その「尖った」事業を業界標準にしよう、という意欲が強い場合が多いようです。特に外食産業で多いようですが、実際はそれ以外の業界でもたくさんあるのかもしれません。
これは、良い悪い、というレベルの話ではなく、経営判断の妥当性の話です。
というのも、同様の失敗が、特に外食産業では昔から繰り返し発生していますので、経営者にとっても、急激な多店舗化のリスクは十分わかっているはずです。それでも、急激な多店舗化を行うという戦略決定をしており、他方、多店舗化を違法とするルールはありませんから、急激な多店舗化をするという経営判断は、良い悪いの話ではなく、経営判断の問題なのです。
そのうえで、経営判断の妥当性を考える場合、論点を2つに分けるとわかりやすくなります。
すなわち、1つ目は、経営判断の内容の問題です。経営判断として適切だったかどうか、という問題であり、結果が全てです。つまり、急激な多店舗化の失敗の事例についてみれば、結果として失敗している以上、経営判断としては不適切だったのです。
2つ目は、この失敗が許されるものかどうか、という問題です。
これは、いわゆる経営判断の原則として議論される問題点です。結果だけで全てが決まるのであれば、委縮してしまい、経営者のなり手がいなくなり、あるいは経営者も、経営者として行うべき「チャレンジ」ができなくなってしまい、経済全体の活力がなくなりかねないのです。
そこで、ある程度のチャレンジは、たとえ結果として失敗しても許容されるべきであり、問題は、どのような場合に許容されるのか、という理由と限界の設定です。
これについて、デュープロセスの観点から、「やるだけのことはやった」「人事を尽くして天命を待つ」に至れば、そのチャレンジは失敗しても許されるが、このような適切で十分な準備検討がない場合、失敗は正当化されない、という考え方を理解し、使いこなしてください。
つまり、松下幸之助氏の言葉に戻ると、仮に今人気を博している事業があったとしても、その人気が突然亡くなる危険性を十分理解し、対応しなければならない、その対応としては、リスクが有るから最初からリスクを取らない、という判断もあれば、リスクを承知の上で、そのリスクを適切にコントロールし、敢えてリスクを取りに行くという判断もあり得る、ということになるのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、リスクを十分認識したうえで、リスクを取るかどうかの決断をすべきである、そのような感性と、会社の体制づくりと、判断力が、経営者に求められる資質である、ということができるでしょう。
このように考えると、松下幸之助氏が、急に人気が無くなることがあるから、そのような事業をするな、といっているのではないことが理解できます。そのようなリスクを認識しろ、としか言っていないのです。すなわち、人気が急になくなる事態を想定し、しかし人気が急になくならないような手立てを講じることも、選択肢として十分成り立ちますので、失敗するといけないからと何もしないようでは、かえって経営者として問題があるでしょう。
このように、人気が無くなる危険を承知で、逆に事業を推進するという選択も視野に含め、そのために十分にデュープロセスを尽くし、経営判断を行う、ということまで、残念ながら、松下幸之助氏は言及していません。
けれども、敢えてリスクを取る選択肢を否定していないこと、むしろ経営者はリスクを取るのが仕事であること、を考慮すれば、リスクを取るためのプロセスや組織を整え、実践することも、経営者の能力として当然、その前提になっているはずなのです。
3.おわりに
サステナビリティや事業継続性が論じられることがありますが、それは、単に、組織の体裁を整え、人の寿命よりも組織が永続できるようにするだけではなく、さらに、このように適切にリスク管理をし、時代の変化や人様の気まぐれに振り回されずに適切に経営判断が行われることまで含めて考えなければなりません。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。