松下幸之助と『経営の技法』#96
5/21の金言
新入社員を迎える時期は飛躍の機会だが、同時にマイナスの面も見忘れてはならない。
5/21の概要
松下幸之助氏は、以下のように話しています。
新人を迎えることで、会社にも職場にも新鮮な雰囲気が生まれる。先輩も、初心を思い起こし、心機一転の思いを持つというように、この時期は一つの飛躍のための得がたい機会である。
しかし、マイナス面もある。というのは、いかに優秀な素質を持った人でも、学校を卒業して入ってきたばかりで、仕事については全く経験がないのだから、最初は先輩がいろいろと教え導かなくてはならない。いわば手取り足取りといった姿で教えられることにより、だんだん仕事を覚えていくわけである。
ということは、その間、先輩はそれだけ手間を取られ、自分の仕事の能率がそれだけ落ちるようになる。そうしてみると、全く仕事の経験がない新入社員が加わる上に、これを教え導くために先輩の能率も落ちてくるのだから、職場なり会社全体というものをとってみると、一人あたりの力は低下する。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
松下幸之助氏が指摘するとおり、業務効率が一時期下がりますが、それでも、多くの会社が新人採用を行う理由を確認しておきましょう。特に、中途採用ではなく新卒採用を行う理由です。すなわち、企業を継続させるために人材を補充したり、新たな事業に必要な戦力を獲得したりすることだけであれば、むしろ職務経験者や、より専門性の高い専門家を中途採用する方が良いはずですが、それでもわざわざ社会人経験のない新人を採用する理由が、問題なのです。
それは、自分たちが人を育てる、という意識を現場に持たせる点にあります。
すなわち、頼りになるかもしれないが、社内的には競争相手になるかもしれない中途採用者ばかりだと、緊張感が生まれて良いかもしれませんが、ムード作りを間違えると、お互いに疑心暗鬼となり、コミュニケーションが取れず、ノウハウや情報を共有しないで隠しあう関係が生じたり、さらに進んでお互いに足を引っ張り合うような関係になったりします。
他方、新人を採用すると、特に配属先を中心に、その新人を育てなければならず、先輩がお互いの経験やノウハウ、情報を新人に開示していかなければなりません。先輩同士がいがみ合っていられなくなり、先輩同士、さらに部門全体でのコミュニケーションが良くなっていきます。また、他人に物事を教えるということは、その物事を整理するいい機会になります。暗黙知となっているノウハウや経験を、明確化し、体系化する良い機会になるかもしれないのです。
これに対して、松下幸之助氏は業務効率の低下を指摘しますが、そのほかにも、職場の雰囲気がだらけてしまう危険もありますので、マネジメントは決して簡単ではありません。
このようにして見ると、新人を採用するからには、メリットとデメリットを見極め、ちゃんとマネジメントできるだけの力量が管理職にあることを確認してから採用する必要があるのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、新人を採用することは、短期的にすぐに結論が出るものではなく、むしろ短期的には業績の低迷や業務効率の悪化などを覚悟しなければならない選択肢です。
それでも中長期的に会社の体力を高め、成長可能性を確保するためには、新人の採用も視野に入れた選択と実行が求められます。
もちろん、新人を迎え入れることの理想や、夢を語れなければ、従業員がついてこず、せっかくの新人も居心地の悪い会社になってしまいますが、それだけでなく、受け入れるための緻密な対応も、経営者にとって必要な素養なのです。
3.おわりに
終身雇用制の崩壊が進む中、新人をわざわざ育てることの必要性も見直されるでしょう。会社は「儲ける」ために存在しますので、新人を抱え込むことでかえって重荷になるのであれば、継続性確保や成長性確保に必要な人材を全て中途採用によって獲得する、という選択肢も、これまで以上に現実的でしょう。
けれどもそうなると、新卒で仕事を教えてくれる職場が少なくなってしまいます。せっかく教育しても、力がついてきたところで他社に転職してしまうことが懸念されるからです。
しかし、新人の採用が減ってくれば、新人を教育してくれる会社として魅力が高まり、新人の段階で優秀な人材を確保できることに繋がるかもしれません。
このように、労働力の確保の問題は、終身雇用制や労働市場の状況に応じても変化してきますので、冷静な分析と落ち着いた対応が必要となるのです。
どう思いますか?
※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。