松下幸之助と『経営の技法』#121
6/15 小さな乱れ
~好調時こそ、小さな乱れを見逃さない。ただちに検討を加え、迅速に対策を講じる。~
まあ今までのところは、世間一般の好況にも恵まれて、おおむね順調に進み、見方によっては予想以上の業績をあげてきたともいえましょう。これはまことに嬉しくありがたいことで、この調子ならば、10月切の売上げはさらに一層の躍進を見せることと、内心大いに期待しておりました。ところが、この10日現在の予測では、案外にこれがふるわず、むしろ9月を下回るような気配さえ見えてきたのです。もっとも、昨年も9月に比べて10月の売上げは若干下回ったので、別に深く気にすることもないようですが、しかし景気に恵まれた本年の10月がこのような状態を示していることについて、私はいささか気になっているのです。
千里の堤も小さな蟻の一穴から崩壊するといいます。その意味において、私どもの仕事に少しでも調子の乱れが見えたら、敏感にこれを感受して、ただちに検討を加え、迅速な対策を講じなければなりません。ことに順調な時には、こうした小さな乱れはとかく見逃されがちで、あとになって思わぬ不覚をとりやすいものです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
今日の言葉は、特にリスクセンサー機能に関するものです。
ところで、会社のリスク管理については、これを大きく2つの局面に分けて考えると、整理されて便利です。
1つは、リスクセンサー機能です。これは、会社を人体に例えた場合、例えば右足首に何かが当たって痛い、と感じる神経のような、リスクセンサー機能です。
もう1つは、リスクコントロール機能です。これは、例えば向こうから手に包丁を握りしめて目が座っている人が走ってくれば、当然逃げ出しますが、このように、リスクセンサー機能によって得たリスク情報に基づいて、このリスクをどのように評価し、どのようにコントロールするかを決め、実際にそのように行動するものです。
そして、松下幸之助氏は、気が緩みがちな時こそ、問題点を探せ、という趣旨の話をしていますので、リスクセンサー機能についての話になるのです。
リスクセンサー機能は誰が担うのか、という点だけ確認しますが、これは、全従業員です。人体の表面に張り巡らされた神経は、それぞれは、熱い、痛い、など簡単な情報しか集められませんが、愚直にそのような情報を感知し、迷わずに然るべき伝達をしているからこそ、人間は重大な危険を回避できています。例えば原材料の品質の変化を理解できるのは、調達担当者ですが、その担当者が問題に気づき、報告しなければ、会社は原材料の品質に伴う諸リスクを、気付かないまま背負いこむことになるのです。
このように、リスクセンサー機能を高めよう、景気が良くても、リスクに対するアンテナは立てておこう、という意味で、リスクセンサー機能の重要性を説明しているのです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、「勝って兜の緒を締めよ」のような意識と、それを会社組織に実践させることができるリーダーシップが必要である、と理解できます。
特に、蟻の一穴に該当するようなリスクは、現場でなければ分からないものですから、経営者がいくら個人的に問題意識を持っていて、一所懸命旗を振ったとしても、全従業員が動かなければ意味がありません。その意味で、経営者の資質として、自分自身がそのような意識を持たなければ話自体が始まらないのですが、それにとどまらず、全従業員にこれを徹底させることも、重要なのです。
3.おわりに
厳密にいえば、好業績に陰りが見えた時期での問題提起ですが、事が起こる前から「リスクセンサー機能」を磨こう、という意味で、「勝って兜の緒を締めよ」が該当する発言といえるでしょう。リスクセンサー機能やリスクコントロール機能は、内部統制上の重要なツールですが、このような機能も、機械のようにセットすれば自動的に一定の水準で作動するものではなく、神ならぬ人間が感じ、動くものです。したがって、人間の心理として業績がよい時には気が緩んでしまうことも十分理解したうえで、その対策を講じなければなりません。松下幸之助氏の発言には、人間心理をよく考えているコメントが多く見受けられますが、そこにはたたき上げの苦労人ならではの含みを感じます。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。
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