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松下幸之助と『経営の技法』#172
8/5 60点の実力
~適任者を探すにも非常に時間と手間がかかる。だから、60点の実力がある人に任せてみる。~
私の場合、この人だったら大体60%ぐらいいけそうだと思ったら、もう適任者として決めてしまう。そうすると、結構うまくいく場合が多い。
もちろん、何とか80%の可能性のある人を探そうということで、いろいろな角度から選んでそれに足る人を探せば、そういう人を探しあてることもできると思う。そして、そういう人が見つかれば、それはそれに越したことはない。しかし、そのためには非常な時間と手間がかかる。それはある意味では大きなマイナスになる。
だから、もう大体話してみて60点の実力があるなと思ったら、「君、この仕事をやってくれ、君なら十分いけるよ」というようにしてしまうのである。そうするとたいていうまくいく。なかには100点満点というような仕事をする人もある。もちろん、全部が全部そううまくいくというわけではなく、なかには失敗する人もある。もし6人の人がいたとすれば、3人はうまくいって、2人はまあそこそこである、あとの1人が時に失敗する、というような状態が私の場合は多かったように思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
1つ目のポイントは、経営モデルとの関係です。
繰り返し指摘していることですが、松下幸之助氏は、従業員の自主性や多様性を重視する経営をかなり早い段階から行っています。具体的には、部門や従業員に権限をどんどん委譲し、任せてしまうのです。
したがって、ここでは60%の人に仕事を任せてしまう、という意味であり、60%の人に指示をして指示通りにできるかどうかを見る、という意味ではありません。
任せてしまう、というだけでなく、それを60%の人に任せてしまう点で、随分と度胸があると思うかもしれませんが、丸投げではなく、7/9の#145や7/11の#147で松下幸之助氏が説いているように、適切なサポートをします。そうでなければ、仕事の完成度について非常に高い水準を要求していることと平仄が合わなくなるからです。つまり、6人中2人の「まあそこそこ」と1人の「失敗」について、誰かがその結果をフォローし、完成度の高い仕事に仕上げる体制があるからこそ、任せられるはずです。
すなわち、経営者の単なる思い付きで60%の人に仕事を任せるのではなく、それをフォローできる体制が機能していることの自信があるからこそ、任せられるのです。
2つ目のポイントは、60%以上か以下かを見極めるポイントです。
ここでは、人事に関する業務でよく耳にする「伸びしろ」が重要でしょう。
これは、現在の実力ではなく、将来成長する余地の有無の問題です。現在の状況で既にいっぱいいっぱいの人は、新しい仕事や機会を与えても、それを受け止めて成長する余力はありません。この「いっぱいいっぱい」には、仕事を沢山抱えすぎている、という意味だけにとどまらず、責任が重かったり難易度が高かったりする仕事について、やり遂げる能力がない、という意味も含まれます。後者は、どの程度「優秀」化、という問題です。
このことを当てはめてみましょう。「まあそこそこ」以上を成功とし、松下幸之助氏の言う60点は、「まあそこそこ」にまで仕事ができる現時点での確率、とします。
そうすると、現在の状況での成功確率は60%だが、任せてみた場合の結果は5/6≒83.3%、つまり、23.3%程度の成長が見込める、ということになります。
この結果は、最初に80%の人を探せば、それはそれで結構、と言っていることと合致します。
すなわち、従業員の成長を期待せず、任せるようなことをしなければ、80%の成功確率の人が80%の確率で成功させてくれるでしょう。しかし、「伸びしろ」のある人を見極め、任せて育てれば、それを若干上回る程度の結果が出るのです。
このことは、いろいろな言い方ができます。
すなわち、60%の人の中から「伸びしろ」がある人を選ぶ、という言い方もできますし、60%という評価には「伸びしろ」部分も織り込んで評価する、という言い方もできます。厳密に数学的に比較して割合を計算するものではなく、「人の能力」という感覚的な事柄に対する評価の問題だからです。
いずれにしろ、任せて育てる、という方針の場合(1つ目のポイント)、伸びしろのある従業員は実際に仕事を任せると成長する(2つ目のポイント)、ということが、ここでの松下幸之助氏の言葉の背景にあるように思われます。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、このように人材を育てることが、経営者に求められる資質と言えるでしょう。
短期的に目標を達成するだけであれば、即戦力となる人をかき集めればよく、何も自前で従業員を教育しなくても良いはずですが、それでは人件費が高くなりますし、中長期的に見た場合、会社へのロイヤルティーの低い従業員だらけとなり、従業員の回転率が高くなって、競争力を維持すること自体が難しくなりかねません。
他方、会社に育ててもらった、という意識がある従業員は、定着率も高くなります。また、もちろん、成長に合わせて給料も上げていくべきではありますが、市場から即戦力を獲得するよりは人件費も安くなるでしょう。さらに、能力や適性を見極めながら育成していきますので、即戦力を市場から獲得する場合よりも、業務にマッチする可能性も高くなります。
このように、人材を自社で育成することは、会社が一定の規模を超える場合、検討すべき重要な戦略であり、その際、経営者に人材を育成できる資質が必要となるのです。
3.おわりに
ここでの松下幸之助氏の言葉は、それだけだと、松下幸之助氏の「人を見る目」の問題であり、松下幸之助氏の個人的な能力の問題、すなわち誰もが真似できるわけではない問題、のようにも見えます。
けれども、上記のとおり、松下幸之助氏が一貫して説いていること(従業員の自主性を重視した経営モデル、任せて育てる育成方針)を合わせて考慮すると、個人の能力の問題ではなく、経営手法の問題であることが理解できます。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。